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041. アスマの逆鱗

 戦いは既に始まっている。昼食が終わると各クラスが作戦会議のために移動を始めた。

 クラス対抗戦ということは、捕まえないまでも同じオリベ養成学校の中で競わなければいけないということで、空いている場所を求めて廊下を歩いていたところで、こりずにまたハナロクショウの問題児が現れた。頭が悪すぎて作戦会議に入れてもらえなかったのだろうか。


 今度はなんの因縁をつけるつもりなのかといい加減うんざりしたが、問題児はよりにもよってアスマを指差した。あれだけ派手にやり込められてまだ足りないらしい。


「お前、ノウゼン先輩の弟なんだってな」


 やはり初日に声をかけてきた男子はアスマの兄だったのか。

 周りがざわつく中、ウキやコデマリはまったく動揺していない。きっと知っていたのだろう。


「さっき隊員達が噂しているのを聞いたぞ。優秀なノウゼン先輩とは違って、弟は出来が悪いんだってなあ」


 にやにやと意地の悪い顔をしているが、サクラもクラスメイトもアスマが優秀なことは知っているので、誰もまともに相手をしようとは思わなかった。むしろもっとましな挑発ができないのかと思ったくらいだ。

 しかしアスマは違った。いつもは嫌味を口にしつつも滅多にむきになることなどないのに、怒りを露わにしてハナロクショウの問題児へと近づいた。


「誰の出来が悪いだと? もう一回言ってみろ」

「アスマ、止めろ。相手にするな」


 ウキが抑えようと近づいたがアスマはその手を振り払った。その隙を見計らったかのように問題児がアスマの体を押した。


「へっ、兄貴と比べられるのが嫌でオリベに行ったんだろう? 優秀な兄貴を持つと大変だっ!」


 すべてを言い終わらないうちにアスマがハナロクショウの問題児を殴った。相手が地面に倒れてもアスマの気は収まらないらしく、馬乗りになってさらに殴りつけた。

 サクラはハッと我に返った。見ている場合じゃない。


「駄目、アスマくん!」


 慌てて後ろから抱きついて引き離そうとしたが、アスマは構わず問題児を殴り続けた。力では敵わず止められない。


「みんな手伝って!」


 クラスメイトが集まってきて、三人がかりでアスマを引き離したところで、遠くからが騒ぎを聞きつけた者達が走ってやって来た。


「何を騒いでいる!」


 やって来たのはオリベ養成学校の教師で、担任であるニクマルと歴史担当のニシヤである。

 アスマは手加減せずに殴ったらしく、ハナロクショウの問題児は鼻や口から血が流れている。


「こいつ、こいつがいきなり殴りかかってきて!」


 ここぞとばかりに問題児が被害者ぶってニクマルとニシヤに泣きついた。というか本気で涙目になっているので相当痛かったのかもしれない。

 興奮して取り押さえられているアスマと、まだ地面に座り込んだまま血を流している問題児。これはどう見てもアスマの分が悪い。


「アスマ・ノウゼン。これはお前の仕業か?」

「そうです」


 ニクマルの問いにアスマは臆することなく返事をした。その視線はまだハナロクショウの問題児に据えられているが、さすがにもう殴りかかるつもりはなさそうだ。


「事情を聞くからついてこい。ニシヤ先生、ハナロクショウの生徒を任せていいですか」

「わかりました」


 アスマはサクラ達の腕を振り払ってニクマルの元へと歩き出した。その背中には拒絶が見て取れる。

 このままアスマだけを行かせてしまっていいのだろうか。サクラだってアスマが殴りかかった事情を知っているわけではない。それでもアスマはきっと弁明なんかしない。それくらいはわかる。


「待ってください、それなら私達からも話を聞いてください」


 咄嗟に声を上げると、ウキや他の男子も続いた。


「僕も話したいことがあります」

「俺も」

「俺もです」


 午前中に同じチームだった男子達が後に続いてくれた。どうか私達の話も聞いてほしい。


「駄目だ。話を聞くのはアスマだけでいい。そもそもお前らにそんな時間はないだろう」

「え?」


 ニクマルがすっと目を細めた。


「なぜ昼食の後、休憩時間を長くとったと思っている。午後からの交流会に向けて作戦を立てる時間が必要だからだ」


 まさに自分達もそのために移動していたところだ。


「それともお前達も抜ける気か? 特にサクラ、まとめ役となるクラス委員はお前ひとりなんだぞ」

「どういうことですか?」


 アスマだってクラス委員だ。なぜサクラだけだなんて言うのか。


「交流会の前にこんな騒ぎを起こしたんだ。アスマは当然不参加だ」

「え?」


 サクラだけではなく、他の者達もみんな言葉が出なかった。これからクラス対抗戦が行われるときにアスマがいなくなるなど考えられなかった。


「話は以上だ。ついて来い」

「はい」


 先ほどまでの暴れ方が嘘のようにアスマはすんなり後をついていこうとした。


「はいってそんな、アスマくん!」


 呼びかけてもアスマは振り返ることも止まることもしなかった。その背がどんどん遠くなっていく。


「ははっ、ざまあみろ」


 ハナロクショウの問題児の声が響いた。クラスメイトが殺気だった視線を向ける。


「な、なんだよ、お前らも不参加になりたいのか。クラス全員が不参加なんて、不名誉なことこの上ないぞ」


 何人かが動き出しそうだったので、サクラは咄嗟にクラスメイト達の前に出た。


「待って。これ以上こんなのに時間を割くなんて無駄でしかない。私達にはすべきことがあるでしょう」

「だったらこいつを放っておくのかよ」

「そうよ、ノウゼンくんが掴みかかったのだって、こいつがおかしなことを言ったからでしょう」


 クラスメイトの怒りは下手をしたらサクラに向きかねない。このままではクラスがばらばらになってしまう。

 サクラは自分の声が震えないよう気をつけた。


「違う、そうじゃない。やるなら午後からの交流戦、そこで決着をつけよう」


 全員を見渡して言い切った。誰もが驚いていたが、やがてウキとコデマリが声を上げてくれた。


「僕もそれがいいと思う」

「私もそう思うわ」


 ホズミ、ミキ、チドリ、それに午前中に同じチームだった男子、山菜採りのとき一緒だったカライトも声を上げてくれて、その場はなんとか収めることができた。


「ひとまず移動しよう。作戦会議をしないと」

「おい待てよお前ら!」


 まだハナロクショウの問題児が騒いでいたが、サクラはあえて振り返らなかった。自分の後ろにいるのは倒すべき敵だ。


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