043. 巻き返し
鬼達はサクラを筆頭に善戦している。しかし、それ以上に味方が連れ去られているのがまずかった。ましてや鬼であるサクラは助けに行けず、ウキが救助チームを組んで何度か突撃してくれているが、なかなか敵陣の檻まで辿りつくことができずにいる。
「マウイグレバ!」
隆起した土に足を取られて一人が転んだところを捕まえた。
マウイという言葉は、魔術の威力を抑えるための呪文だ。魔導士科の者ならそれでもまだそこそこの威力を保てるが、あまり魔術の練習をしていない騎士科はこれで魔術を使う意味が無くなった。
サクラは捕まえた生徒を敵陣から自陣の檻まで連れて行った。
始まる前に、捕まえた者を運ぶ係や檻を守る係を決めていたが、既に半数以上のクラスメイトが捕まってしまったため自力で運ぶしかなくなってしまったのだ。
捕まった者は助けが入らないかぎり、それ以上抵抗してはいけない決まりになっているためおとなしく歩いてくれる。
仲間はあと何人残っているだろうか。ホズミは捕まってしまった。コデマリはまだ踏ん張ってくれている。他のクラスに比べてもずいぶん人数が減っている。悔しいがやはりサクラ一人でクラスを率いることは難しいのだ。せめてあのハナロクショウの問題児を捕まえてやりたかったのに。
「アスマくんの馬鹿」
どうして自分から不参加の道を選んでしまったのか。
「かっこつけ、ひねくれ者、反抗期」
一度言葉がこぼれれば次々出てしまう。
「オリベの問題児」
サクラにあれこれ言っておいて自分が問題を起こすなんて本末転倒ではないか。戻ってきたら盛大に文句を言ってやる。そう決めて拳を握った。
「まさかと思うがそれは俺のことか?」
だから背後から声をかけられて飛び上がるほど驚いた。
「まったく本人のいないところで陰口とは、なんて性格の悪い奴だ」
そこには不敵に笑うアスマが立っていた。
「なんで、アスマくんがここにいるの? あと性格が悪いとかアスマくんにだけは言われたくないよ」
「俺は相手がどう思うかわかったうえで言ってるからいいんだよ」
「なにその屁理屈」
いつものアスマだ。アスマが戻ってきた。
「そんなことよりもなんだこの体たらくは。ハンデでもくれてやってるのか、お前らは」
周りにいたクラスメイトもアスマに気づいてみんなが駆け寄ってきた。
本部に着いてからはずっと調子が悪そうだったのに、今のアスマはオリベにいるときと変わらずふてぶてしさ満点だ。
「なんでノウゼンがここにいるんだよ、もしかして許してもらえたのか」
「え、あのニクマルが喧嘩を赦したのか?」
「もしかして勝手に抜け出してきたの? あとでこってり絞られるよ」
クラスメイトに混じってサクラも尋ねるとなぜかデコピンを返された。
「いたっ!」
「ふん、俺がそんな間抜けなことをすると思うか。お前らが情けない戦い方をしているせいで俺も参加するはめになったんだよ。まったく揃いも揃ってなにをやってるんだ」
「出場できなくなったアスマくんには言われたくないよ」
サクラが言い返すとクラスメイトが笑った。さっきまでの苦しさが嘘のように、仲間の目に力が戻っている。
「ここから巻き返すぞ」
「うん!」
さっそくアスマは残った者達を集めて指示を出し始めた。
「まずは捕らえられた奴を奪い返す。これは全員で向かうぞ」
「え、でもこの檻の人達は? せっかく捕らえたのに」
「こんな五人っぽっち捕らえたところでなんになるんだ」
本当はもっとたくさん捕まえているのだが何度か解放されてしまい、五人しか残っていなかった。
「全員が揃ってから一気に狩った方が効率がいいだろ」
狩るとはまたずいぶん過激な発言である。
「それからこの土くれ!」
突然アスマが怒ったように檻の周りに作った土壁を指差した。
「こんなものは敵の侵入を分かりにくくするだけだ、今すぐ壊せ!」
「うん。じゃあこの話し合いが終わったらすぐに」
「今すぐだ。この状況で話なんてできるか」
「もう、戻った途端にこれなんだから」
サクラが風魔術で土壁を次々に壊した。そのおかげで壁の陰まで迫っていた敵の鬼が驚いて逃げていった。
「あと向こうの陣地に行った奴らも全員呼び戻して来い」
「わかった」
サクラが走り出すと今度はコデマリの食ってかかる声が聞こえてきた。
「何よ、突然現れて偉そうに」
「はっ、俺の見せ場を作ってくれたようだな。前座ご苦労」
「はああ? 誰があなたなんかのために!」
敵陣に突っ込んでいくと、サクラが鬼だということを知っているので、敵がわっと逃げていく。
「ウキくん! アスマくんが戻ってきたよ!」
「え! 本当に!」
少ない人数ながらもなんとか捕らわれた仲間を救おうとがんばっていたウキ達を見つけた。たぶんここが最前線である。
「一旦、全員戻れって」
「わかった。でもそれを大声で言っちゃうとね」
相手の鬼たちが颯爽と現れた。
「わー、ごめん」
「俺達がフォローする」
鬼であるユゲ達にもサクラの話が聞こえていたようで、なんとか協力して自陣まで戻った。
「遅い」
「それはこっちの台詞だよ。もうあと一時間しかないじゃないか」
ウキが喜ぶより先に呆れた声をあげた。誰も不安そうな顔をしている者はいない。
「いいか、まず集団で向こうの檻へ向かうぞ。鬼は相手の鬼を抑えろ。それ以外はとにかく解放することだけに集中する」
「全員って言っても、向こうの方が人数は多いよ」
「相手が鬼じゃなけりゃ問題ない。攻撃してきたらとにかく土魔術で応戦しろ」
「けどあいつら、俺らの土魔術なんて簡単に壊すぞ」
「時間を稼げればいい、解放するまでのことだ。誰かが土魔術を使ったら、風魔術で土を砕いて相手に当てれば目くらましにもなる」
その戦い方は考えつかなかった。例え弱めの魔術だとしても、風を一点に集中させればここにいる全員ができることだ。
「檻を解放したら次は狩りだ」
また物騒な言葉が出てきた。これまで休んでいたせいかアスマは元気がありあまっているのかもしれない。
「そこからは六人一組で行動する」
「鬼は五人だよ」
「鬼一人につき、五人が付く。六人で一人を囲んで最後に鬼が捕まえればいい」
「でも鬼以外の邪魔が入るかも」
「なんのための土魔術だ。どんどん壁を作って囲いこめ、追い詰めろ。壁が邪魔になったらすぐに壊せ」
追い詰められた方はたまったものではないが、これは勝負なのだから手段としては間違っていないのだろう。
「一人を捕まえたらそのまま檻まで連行しろ」
「でも檻の守りはどうするの?」
「捕まえた奴らがそのままつく。他の奴らが新たに捕まえてきたら交代だ」
「そっか。それなら少しは休めるもんね」
「馬鹿を言え。休んでる暇なんてないくらい次々仕留めてこい」
にやりと笑ったアスマはとても物騒、いや頼もしい。
「正面の奴らを倒したら、次は隣に手を広げるぞ」
「いやいや、鬼は捕えられないから残ったままなんだよ。邪魔をされたり他のクラスの鬼と合流されたらどうするの?」
「どうせ奴らは檻には近づけないんだ、邪魔になるようなら土にでも埋めとけ」
「鬼だ。本物の鬼がここにいる」
自陣の檻の近くで話しているので、捕まえてきたハナロクショウの生徒達にももちろんこの話は聞こえていて、容赦のない作戦に震え上がっている。
「時間は一時間しかない、とにかく一対多数に持っていけ。いいな」
アスマを先頭にサクラ、ウキ、コデマリとクラスメイト達が次々に敵陣を向く。
もちろんハナロクショウの生徒もこちらが何か仕掛けることを察して警戒しているだろう。人が壁を作るように立ち尽くしている。
「行くぞ、突っ込めー!」
アスマの掛け声で全員が敵の檻を目がけて走った。




