254. みんなの冬休み
甲板掃除を終えるとフヨウがミルクティーを淹れてくれた。体の温まるスパイスが入っているらしく、初めて飲む味だが甘くて美味しい。
「はー、あったかい。生き返るねえ」
「年寄りくさい奴だな」
体内に沁み渡る熱に息を吐くとアスマに呆れられた。
船室内は暖かく、フヨウがおやつにと、きのこと玉ねぎと白身魚のキッシュというものを作ってくれた。それをみんなでつまみながら談笑している。
本当はウラハで昼食をとる予定だったが総帥のせいで予定が狂ったため、ひとまず軽くつまんでおいて、少し早めの夕食にするそうだ。
「アスマは甲板掃除をしてないからそんなことが言えるんだよ。本当に寒かったんだから」
「自業自得だろう」
カップから伝わるじんわりとした熱に浸りながらウキも抗議したが、それもまたアスマに一蹴されてしまった。そしてホズミはまた別の感動にため息をついている。
「はあ、プロポーズの瞬間に立ち会えたなんて、すごいよね」
「あれは立ち会ったと言うのか?」
上から盗み聞きしていたサクラたちを見ていたのだろう。タケがもっともな疑問を口にした。
その後はタケとホズミを皮切りに、冬休みをどう過ごしたか報告会のようになった。
「それじゃあタケとホズミさんは、帰省中は二人で手合わせしてたの?」
「近所ってわけでもないから、二回だけだがな」
ホズミとタケは同じ町の出身だが、これまで二人で話しているところを見たことがなかったので、少し意外な組み合わせに感じる。
「タケくんちのお母さん、すごい美人なんだよ。あとお兄さんのお嫁さんも。二人とも上品で素敵だったなあ」
「あれは客人の前だから取り繕っていただけだ。二人の間に流れる殺伐としたあの空気がすべての答えだ」
「あれはあれで仲がいいんだと思うよ。周りは大変かもしれないけど」
遠い目をするタケの呟きをホズミは苦笑いで流してしまった。ツツゴウ家の嫁姑問題だろうか。
「それに二人ともすごく優しかったし」
「あれはただホズミのことを勘違いしていて、自分の陣営に取り込もうとしていただけだ」
いつの間にかタケがホズミを呼び捨てしている。本当に二人の距離はずいぶん縮まったようだ。しかし引っかかったのはサクラだけではなかったらしく、ウキが待ったをかけた。
「それってタケの家族が、ホズミさんのことをタケの恋人だと勘違いしたってこと?」
「否定はしたが基本的に俺の話を聞かないからな、二人とも」
「えー、そういうのはちゃんと否定しておかないと、同じ町に住んでるわけだし変な噂が立ったら困るでしょ」
ホズミを気遣っているように聞こえる発言だが、口を尖らせるウキを見て、サクラはあれあれっと目を輝かせた。
ウキは女子には平等に優しいが、ホズミにはたまに意地悪を言って怒られている。つまりこれはそういうことではないだろうか。
「べつにタケくんちの家族が、わざわざおかしな噂を立てることはないんじゃないかな」
「そ、そうだよな」
ウキの指摘にしょんぼりしたタケだが、ホズミのフォローに胸をなでおろした。
「それにタケくんが誘ってくれたおかげで、近所の面倒な女の子たちに絡まれなくなったし」
「面倒な女の子?」
おもわずサクラが聞き返すとホズミは「前に話した子たち」と肩をすくめた。たぶん万引きの犯人にさせられそうになった件だろう。あれは酷い話だった。
「タケくんとの手合わせを見たらしくて、私への認識を変えたみたい」
「怖かったのかな?」
慣れていない者たちの目には、二人が乱暴なことをしているように映ったのかもしれない。
「そうかもね。私の顔を見た途端こそこそ逃げて行ったし」
ホズミの清々としたといった感じに、おもわずサクラもにっこり笑った。面倒ごとが自分から去ってくれたのなら友達としても喜ばしいことだ。
「あーあ、みんな楽しく過ごしたみたいで羨ましいなあ。僕なんかアスマもいなかったから、家の用事に振り回されて終わっちゃったよ」
「ノウゼンはどこか出かけたのか?」
「アスマくんは私と一緒にヘキ村で過ごしたんだよね」
「え?」
タケはアスマの事情を知らないため、サクラがその質問に答えた。
「ソリ滑りをしたり、雪合戦をしたり、エビ副隊長が稽古をつけてくれたり楽しかったな。フヨウさんの作った食事は全部美味しかったし」
夏休みはみんなのみやげ話を聞くばかりだったので、今回は話す側に回れたことが嬉しく顔がにやける。
「フヨウさんが一緒なのはなんとなくわかるが、どうしてノウゼンまでヘキ村に?」
「興味があったから」
あっさり答えたアスマを、なぜかウキとホズミが微笑ましそうに見ている。まるで保護者のようだ。
「あいたっ、なにするんだよアスマ」
「なんか顔がムカついた」
もちろん敏いアスマが気づかないわけもなく、ウキに軽く肩を当てて抗議した。
「しかし船でセンザイに帰っただろう?」
「その後こいつと合流したんだ」
「だから同じ防寒着を着ているのか」
フヨウが買ってくれた防寒着は同じデザインで、タケはサクラとアスマがお揃いで着ているのを不思議に思っていたようだ。もっと早く聞いてくれてよかったのに。
「防寒着は馬ソリに乗るのに必要だったんだよ」
「え! 馬ソリに乗ったの? ずるいよアスマ!」
今度は動物好きなウキが見事に食いついた。
「見たことないくらい大きな馬だったぞ」
「うわ! 僕もついて行けば良かった!」
悔しそうにするウキを見て、先ほどのお返しとばかりにアスマが得意げに笑った。ちょっと子どもっぽい。そしてタケも首を傾げる。
「馬ソリならオリベでも走っているだろう?」
「そうなんだけど、休日に外出できる範囲が決まってるから遠出はできないし。もー、アスマだけずるいー!」
嘆きながらもウキは仕返しにアスマのキッシュを狙ったが、反射神経ではアスマも引けを取らない。皿はサッとかわされた。
「これからいくらでも乗る機会があるだろ。なんなら途中でこの船を降りて、馬ソリでオリベに戻ったらどうだ」
「えー、じゃあアスマも一緒に降りてくれる?」
「断る。寒いし面倒だ」
「じゃあタケは」
「あ、いや、俺も船を降りてまで乗りたいとは思わないかな」
「はあ、なんて友達がいのない。ホズミさん、サクラさん、今の冷たい台詞を聞いた?」
「二人とも馬ソリよりも船の操縦の方に興味があるんじゃないかな」
「あ、そうだ。僕もマルコさんに教えてもらおうと思ってたんだ。三年生になったら免許を取りたいもんね」
ホズミの誘導で、ウキの興味があっさり操船に移った。男子って単純。心の中で呟きつつ、サクラもその話に乗ることにした。
「それなら私も操船を教えてもらいたいな。ホズミも興味あるでしょ?」
「あるけど難しそうだし、もし他の船にぶつかったらって考えるとちょっと怖いかな」
座学の勉強は積極的なホズミだが、実技を伴うとなると途端に尻込みしてしまう。サクラから見たらホズミは反射神経が悪いということもなく、この五人のメンバーの中では少し引けをとるかもしれないが、それはたぶんサクラたちが平均以上なだけである。
どうにかやる気を出せないか考えていると、タケも後押ししてくれた。
「他の船に近づくときはスピードを落とすし、通行も右側と決まっているから、ルールさえ覚えればそこまで怖いものじゃないと思うぞ」
「うーん、でも狭い川に入り込んじゃって出て来れなくなったら」
「ホズミは魔術が使えるんだから、どうとでもできるんじゃないか」
「そうかなあ」
「それに俺たちは将来体を張る仕事に突くわけだからな、もしものためにできることを増やしておくのは悪いことじゃない」
もしもとは怪我とかそういうことだろうか。サクラは学費の件もあって絶対に防衛軍で働くつもりだが、それが叶わない未来についてもタケは考えているようだ。男子なのに大人である。
「ホズミさん、やってみて向かなかったらやめればいいんじゃないかな。僕も教えるし」
「お前はまだ覚えてもいないだろう」
ウキの笑顔にアスマが呆れたように突っ込んだ。
「これから覚えるんだよ」
しかしウキはめげない。ホズミと違って自信があるようだ。いや、もしかしたらホズミに教えたいだけかもしれない。
そこでふいに船室の扉が開いてフヨウが入ってきた。
「そろそろ目的の河川港に着くけど、夕食ができるまで港町を見て回っていいぞ。ただし単独行動はなし、サクラは誰か大人に同行すること」
夕食まで自由行動と聞いて、その場がわっと沸いた。




