049. つまづいても
夕食の時間が近づいたので食堂へ移動すると、一度解散したせいか幾分暗い空気は払拭されていたが、サクラがそこかしこから視線を集めていることにチドリは気づいた。
もちろん本人も気づいているだろうが周りに視線を向けるでもなくホズミと話していて、気にしていないのではなくそう見えないよう振る舞っているのだろう。
チドリは配膳口でトレイに皿を乗せると素早く適当な席を確保した。後ろから他の女子達もやってくる。
「サクラ、ほらこっちに座って」
「え、うん」
薦めた席は柱の陰になっていて、まったく見えなくなるわけではないが、少しは人の目から逃れられそうだ。
きょろきょろとサクラが周りを見渡してにっこり笑った。
「ゆっくり食べられるように気遣ってくれたんだね。ありがとう、チドリさん」
「そんなこといちいち言わなくていいわよ」
ついついつんとした態度をとってしまうがサクラは気にした様子がない。山菜採りのときもそうだった。素直になれないチドリをサクラはずっと気にかけてくれた。
それなのにサクラが総帥に意見した際になにもできなかった自分を、ホズミではないがチドリもまたふがいなく情けないと思っていた。
オリベとハナロクショウの生徒が全員揃ったところで食事が始まった。ハナロクショウの問題児の姿も見えたが、あちらは憔悴しきっている。自業自得だと以前のチドリなら思っただろうが、独房の一件があったため複雑な気持ちである。
「なんか、本部の食事ってそこまで美味しくないよね」
「うん、はっきり言っていまいち」
一緒に食べている女の子達がひそひそと囁き合っている。
「フヨウさんのご飯が食べたい。ずっとパンばっかりだし」
「明日には帰るんだから」
サクラも同じ思いのようで、正面に座っているホズミが呆れたように窘めた。
オリベ養成学校の食事が恋しいのはチドリも同じだ。パンが続くのはべつに構わないのだが、ぼそぼそとして口当たりがいまいちだし美味しいものではなかった。
それでも独房で食べたパンよりはずっとましだが。
あのとき揉めたフヨウを恨んだこともあった。しかし大元の原因は自分だ。誰のせいでもなくチドリは自分から独房へ入る道を進んでしまったのだ。
サクラに謝って許してもらった後、山菜の下処理をする前にあらためてフヨウへ謝意を伝えに行ったのだが―――
フヨウは食事の下ごしらえをしていたが、チドリが訪ねていくと調理場から出てきてくれた。
「あのときは申し訳ありませんでした」
「それはなにに対しての謝罪?」
「食事の場を騒がせてしまったこと、それに皆さんが作ってくださった食事を無駄にしてしまうところだったことに対してです」
「へえ、独房から出たばかりのときとは顔つきが変わったね」
フヨウはどこか面白そうにチドリの顔を覗いてきた。
独房から出たすぐ後にもここで謝ったが、あのときはまだふてくされた態度だった。
「サクラへの謝罪は?」
「しました」
「許すって?」
「はい。怒ってないからもう気にしなくていいと言われました」
とんだお人よしである。でも叶うことなら自分もそうありたいと思った。見栄や虚勢を張ったりせず、おおらかに赦せると言えるような人間にチドリはなりたい。
フヨウはまっすぐに見つめてきて、ふっと苦笑した。
「若者の成長は早いなあ」
年寄りくさいことを言う。フヨウがいくつなのかは知らないが、たぶん三十代くらいだろう。あの日チドリは注意されたことにかっとなって咄嗟におばさんと言ってしまったが、実際にはこんな食堂で働いているのが不思議な女性である。
「ま、反省したならもういいんじゃないの」
フヨウも既に怒っていないらしく、どうやら許してもらえたようだ。
「お仕事中に時間を取らせてしまってすみませんでした」
「それは構わないけど、あなたも山菜の下処理をするんだって?」
「はい」
だからこそフヨウには謝っておきたかった。わだかまりのある作業は辛いと気づいてしまったから。
「総勢百二十人が採ってきた山菜だから、かなり大変だよ」
「あらためて聞くとすごい人数ですね」
「そうそう。だからこそ生徒に手伝わせるの」
そこでフヨウが鋭い視線で入り口を見た。何事か。
「失礼します」
チドリも振り返ったところで入ってきたのは、体術担当の教師であるレモンである。
「山菜の下処理を手伝いに参りました」
「呼んでないんだけどなあ」
ぼそりとフヨウが額に手を当てて呟いた。
「あー、下処理は生徒達だけで十分だから授業の準備でも」
「すべて終わらせてきました。それに人手はあった方がよいかと思いまして」
「思っちゃったかあ」
大きなため息を吐いてからフヨウはチドリに囁いた。
「すぐにニクマルにレモンを回収するよう伝えてきて」
「はい」
朝のドレッシングのやり取りを見ていたので、レモンが料理下手なのはチドリも知っている。せっかくみんなで採って来た山菜なのだから美味しく食べたいのはチドリも一緒だ。
「じゃあレモンにはまずは鍋に水を汲んでもらおうかな。あ、魔法で出した水は美味しくないから、水道から汲んでね。絶対に余計なものは入れない。わかった?」
「はい」
嬉しそうにレモンが近づいてきた。その返事はとても良い。
レモンと入れ替わるようにして、チドリはそろりと後ずさった。
「頼んだよ、ミワ」
フヨウがチドリに笑いかけた。ミワと自分の名前を呼ばれたことに驚いた。この学校にやって来て下の名前で呼ばれたのは初めてだ。
同室の子とは名前を呼び合うような仲になる前に、独房の件でぎくしゃくしてしまった。
フヨウが自分の名前を覚えてくれていたことに、涙が出そうになった。自分を見てくれている人がここにいた。
「はい!」
くるりと踵を返し、駆け足にならない程度の早足で食堂を後にした。
―――失敗したミワだから分かる。やり直す機会を与えられることはありがたくもあり、反省の始まりであることも。
きっとハナロクショウの生徒はこの先、厳しい学校生活を送ることになるだろう。
「チドリさん、大丈夫? あんまり食事が進んでないみたいだけど」
サクラを通じて話すようになったホズミが、食事の乗ったトレイとミワを見比べた。ここでも食べ残しは禁止なので心配してくれているのだろう。
「うん、大丈夫。ちょっと考えごとをしてただけだから」
「やっぱりチドリさんも早くオリベに帰りたいよね」
「そうね。でも卒業して任務についたら、これよりまずい食事がでてくることもあるだろうから、慣れておかないとね」
「えらーい」
「はっきりまずいって言っちゃってるけどね」
ホズミの突っ込みにみんなが笑った。チドリも笑った。一緒に食事をできる友人がいることが嬉しかった。
ハナロクショウの生徒も、自分を庇おうとした人がいたことに、味方がまったくいないわけではないことに気づければ、きっと進む道も変わってくるだろう。
「ねえ、ところでさ」
隣に座っていたクラスメイト、そして寮では同室の女子がチドリの服をひいた。
「今さらなんだけど名前で呼んでいいかな」
「なによ突然」
「だってなかなかきっかけがなくて」
だからといってこのタイミングで出す話だとも思えない。
同室の女子とは入学当初は共に行動していたが、独房の件をきっかけに早々に距離をとられた。
実は彼女がサクラ達と和解した後、チドリの方も避けていたことを謝られて、そこからは普通に接するようになっていた。もちろん最初はぎこちなかったけど、毎日同じ部屋で過ごしていれば自然と打ち解けてくるというものだ。
「べつに好きに呼んだらいいじゃない」
「よかった。じゃあそうさせてもらうね、ミワ」
「あ、じゃあ私も」
「私もー」
ついでとばかりに他の二人も手をあげてきた。まったく調子のいい三人組だ。
「みんな名前で呼ぶの? じゃあ私も」
なぜかサクラも名前呼びの流れに乗りかけている。
「サクラはこれまで通りでいいわよ」
「え、どうして?」
「だってあなた、今度は私とイヌマキさんの名前を間違いそうじゃない」
チドリの名前はミワで、散々取り巻きだのなんだのと呼ばれたイヌマキの名前はミキである。
ミキも同じことを思ったのかサクラをじとりと睨んでいる。
「やだなあ、大丈夫だよ」
冗談を言われたと思って笑っているのは本人だけで、周りはみんな生暖かい視線をサクラへ向けている。
「でもチドリさんって呼び方に慣れちゃったから、やっぱりこれまで通りがいいかな」
それに気づかずサクラは一人で頷いている。
自分のしでかしたことは思い出すだけで恥ずかしいけれど、それでも飲み込んで前に進んでいくしかない。
あのハナロクショウの生徒も、時間はかかっても自分のしたことと向き合える日がきっと来るはずだ。




