039. 考え方ひとつ
しかしクラスメイトが庇うように前に出てくれた。
「ツキユキが悪いわけじゃねえよ。俺がぶつかったら、あのブタナって奴がいちゃもんつけてきただけだ」
アスマが問題児へ視線を向けると、相手は身構えるように睨み返してきた。
「ハナロクショウが優秀だと示したいのなら、まず自分の実力を示すんだな。今のところお前はただ騒いでいるだけの阿呆でしかないぞ」
「な、なんだと!」
ハナロクショウの男子がアスマに掴みかかろうとしたが、アスマがひょいと体を避けたためバランスを崩して転んでしまった。
「避けるな!」
「は? なんで俺がお前の言うことを聞くと思うんだ。貴様こそぶざまに寝転んでないでさっさと起きたらどうだ。それとも名前の通り普段から四つん這いで過ごしているのか、ブタ」
その場がしんと静まり返った。サクラ達だけではなく周りの生徒にももちろん聞こえていただろう。
「ああ、俺としたことがうっかり呼び間違えてしまったな。ブタではなくブタナとかいう名前だったか。まあどちらでも変わらないだろう。体が重くて起き上がれないなら手を貸してもらえばいい。優秀なハナロクショウの仲間にな」
アスマが周りを見渡したが誰も前に出てくる者はいなかった。
ちなみにハナロクショウの問題児はたしかに標準よりも肉付きのよい体をしていて、身長も高いが横にも幅広い。
問題児は真っ赤な顔で立ち上がりまたアスマに掴みかかろうとしたが、今度はハナロクショウの生徒が止めに入った。
「止めろ、ブタナ!」
「こんなところで喧嘩なんかしたらどうなるかわからないぞ」
「うるさい離せ!」
ブタナ少年は引きずられるようにしてハナロクショウの生徒達に連れられていった。彼はきっとハナロクショウの中でも問題児と見られているのだろう。
「アスマくんさ、よく私に揉めごとを起こすなとか言えたよね」
自分の方がよほど問題を起こしているだろうと暗に言い返してみた。
「あいつが勝手に転んだだけだ。俺はなにもしていない」
「あー、はいはい、そうですね」
口で争ったところで勝ち目はないので、サクラは受け流すことにした。
「あんな馬鹿をいちいち相手にするな。お前達もだ」
アスマに睨まれて、同じ組だったユゲが言い返す。
「そうは言うけど、うちの組の指導員がハナロクショウばっかり贔屓して、ただでさえ苛立ってるところにあいつが喧嘩を売ってきたんだぞ」
「そうだよ、ハナロクショウには得意な魔術ばかり練習させて、僕らには不得意な魔術ばかりやらせるんだからさ」
他の男子も加勢して不満を訴えた。しかしアスマはまったく気に留めた様子がない。
「それの何が問題なんだ」
「え?」
「俺達はここに遊びにきたわけじゃない。不得意な魔術を見てもらえるなら、それに越したことはないだろう」
ユゲを含む男子が息を呑んだ。サクラもはたと納得した。
たしかにその通りだ。苦手なものが克服できるならそれに越したことはない。問題は指導員の態度だが、向こうに教えるつもりがないのなら、サクラ達がそうせざるをえないよう仕向ければよいのだ。
「やっぱり頭いいよね、アスマくん」
「お前らが馬鹿なだけだろう」
「そうだね。休憩が終わったら、考え方を切り替えて練習に励んでみるよ」
「勝手にしろ」
そのままアスマは背を向けて去ってしまった。まだ本調子ではなさそうだが、あれだけ口が回れば心配はなさそうだ。
「よし。後半はあの指導員からどこが悪いのか言葉を引き出せるようがんばろうね」
そう宣言すると男子の一人が大きく息を吐いた。
「ツキユキってすげえよな」
「何が?」
「あのノウゼンに平然と言い返せるのも、いつでも前向きなとこも」
「そうかな」
他の男子からもうんうんと頷かれてしまった。
「俺、実はさっきのノウゼンにもかちんと来たもん。だったらお前が受けてみろって思ったし」
「それはまあ、五人まとめて馬鹿扱いされたらね」
「でも間違ったことを言ってないのがまたさ、反論すらできないし」
アスマはべつにサクラ達に文句を言いに来たわけじゃない。事実あのハナロクショウの問題児を追っ払ってくれた。おかげでこうして休息をとることができている。
ただ素直ではないため助言だけで済ませることができないのだ。
「アスマくんはね、意地悪でひねくれてて口が悪くてすごく面倒くさい人だけど、あれで結構優しいんだよ」
自分も調子が悪そうなのにこうして助けにきてくれたのだ。今度はサクラがアスマを庇う番である。そう勢いごんでフォローをしたつもりだったが、なぜかみんな微妙な表情になった。
「それ、褒めてるのか?」
「もちろん」
「独特な褒め方だな」
「やっぱ変わってるよ、ツキユキは」
「ノウゼンの相棒はお前しかいないよ、これからもがんばれ」
なぜかサクラが応援されるはめになったが、ひとまずみんな気持ちも落ち着いて後半の練習へ臨めそうだ。
午後からはたとえ指導員に苛立っても、そのすべてが強くなるためのチャンスだと思い込んで割り切った。
「なんだその魔術の威力は、やる気があるのか」
「風魔術は相性のせいか加減がうまくできなくて。どこが悪いか見てもらってもいいですか」
「お前の場合は相性以前の問題だ。魔力の調整ができていないから、イメージ通りに使えないんだ」
魔力の調整は日々努力しているのだが、なかなか結果に結びつかない。抑えようとすれば弱くなりすぎたり、威力を上げようとすればコントロールが効かなくなったりと難しかった。
「じゃあ魔力の調整を練習してみるので、見てもらってもいいですか」
「そんな基礎練まで見てられるか。お前一人に時間をかけられるわけじゃないんだぞ。長めに魔術を繰り出してみて、その中で魔力を調整してみろ。それでできなければあきらめろ」
魔術を使う時間を長くして、その中で調整するというのは考えたことがなかった。
「ウィアツ!」
魔術は呪文を唱えて放ったらおしまいだと思っていたが、魔力が途切れないようにすれば長く扱うことも可能なようだ。
最初は小さな風から少しずつ魔力を上げて大きくしていく。少しずつ、少しずつ。魔力がどんどん体の中心に集まってきた。
「待て! そこまででいい!」
咄嗟に腕を掴まれて集中が切れた。風が止んだ。
「お前、魔力量が人より多いのか」
「はい。そうみたいです」
自分自身ではよくわからないが、周りがそう言うのならそうなのだろう。なぜか同じチームの者達だけではなく、近くで練習をしていた者達もサクラを見つめていた。
「長めに魔術を出すときはむしろ強く出してから弱くしていけ。そうじゃないと魔術の調整に気をとられているうちに、周りに被害が及ぶ」
「はい、わかりました」
今度こそ一人で練習かと思ったが、意外にも指導員は側に立ったままである。
「もう一度やってみろ」
まだサクラの魔術を見てくれるらしい。言われた通りに強めに出して弱くしていく。しかし先ほどに比べてうまくできない。
「もっとゆっくりだ。きつくても我慢しろ」
魔力を絞りたいのに、魔力が体の中心に集まってしまう。
「呼吸を整えろ。魔力を一点に集めず散らすよう心がけろ」
深呼吸をして言われた通りにすると、少しだけ風の威力が小さくなった。
「そこまでだ。もう止めていい」
風魔術を止めると思っていた以上に体が強張っていたらしく、おかしな疲労感に襲われた。
「体はなんともないのか」
「少し疲れました」
指導員がいぶかしげな視線をよこしたが、まずはお礼を言うのが先だ。
「ありがとうございました。おかげで少し感覚がつかめた気がします」
「ああ。練習を続ければそのうち魔力の使い方も慣れてくるはずだ」
これは良いことを教わった。オリベに帰ってもやってみよう。
「あの、俺も見てもらえますか」
「俺も」
「俺もお願いします」
ユゲ達が一斉にサクラの面倒を見てくれた指導員に声をかけた。
「なんで俺だけに言うんだよ。おい、お前も手伝えよ」
「あ、ああ、わかった」
そこからはみんな積極的に指導員に質問するようになった。
「炎の量が一定にならないんですが、どうしてでしょうか」
「火を怖がるからだ。自分の魔術を怖がるなんてとんだ腰抜けだな」
文句が二つ三つ付いて来ることに我慢さえすれば、助言は的確である。さすがは現役の軍人だ。
ふと思い出したが、気球の操縦士は魔術をずっと使っていたはずだ。サクラとは違い、一定の出力で維持していた。練習すればサクラでも気球の操縦ができるようになるかもしれない。
まずは先ほど教えてもらったやり方で魔術の維持を練習してみよう。
指導員は二人とも他のメンバーに教えているため、一人で集中することにした。先ほどよりもなめらかに魔力が動く気がするのは自信がついたからか。
「よけろ!」
しかし突然の大声に魔術が途切れた。なぜか炎がすぐ目の前まで迫っていた。




