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004. 桜を見上げて

 そこに立っていたのは、昨日入寮の受付をしてくれた教師のニクマルである。


「あれ、ニクマル先生?」


 ニクマルは近づいてくるなり、サクラとアスマに拳骨を落とした。


「下の名前で呼ぶなって言っただろうが! バーベナ先生だ、この馬鹿共!」


 あまりの痛さに言葉が出て来なかった。アスマと二人、頭を抱えて身悶えた。


「森は立ち入り禁止区域だ! なんでお前ら新入生がうろちょろしてるんだ!」


 ちょっと強面の教師だとは昨日も思ったが、こうして怒っている顔を見ると般若のようだ。


「ったく、朝から面倒かけやがって」

「俺は名前なんて呼んでませんけど」


 アスマが不服そうにニクマルを睨み上げた。こんなときでも彼の反骨精神は全開らしい。


「連帯責任だ、アスマ・ノウゼン。それにサクラ・ツキユキ」


 驚いたことに、ニクマルは自分達の顔と名前を既に覚えていた。


「それでお前ら、ここで何してたか全て吐け。素直に言ったら入学前だし多めに見てやらないこともない」


 アスマと視線を交わして、昨日サクラが誰かに追われたところからすべて話すことにした。

 話し終えるとニクマルは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「なんでわざわざ歩きにくい森を突っ切ろうと思うんだ。さては馬鹿だな、お前」


 その言葉にアスマは無言で頷いた。酷い。一緒に朝から探索をした仲だというのに、裏切られた気分である。


「森を迂回して道を登るより、森を登った方が早いと思ったんです」

「急ぐ時ほど基本に忠実になれ。近道をしようとするな」


 急いでいるからこその近道だと思ってしまうのは、サクラがまだ未熟だからだろうか。


「それにしてもサクラ・ツキユキ、お前は昨日の時点で、不審者を見たと何故報告しなかった?」

「遅刻に気を取られて忘れてました」

「だったら思い出した時点で言えば良かっただろうが」

「でも証拠もないし」

「そんな悠長なことを言っている間に、本当に不審者がいて問題が起きたらどうするつもりだ」

「本当に? え、本当にいましたよ。追いかけられたんですから」


 ニクマルが大きなため息を吐いた。


「昨日、お前が迷っていた時刻と同じような時間に、この森を見回っていた教師から、新入生らしき子どもが迷い込んでいたが逃げられたと報告が上がっている」

「迷っていたわけじゃないんですけど、じゃあ、あれは先生だったんですか?」

「そうだ」

「だったら声を掛けてくれても良かったのに」

「そんなことよりも勝手に森へ入ったことを反省しろ」


 だって入っていけないなんて知らなかったのだとは、言い訳にしかならないので、サクラは口にしなかった。そもそも昨日はともかく、今日はサクラもアスマも駄目だと知りながら踏み込んでいる。


「すみませんでした」


 素直に謝罪をすると、ニクマルは続いてアスマを見た。


「すみませんでした」


 どう見ても納得していなさそうだが、アスマも仏頂面ながらも謝った。


「それじゃあ森から出るぞ。二度と入るんじゃないからな」

「はい」


 そう返事をしたものの海を見れなかったのは残念である。


「まったくこんな朝っぱらから迷惑かけやがって」

「ニクマル先生は俺達に関係なく見回り中だったんじゃないんですか」

「だからそっちの名前で呼ぶな!」


 たぶんアスマはニクマルが嫌がると知って、わざとその名前で呼んだのだろう。いい性格をしている。


「今回はお前達が森に入って行ったのを見たって報告を受けてやって来たんだよ」

「誰が報告したんですか?」


 見ていたなら止めても良さそうなものだが、少なくともサクラが森へ踏み入ったときに周りに人はいなかった。とはいえ寮から見られていた可能性がないとも言い切れない。


「生徒だ。それ以上は言う必要はない」


 ぴしゃりとニクマルが話を打ち切ったので追及はできなかった。名前を聞いたところで、入学前のサクラにはそれが誰なのかも分からないし。


 森から出ると既に日は登っていて空は青白い。あれだけ濃かった靄が突如として消えてしまうなんて不思議なものだ。

 桜の木が朝日に照らされて出がけよりもきれいに見えた。日当たりの良い場所に植えられた木はひと際大きく育っている。


「今回は入学前だから多めに見るが、見逃すのはこれっきりだからな。次はないぞ」

「はい」


 サクラとアスマの返事を聞き届け、ニクマルは校舎の方へと歩いて行った。


「おい、気づいたか」

「なにを?」


 アスマはニクマルが消えた方向を睨んでいる。


「俺達が森に入るところを見た生徒がいると言っていたが、俺達は別々に入って森の中で合流したんだ」

「そういえばそうだね」


 ではその目撃者は、サクラが森へ入るところと、アスマが入るところを見届けてから、先生に報告したのだろうか。普通、教師に伝えるつもりなら時間を置かずに、規則を破った者を見かけた時点で報告しそうなものである。


「あの教師、何か隠してるな」

「何かって?」

「いちいち聞くな。自分の頭で考えろ」


 考えたところで分からない。たぶんアスマも答えまでは分かっていないのではないだろうか。

 ひとまず森の中を歩き回るのは、もう止めた方が良さそうだ。どんな罰則があるかは分からないが、万が一にも退学になどなったら取り返しがつかなくなってしまう。


「そろそろ部屋に戻らないとね。今日は入学式だし」


 ホズミも起きている頃だろう。


「そういえばアスマくんはどこの寮に入ったの? 私は満月寄宿舎なんだ」

「その呼び名で通じると思うか」

「月の名前が付いてるなんて可愛いよね」

「どこがだよ。よっぽどセンスの悪い奴がつけたに決まってる」

「そうかなあ、可愛いと思うけど。アスマくんのところの寄宿舎の名前は?」

「忘れた」


 嘘だ。これは覚えているけど教えてくれないやつだ。


「満月寄宿舎は六番目の寮なんだって」

「むしろ第六寮じゃなければどこに入るんだ。第一から第五までは男子寮だぞ。イノシシ女を襲うような物好きがいるとも思えないが、お前みたいなのにうろちょろされたら目障りだろうが」


 いちいち返す言葉が多い。


「つまり女子は満月寄宿舎に入ることになってるんだね。アスマくんはどうしてそんなことを知ってるの?」


 面倒くさいので嫌味はすべて聞き流すことにした。さすがにそのような話までは注意事項に書いていなかったはずだ。


「そんなもの人数を考えれば分かることだ。魔導士科の女子は全体の四分の一に満たないと言われている。騎士科の女子はさらに少なく、一学年で十人程度だ。すべての学年を合わせても女子は寮一棟で間に合うし、学校側が男女を同じ寮に振り分けるわけがない。少なくとも俺は寮内で女子を見かけなかったしな」

「……うん」


 長い説明にひとまず頷くと、アスマの目が細くなった。


「理解力のない奴だな。いいか、一学年の女子の数は、魔導士科と騎士科を合わせても四十人より少ない。三学年で考えても百人をわずかに超す程度の数だ。生徒総数の七百二十人を六つの寮の数で割ると、一つの寮に百二十人が入ることになる。つまり女子は一つの寮で事足りるんだ」


 今度は分かった気がする。再度頷くとアスマは疑いの眼差しを向けてきた。


「まったく、頭の中もイノシシ並みか」


 イノシシの頭の加減が分からないのでなんとも言い返せないが、ひとまず女子寮が一つ、男子寮が五つということは理解したので良しとしよう。


「あ、アスマくん、頭に桜の花びらがついてるよ」


 いつの間に降ってきたのか、彼のきれいな黒髪には薄紅色がよく映える。

 アスマが手で髪を払うと花びらは簡単に落ちた。


「オリベはこれから満開なんだよね。私の地元はもう散るだけだったから、なんだか得した気分になるな」

「どこの街でももう散ってるだろ。ここが国内最北の街なんだから」

「そうかもね」

「そもそも桜なんて、ただの木に咲いた花だろうが」


 そう言われては身も蓋もない。


「アスマくんって情緒のない人だね」

「ふん、イノシシ女が風流人気取りか」

「いや、私がどうとかじゃなくて、アスマくんの情緒の話」

「お前の感想こそ、ありきたりでつまらないものだっただろうが。桜程度で得した気分になれるとは、ずいぶん手軽な感性だな」


 ああ言えばこう言うのできりがない。


「しかし俺は優しいから、お前に合わせた感想を返してやろう。こういう花は散ることを惜しむよりも、この時期しか見れない貴重さを楽しめばいいんだ」


 確かにいつでも見ることができたら、咲こうが散ろうが気にならないかもしれない。こうして好き勝手言われている桜も、この四月が終わる頃には葉桜になってしまうのだから、アスマの言う通りだろう。


 少しの間、無言で桜を眺めていたが、やがてアスマが踵を返した。


「もう戻るの?」

「ふん、せいぜい入学式は遅刻しないようにするんだな」

「昨日だってぎりぎり遅刻じゃなかったよ。アスマくんのおかげでね」

「はっ、おめでたい女だ」


 アスマの姿が見えなくなったところで、サクラも部屋へ戻ることにした。


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