005. クラス分け
昨日、入寮の手続きの際に手渡されたローブの他に、部屋のクローゼットには薄茶色を基調とした制服が収められていた。脛丈のズボンにシャツ、ベストにブレザー、ブーツ、それにローブで一揃いとなる。
「ね、これ、変じゃないかな」
ホズミが緑色のローブを身に着けてくるりと回った。ところどころに入っている白糸のアクセントが可愛く、黄色みがかったブラウンヘアとの相性もばっちりだ。
ホズミは腰まである長い髪を左右に分けて三つ編みでまとめていた。
「うん、似合ってるよ。ね、私は」
同じようにローブを翻してくるりと回ってみる。
サクラはピンクゴールドの髪をポニーテールにしていて、こちらもローブの緑と合っているように感じた。
「うーん、なんだか違和感があるような」
「え!」
「うそうそ、似合ってるよ」
「もうひどい!」
そんな調子で朝の支度を終えて、朝食を取るため校舎へ向かうと、入り口付近に人だかりができていた。皆、新しい制服に身を包んでいて、サクラと同じ新入生のようだ。
「なんだろうね」
「行ってみようか」
大きな板いっぱいに紙が貼り出されていて、目を凝らすと人の名前が羅列されているのが見えた。
「新入生全員の名前かな」
「人の名前が貼り出されてるの? それなら、もしかしてクラス分けの表かもね」
ホズミは視力が良くないのか、眉間に皺を寄せて目を凝らしている。もっと近づきたいが、人が多くてこれ以上前に行くのは難しそうだ。
「クラス分けって?」
「生徒の数が多いから、人数を分けて授業をするんだよ」
そういえばそんなことが、昨日もらった注意事項に書いてあった。この掲示がそのクラス分け表か。魔導士科の新入生だけでも百二十人いるという話なので、人数を分けて教えるというのも納得だ。
「あ、私の名前があった。四組だって。ホズミの名前もあったよ。同じ四組だ」
「やった、一緒だね」
ひとしきり二人で喜んだところで、もう一度前を向くと、アスマの名前も見つけてしまった。そうか、同じクラスなのか。絡まれそうだな。
「どうしたの、サクラ」
「うん、知り合いの名前があったから」
「同じ村の子?」
「ううん、昨日知り合ったばかりの子。素直じゃないというか、ひねくれているというか、反抗期真っただ中みたいな男の子でね」
あの性格と口の悪さをどのように表現すればよいのかサクラは悩んだ。しかし答えが出るよりも先に本人が現れてくれた。
「おい、まさかと思うがそれは俺のことか」
かけられた声に振り返ると、アスマが不機嫌そうな顔で立っていた。
「あ、アスマくんだ。同じ四組だね、よろしくね」
「何がよろしくねだ。人の文句を言っておいて、よくそんなことが言えたものだな。お前の神経の図太さには、呆れを通り越して感心するな」
「ね、ひねくれてるでしょ」
ホズミに同意を求めると、苦笑いを返された。
「でも悪い人じゃないんだよ、迷ってたら道を教えてくれたしね。すごく遠回りだったけど」
「持ち上げたように見せかけて評価を落とそうとするとは、なかなかいい性格をしているじゃないか」
「アスマくんほどじゃないよ」
淡々と返していると、アスマの隣にいた男の子が突然吹き出した。知り合いだろうか。
「アスマってば、いつの間にこんなおもしろい子と知り合ったの?」
「ふんっ、俺は知り合った覚えなどない。こいつが勝手に言っているだけだ」
「君たちも四組なの? 僕はウキ・ハナカイドウ、アスマとは幼馴染みなんだ」
自分で尋ねた割にはアスマの返事を華麗に流して、ウキはサクラ達へと話しかけてきた。こちらもまた整った顔立ちをしている。その佇まいから、アスマと同じく上流階級の子どもだと分かる。
「私はサクラ・ツキユキ」
「ホズミ・ペンタスです」
「僕も四組なんだ。よろしくね」
アスマの友達とは思えないほど爽やかな笑顔である。
「アスマは昔から素直じゃなくてね。この学校でも敵を作るんじゃないかと心配していたんだけど、早くも友達ができたみたいで安心したよ」
「誰がいつ友達になったと言った。くだらないことを言ってないで、さっさと食堂に行くぞ」
「ツキユキさんとペンタスさんもこれから朝食? だったら一緒に行こう」
「はあ? なんでこんな奴らと一緒に食わなくちゃいけないんだよ」
「いいじゃないか、人数が多い方が美味しく食べれるし、同じクラスなんだから仲良くした方が楽しいよ」
断るようなことでもないので二人に続いて歩き出す。掲示板の周りにはまだ人が群がっていたが、ぼちぼち同じように移動を始めた者達もいる。
前を歩いていたウキがくるりと振り返った。
「二人はどこから来たの? 僕たちはセンザイなんだ」
センザイはこの国の中央に位置する最も大きな街である。国の行政機関が集まっていて、行ったことはないが、さぞかし賑やかな所なのだろう。辺境の村からやって来たサクラからすると、この養成学校のあるオリベの街ですらキラキラした都会に見えるが、きっとそれ以上に規模が大きいはずだ。
「私はヘキ村」
まずサクラが答えると、アスマがしかめっ面で振り返った。
「ど田舎じゃないか」
「アスマ! 失礼だろ」
ウキに怒られてもアスマはまったく気にした様子がない。とはいえ、田舎なのは事実なのでサクラも特に言い返すことはなかった。
「ペンタスさんは?」
「私はウラハです」
「二人とも北部の出身なんだ。じゃあこの寒さもあまり気にならない感じ? 春でこれなら冬はどうなるんだろうって、僕は今から怯えてるよ」
「たしかに朝と夜はまだ寒いですよね」
ホズミが丁寧な口調で答えた。サクラは、ウキをアスマの友達と判断したため、最初から敬語は使っていない。
「やっぱり北部の人達でも寒いんだ。ところで同じクラスなんだし、ペンタスさんも敬語じゃなくていいよ」
ホズミがサクラを見てきたので、「本人がいいって言ってるからいいんじゃないかな」と返すと遠慮がちに頷いた。
「えっとじゃあ、そうさせてもらうね」
「あとアスマのことも名前で呼んでるみたいだし、僕も名前でいいからね。ハナカイドウって長いでしょ」
「私たちのことも名前でいいよ。ね、サクラ」
「うん」
「ホズミさんとサクラさんでいいかな」
男の子にさん付けなんて初めてされた。なんだかくすぐったい気分である。
「ふん、男に名前を呼ばれたくらいで浮かれるなんて、よっぽどもてないんだな、イノシシ女」
ウキとホズミがなぜ突然イノシシが出てきたのかと首を傾げている。
アスマには出会い頭にぶつかって転ばせたので、第一印象が悪いのは仕方がない。しかしちょっと怒りが長すぎやしないだろうか。
「アスマくんも名前で呼びたいの? どうぞいつでも呼んでくれていいんだよ」
「俺はそもそもお前の名前なんて覚えていない」
サクラは孤児院でそれなりに対人スキルを磨いてきた。これくらいでくじけることはない。
「あはは、さっきも名乗ったばかりだっていうのに、アスマくんはあんまり記憶力が良くないんだね」
「なんだと?」
睨んでくるアスマを笑顔でかわすと、ウキが焦ったように階段を上がった廊下の先を指さした。
「あ、ほら二人とも、食堂だよ。今日の朝食はなんだろうね」
「お腹が空くと怒りっぽくなるって言うからね。早く食べようよ」
ホズミもサクラの腕を引いて足を速める。
べつに怒っているわけではないが、お腹は空いているので、アスマよりも食事を優先することにした。
サクラとホズミは米を、アスマとウキはパンにしようかなどと話しながら、配膳口の列に並んだ。
「やっぱり北部では米の方がなじみ深いんだね」
「どちらかといえば米が多いけどパンも食べるよ。二人はパンの方が好きなの?」
「僕はどっちも好きだよ。アスマは完全にパン派だけどね」
ウキに話を向けられたアスマはふんと鼻を鳴らしたが否定はしなかった。
「僕たち昨日の午前中にオリベの街に着いたんだけど、昼食を食べようと入った店が米料理しかなくてさ、アスマが不機嫌になっちゃって大変だったよ」
「あれはお前が寒い寒いとうるさかったせいだ」
このコンバル国では、オリベ養成学校の他に、もう一つ南部にも防衛軍の養成学校がある。これはサクラの予想だが、食事は地域の農業に合わせたものになるから、小麦料理の方が好きなのであれば、小麦栽培の盛んな南部の学校を選んだ方が無難だったのではないだろうか。
「朝から結構な量だね」
おかずが二種類から選べるようになっていて、今朝は目玉焼き付きハムステーキと、鯖の塩焼きがあった。どちらも素材が大きい上に、付け合わせのサラダと煮物もボリュームがある。
「私は鯖かな。ホズミは?」
「夕べはお肉だったから、私も魚にしようっと」
アスマとウキはパンとハムステーキを選び、受け取った。どこの席にしようかと辺りを見回すと、ぎょっとする光景が視界に飛び込んできた。