023. コデマリと取り巻き
コデマリは昔からアスマとの相性が悪かった。何か特別な事件が二人の間にあったわけではない。ただ性格が合わないだけだ。そのせいか、顔を合わせれば嫌味の応酬になってしまう。
ここにウキが居てくれたら良かったのに。彼が居てくれれば、困ったように笑いながらも、緩衝材のように二人の間を取り持ってくれる。いや、どうせ同じチームになるなら、ウキとが良かったと言うべきか。
「こんなに見つからないとなると、ツキユキさんの情報が間違っている可能性はないでしょうか」
いつも一緒に行動しているミキが、眉間に皺を寄せて、去り行くサクラの後ろ姿を見つめている。
コデマリは、なぜサクラが周りの女子に嫌われているのかいまいち分からない。何かと目立つ子ではあるが、だからといって嫌な感じを受けるわけでもない。それどころかこの登山の最中も、よく周りに気を配り、前に意地悪をしたらしい女子を助けていた。なかなか出来ることではないだろう。
「他の山菜も半分は彼女が見つけたのよ。信頼出来る情報だと思うわ」
「それはそうですが、コデマリ様に嫌がらせをしているのかもしれませんよ」
「どうして私にだけ?」
「それは、コデマリ様が美人で優秀だからです」
ミキがよく分からない理由をきっぱり言い切った。
「彼女も十分に可愛いと思うけど。あの珍しい桜色の髪もきれいだし」
「コデマリ様の御髪の方がおきれいです」
「それに教科によっては私より彼女の方が優秀だわ」
「そんなことありません! あんな女、コデマリ様の足元にも及びません」
信じられないとでも言うようにミキは大きく首を振った。
ミキはだいたいいつもこんな調子だ。出会ったときからなぜかコデマリを慕ってくれて、事あるごとに立てようとしてくれる。しかし、その立て方が大仰すぎるのがたまに傷だ。
しかもそんなミキに感化されたのか、クラスの女子達もなぜかコデマリを特別扱いしてくる。
「図々しくもノウゼン様やハナカイドウ様に取り入って、玉の輿でも狙っているに違いありません」
「そんなタイプには見えないわ。そもそもあの二人が、そう簡単に手玉に取られるとは思えないし」
「それはそうですが……」
ミキは矛盾点を認めたくない程にサクラのことを気に入らないらしい。
「そもそもノウゼン様とクラス委員なんて、孤児のくせにそんな大役」
「おやめなさい」
品のない言葉にぴしゃりと窘めると、ミキは首をすくめた。
サクラが孤児だという噂はコデマリも聞いたことがある。本人が口にしていたというのなら事実なのだろう。しかしそれはサクラが悪いわけではない。親が何かしらの事情で子どもを手放さなければいけなかったのか、死に別れたのかまではわからないが、彼女の境遇を非難できる者などこの世にいるはずがない。
「養成学校で学ぶのに、何の関係もないことだわ」
「はい……」
「むしろ私達のように家庭教師をつけることなく、彼女は試験に受かったのよ。それこそが優秀だという証だわ。彼女の友人のペンタスさんも同じことよ」
コデマリもミキも養成学校を受験するにあたって、親に頼んで家庭教師を雇ってもらった。しかも入学後のことも考えて、魔法の扱いに長けている者を。
ただでさえ家庭教師という代物はお金がかかるのに、魔法を教えられる人材はさらに高額な報酬が必要になる。裕福な家庭の子どもでなければまず雇うことはできないだろう。
ある程度の事前対策としてアスマやウキも習っていたはずで、だからこそ授業で褒められることもあるとコデマリは考えている。
防衛軍の養成学校への入学希望者は多い。募集人数が限られているので、合格点は毎年変わるが、他の学校に比べてもその門は狭いと言われている。筆記試験はそれほど難しいものではなく、問題は身体能力や魔力だ。
魔導士科においては特に魔力が重要で、家庭教師をつけずに入学できた者達というのは、元々の魔力が高いと考えてよい。そしてその中でもコデマリの見たところ、サクラの魔力は群を抜いて高かった。それに身体能力もだ。
もしかしたらサクラを良く思わない女子達は、その持って生まれた才能を羨ましいと思っているのかもしれない。
「育ってきた環境は人格に影響を与えるけれども、そこだけを見て判断してはいけないわ。現にツキユキさんがいなかったら、このグループは六人揃ってここまで登ってこれたかも怪しいもの」
「それはそうかもしれませんが……」
山歩きなど慣れていないコデマリ達は、自分のことで手一杯だった。チドリが辛そうなのはわかっていたが、声をかけることもなかった。かけたところで何が出来るわけでもないと思っていたからだ。
だがサクラが声をかけ続けたことで、チドリの視界が広がり、彼女は苦しいだけの意識から解放された。さらには彼女に謝る機会を与え、わだかまりも失くしてしまったのだ。見事としか言いようがない。
「ニクマル先生は体力測定の結果でクラス委員を選んだと言っていたけど、彼女のような人にこそふさわしい役目だと私は思うわ」
ただしアスマは別だ。先程の足手まといのような発言も、コデマリの中ではまだ怒りとしてくすぶっている。
「私は、コデマリ様こそがみんなを導く役目にふさわしいと思っています」
サクラを褒めすぎたからか、ミキが少し拗ねたような顔になった。
「私は自分のことで手一杯だもの。そういう役は、誰かのために動ける人がするべきよ」
その理屈でいくとアスマは絶対に当て嵌らないのだが、わざわざ口にして貶めることもないだろう。他者を貶めることは自分をも貶めることだと、コデマリの愛読する聖書にも書かれている。
「それでよろしいのですか。本当なら、コデマリ様がハナカイドウ様のお側にいるべきなのに」
「な、なんで突然ウキ様の話になるのかしら。クラス委員はアスマ様の方よ」
「クラス委員についてはわかりました。ですが、コデマリ様は本当はハナカイドウ様と一緒に」
「何のことかしらあ!」
実はコデマリは密かにウキを慕っていた。誰にも話したことなどないのに、何故ミキはそんな突拍子もないことを言い出したのか。
「私は別にウキ様のことなんて何とも思っていないわよ。ましてやあのアスマ様と同じ役目を務めるだなんて、ストレスで頭がおかしくなりかねないわ。そう考えると、ツキユキさんってあらためてすごい人よね。あんな性格のひん曲がった男と会話が成り立つんだもの」
やや愛読書に反することを言ってしまった気もするが、コデマリとアスマは口を開けば喧嘩にしかならないので、間違っても自分からは近づきたくはない存在だ。一緒にクラス委員をするなど考えたくもない。
「それを言ったらハナカイドウ様もノウゼン様と仲がいいですけど」
「そうね、よくあのアスマ様に愛想を尽かさず一緒にいられるものだわ。さすがはウキ様ね」
きっとウキが出来た人間で我慢強いからだろう。コデマリは一人で納得し頷いた。そこでふと視界の端に見慣れない花が目に入ってきた。その向こうには切り立った崖壁が見える。たしかサクラは湿った崖にも赤ミズが生えると言っていた。
「ねえミキ、もう少し向こうの方に行ってみない?」
「あちらはまだ探していませんでしたね。では行ってみましょうか」
こんなところで話し込んでいる場合ではない。少しでも早く課題の山菜を見つけて、先を行った彼らに合流しなければならないのだ。遅くなってはアスマにまた嫌味を言われてしまう。
「ついでに他の山菜も目星をつけておきましょう。帰りは摘みながら戻れば時間を節約できるわ」
「そうですね。麻袋の半分を埋めなければいけませんからね」
そうして二人は、指定された山道からさらに奥へと入って行ったのだった。




