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031. 巻き込まれたカライト

 だが三人の女子は俯いて口を閉じてしまった。その表情に怒りはなさそうでホッとした。


「本当に悪いと思ってるなら、素直に謝るのが一番だと思うよ」


 偉そうなことを言える立場ではないが、ぎすぎすした雰囲気がなくなるのならばそれに越したことはない。


「それはわかってるけど、タイミングが難しいっていうか」


 全員が気まずそうに視線を逸らしたところで、突然話題の人物の声が聞こえてきた。


「カライトくん、忘れ物あった?」


 教室の扉を開けて顔を覗かせたのはサクラである。

 放課後の自主練習でサクラが組手を見てくれるというので、他のクラスメイトと共にカライトも残っていたのだが、忘れ物に気づき教室へ戻ってきたところでこの三人に捕まってしまった。まさかサクラが探しにきてくれるとは思わなかった。

 これはもう今がタイミングというやつではないだろうか。


「サクラさん、この三人が君に話があるんだって」

「ちょっとカンパニュラ! なに勝手なこと言ってるの」

「私に話?」


 サクラが少し困ったような顔をしたのはこれまでのことがあるからか。それでも彼女は教室の中に入ってきてくれた。


「こういうのは勢いで言った方がいいと思うよ」

「わかってるわよ!」


 三人の女子はもじもじしていたが、やがて覚悟を決めたように前に出た。


「あの、私達、あなたに謝りたくて」


 一方のサクラはまだ状況を呑み込めていないようだ。


「これまで、あなたに辛く当たってごめんなさい」

「ごめんなさい」


 一人が謝ると他の女子も次々に頭を下げた。予想外にもサクラはその様子をじっと眺めているだけで、特に何も言わなかった。教室が気まずい雰囲気に包まれる。


「あの、サクラさん。彼女達も反省しているみたいなんで、もし叶うなら許してあげたらどうかなあ、なんて思ったり思わなかったり」


 カライトが口を出す問題ではないが、関わってしまったからには穏便に済ませたかった。


「え、私が許すのを待ってるの? なんで?」


 サクラが不思議そうに首を傾げた。思っていた反応と違う。


「なんでって、それはやっぱりこれまでのことがあるからじゃないかな」

「でも私、べつに怒ってないよ」

「そうなの? でも嫌な思いをしたんじゃない?」


 カライトもすべてを見ていたわけではないが、わざとぶつかられたりしていたはずだ。


「まあ愉快な気持ちじゃなかったけど、べつにそんな怒るほどのことでもないっていうか」


 サクラの感覚が謎である。


「それよりもどうして謝るつもりになったのかの方が気になるかも」


 問いかけられても彼女達はみんな視線を下げたまま顔を上げなかった。


「私がコデマリさん達と仲良くなったから?」


 ずばりと切り込んだサクラの切り口はなかなかに鋭い。関係のないカライトまで息を呑んだ。


「それなら謝ってくれなくていいよ。もしこの先コデマリさん達と喧嘩でもしたら、また態度を変えるんでしょう?」


 カライトは今度こそ驚いた。サクラは食堂で足をかけようとしたチドリにも優しくしていたから、きっと笑って許してくれるだろうと思っていた。だがまったくそんな雰囲気ではなく、むしろこんな棘のある言葉をさらりと言えてしまうくらいには、彼女達に見切りをつけていたのだ。

 まずい。このままでは和解が成り立たない。


「待って、サクラさん」

「何を?」


 つい口を挟んでしまったものの、こんな場面で何をどう言えばいいのか、カライトは必死に頭を働かせた。


「たしかに彼女達は、勝手にサクラさん達に意地悪して、都合が悪くなった途端すり寄ろうとしているように見えるかもしれないけど、悪気があってのことじゃないんだ……あ、でもやっぱり悪気がなきゃあんなことしないかも。あれ、違うな、そうじゃなくて、えっと」


 何か言わなくてはと思うものの、上手く言葉が出てこなくて必死に考える。


「彼女達は……そう、彼女達はただ単に、考えが足りないだけなんだ!」


 やっと言葉をひねりだした。しかしサクラはぽかんと口を開けて固まっている。サクラだけではない、三人の女子も驚きに固まり、それから鬼のような形相になった。


「ちょっとカンパニュラ! それじゃあ私達がただの馬鹿みたいじゃない!」

「え、でも間違ったことは言ってないよ」

「言い方ってものがあるでしょうが!」

「どう取り繕ったところでそんなに変わらないと思うけど」

「あるわよ! すり寄ったって何よ! 訂正しなさい!」

「じゃあ寝返ろうとしたとか?」

「もっと悪くなってるじゃないの! あんた私達を励ます振りして実は邪魔してるんじゃないの!」


 どうしてカライトが怒られることになるのか。これはもう八つ当たりじゃないだろうか。


「ふっ、あはは、カライトくんって気弱そうに見えて結構はっきり言うんだね」


 なぜかここでサクラが笑い出した。


「わ、笑うところじゃないわよ!」

「私達だって、少しは悪いと思ってるわよ」


 少しとか言わなければいいのに。興奮しているのか彼女達はぼろを出し始めた。


「最初はあなた達がノウゼンくんにひっついてるんだと思ってたけど、見てたらそれは違うみたいだってわかって、でももう引っ込みもつかなくてどうしたらいいかもわからないし」


 サクラは笑いながらも、仕方がないという風に大きく息を吐いた。


「本当に怒ってないから大丈夫だよ。それに最近、当たりが弱くなってきたなって思ってたし」

「人を当たり屋みたいに言わないでちょうだい」


 たしかに体当たりをしていたので、言いえて妙である。カライトが感心して頷くと三人からきつく睨まれた。


「本当にごめんなさい」


 三人はあらためて謝った。


「うん。それじゃあこれからは普通に話してくれるかな」


 サクラが笑顔を返すと、三人はもじもじしながらも頷いた。


「あ、でもホズミも私と同じ考えとはかぎらないから、ホズミにもきちんと謝ってね」

「もちろんよ」

「じゃあ一緒に行こうか」

「え、今から?」

「うん。こういうのは早く終わらせちゃった方がいいでしょ」


 なかなかに強引である。そういえば山菜採りのときも、チドリが嫌そうな顔をしているのにも構わず、話しかけ続けていたことを思い出した。


「ほら、カライトくんも行こうよ」

「え、あ、そうだ、忘れ物を取りに来たんだった」


 机の中に置きっぱなしだった用紙を取り出し、教室の出入口へと向かった。三人はまだためらっているのか動こうとしない。


「あらためて呼び出すより、この勢いで言った方がいいと思うよ」


 カライトが振り返ると、彼女達は覚悟を決めたように一歩を踏みだした。思いつめたような顔が怖い。


「カライトくんって面倒見がいいんだね」


 廊下で待っていたサクラがそっと囁いて歩き出した。カライトもその隣に並ぶ。


「登山のときもわざとあの杖を拾ってくれたんでしょう?」

「僕、小心者だからできるだけ揉めごとは避けたいんだよ」

「小心者にしては彼女たちにはっきり言ってたと思うけど」


 サクラがからかうような視線を向けてきた。


「それを言ったらサクラさんだって、もっと簡単に彼女達を許すと思ったよ。チドリさんのときもすぐ許してたし」


 あれからサクラは教室でもチドリに話しかけるようになり、一緒にいるペンタスも混じって話しているところを見かけるようになった。


「チドリさんはさ、ずっと一人で思いつめてたじゃない。相談する相手もいなくてきっと苦しかったと思うよ。独房にまで入れられて」


 たしかにあの謝罪の言葉からはチドリの真摯な気持ちが伝わってきた。見ていたカライトの方が泣きそうになったくらいだ。


「ま、仲良くできるならそれが一番だよね。ほら、十五年前の内部抗争みたいなことを起こさないためにもさ」

「僕にとってはこれも十分抗争だよ……女子って怖いよねえ」


 カライトの答えがおもしろかったらしくサクラはまた笑った。


「そういえばサクラさんは教える側なのに、抜け出してきて良かったの?」

「それがね、私の教え方が悪いって途中からアスマくんが仕切り出しちゃって」


 少なくとも練習を始めたときにノウゼンは混じっていなかった。よほどサクラの教え方が悪くて見ていられなくなったのか。この二人の関係も不思議といえば不思議である。


「ねえ、どこまで行くの?」


 後ろから不安げな声が聞こえてきた。サクラは笑顔で振り返る。


「演習場だよ。みんなで組手の練習していて、そこにホズミもいるから」

「あの、それってみんなの前で謝れってこと?」


 カライトに怒った声が嘘のようにか細く不安げである。


「べつにホズミを呼び出してもいいと思うけど、みんなの前の方が許してくれそうじゃない?」


 ペンタスはそんなに怒っているのかとひやりとしたが、サクラはカライトに片目をつぶって囁いた。


「ま、これくらいの意趣返しはありだよね」


 やっぱり女子って怖い。口には出さなかったが、あらためてそう感じたカライトであった。


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