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021. 一難去って

 やっとチームの雰囲気が良くなってきた。

 コデマリがチドリにずばりと言ったときにはハラハラしたが、カライトのおかげでなんとか丸く収まった。なんだかんだでこのチームも悪い組み合わせではないのかもしれない。

 チドリの言動は疲労のせいもあっただろう。疲れていれば苛立つのも無理はない。サクラもお腹が空いてくると授業に集中できないのでよくわかる。


 ようやく六合目くらいまで登っただろうか。この調子であれば頂上へ辿りつくことができるだろう。問題は個人課題の山菜だ。

 ここまでで既にメンバーのうち四人の山菜を見つけた。残るはコデマリの赤ミズと取り巻きのカタクリだが、赤ミズは日陰のしめった場所に自生しているのに対して、カタクリは日当たりの良い開けた場所に生えていることが多い。条件に当てはまる場所を見つけたら足を止めて探す時間を設けた方が良さそうだ。


 しかしそんな話を出したら出したで取り巻きに突っかかられそうだなと、半ばあきらめた気持ちになったところで、チドリが少し離れた場所を指差した。


「ねえ、あれってカタクリの花じゃないかしら」

「あ、ほんとだ」


 山道から少し奥まった場所に、小さな紫色の花が木の根元に群生しているのが見えた。

 近づいて確認すると間違いなくカタクリだった。見つけてくれたチドリに感謝である。


「あの熱心な取りま……じゃなくて、いつもコデマリさんの隣にいる人に教えてあげないと」

「イヌマキさんね」

「そう、そんな名前だった」


 偶然にも取り巻きとよく似た名前である。


「あなた、取り巻きって言おうとしたわね」

「え、そんなことないヨー」


 うっかり心の中の呼び名を出してしまうと、チドリはそっぽを向いて肩を震わせた。


「笑ってる?」

「だってあなた、そのままのあだ名を付けるんだもの」


 ということは、チドリもそう思っているのだろう。


「でも本人は腹心の部下を気どってるんだから、ばれたら面倒くさいことになるわよ」

「はい、気をつけまーす。イヌマキさーん、カタクリあったって!」


 既に先を歩いていたイヌマキが結構な勢いで走ってきた。

 持っていた冊子とカタクリを見比べて、サクラの方を振り返った。


「あったって何よ、あなたが見つけたんじゃないの?」

「違うよ。チドリさんが見つけてくれたの」

「ふーん、教えてくれてありがとう」


 どこかツンとした表情で礼を言うと、イヌマキはさっそくカタクリを摘もうとしゃがんだ。


「花の部分だけでいいって書いてあったよ」

「いちいち言わなくとも分かってるわよ」


 イヌマキは丁寧な手つきで花を摘み、コデマリの元へとまた走って戻った。


「これで後はコデマリさんの赤ミズだけだね」

「やっぱり時期的に難しいの?」

「そうだね。湿った崖か、水辺を探してみた方がいいんだけど」


 整地された道を歩いているわけではないので、木や草の陰になっている場所が多く、実は見落としているということもあるかもしれない。


「教えてあげた方がいいんじゃない?」

「コデマリさんはともかく、腹心がうるさそうでね」

「ちょっと、その呼び方もまずいよ」


 チドリがまた肩を震わせている。本来はよく笑う子なのかもしれない。


「近くに川があるといいんだけどな」

「そういえばここまで見なかったわね」


 たまたまそういうルートだっただけなのかもしれないが、この先に川があることを願うばかりである。


「でもまあ下から見た感じ、頂上に雪が残ってたし、川がないってことはないんじゃないの」

「うん、そうだね」


 きっと雪解け水が流れ出しているはずだ。


「でも雪かあ。今はまだ動いてるからいいけど、頂上に着いたら寒そうだなあ」


 ローブを羽織っているとはいえ、寒空の下の食事となりそうだ。

 昼食は薬草を入れるための麻袋と水筒と一緒に、出がけに配られている。大きなおにぎりが二つ、具は頂上についてからのお楽しみらしい。


「ここまで登るのに結構汗をかいてるから、長い休憩なんてとったら体が一気に冷えそうね」


 わだかまりは薄まったらしく、チドリは普通に話をしてくれる。黙々と歩くよりは気が紛れるだろうし、サクラも友達が増えるのは大歓迎だ。


「赤ミズついては、次の休憩の時にでもコデマリさんに話してみるよ」


 チドリが頷いてくれた。しかし、なぜかもじもじしている。


「もしかしてトイレに行きたいの?」

「違うわよ」


 キッと睨まれた。


「あのさ」

「うん」

「これ、すごく楽になった。ありがとう」


 そう言って杖代わりにしている木の棒を持ち上げた。


「さっきも聞いたよ」

「使ってみた感想よ」


 ぷいとそっぽを向かれた。どうやら照れくさいらしい。同い年なのに、なんだかチドリが可愛く見えた。




 三回目の休憩で、コデマリにここから先は水辺があったら探してみた方がいいかもしれないと話すと、案の定取り巻きがもっと早く言えと騒いだ。

 最初に言ったら言ったで、余計なお世話だと騒がれたと思うので、サクラはもう聞き流すことにした。


「教えてくれてありがとう、ツキユキさん」

「見つかるといいね」

「ええ、見つけてみせるわ」

「コデマリ様なら見つかります!」


 さすが取り巻き、よいしょも忘れないな。なんてことは口に出していないのに、なぜかチドリがまた笑いを堪えていた。顔に出ていただろうか。


 そしてまた山道を登り始めると開けた草原が現れた。土は柔らかく湿っていて、近くには緩やかな川もある。


「コデマリ様、ここならもしかしてあるかもしれませんね」

「そうね。少しだけ探す時間をもらってもいいかしら」


 コデマリと取り巻きがさっそく探索し始めたので、サクラ達も自分の麻袋を半分まで埋めるべく山菜を探すことにした。

 あまり下の方で山菜を大量に摘んでしまうと、その後、重さに耐えて山道を登らなければならなくなるので、ここまでは課題の山菜だけを探しながら登ってきた。


「あれ、アスマくんまだ採るの?」


 既にアスマの麻袋は半分が埋まっているように見受けられる。


「六人が揃っていないと到着とは認められないと言われたからな。まったく気乗りはしないが赤ミズを探すしかないだろう」


 アスマは口が悪いし、悪ぶっているが、なんだかんだで優しいところがある。


「何をにやにやしている」


 サクラが顔に出やすいのか、アスマの勘が鋭いのか、じろりと睨まれてしまった。


「ここで見つけられるといいね、コデマリさん」

「迷惑な足止めはこれっきりにしてもらいたいものだな。まったく、引きの悪い女だ」


 アスマの口の悪さはいつものことだが、コデマリに対してはそれ以上に険を感じる。


「アスマくん、コデマリさんと仲が悪いの?」

「悪いという程、付き合いもない。ただ互いにいけ好かないと思っているだけだ」

「えーっと、アスマくんが一方的に嫌ったり突っかかってるわけじゃなくて?」

「お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ。俺は絡まれている側だ」


 その言い方ではコデマリが悪いようだが、アスマの中ではその解釈なのだろう。


「まあ人間、相性があるからね」


 アスマが訝しげに睨んできた。


「お前にも相性の悪い人間がいるのか」

「そりゃいるよ」

「誰とでも適当に合わせそうだがな」

「それは褒められてるの?」

「何故、俺がお前を褒めなければならないんだ。八方美人だと言っただけだ」


 別に褒められたかったわけではないが、いちいち貶さなくてもいいと思う。そしてこんな面倒な友人とずっと付き合っている、ウキの対人スキルの高さこそ尊敬に値する。


「あの独房女にしても、お前が面倒を見てやる必要なんてないだろう。わざわざ自分に嫌がらせをしてきた相手に構うなんて、よほどの馬鹿か、意地の悪い仕返しでも企んでいるかだな」

「仕返しなんて考えてないよ。先生にも怒られて反省もしたんだから、それでもういいじゃない」

「ふんっ、おめでたい偽善者め」


 まったく、自分が意地悪をされたわけでもないのにと思い、ふとサクラは気づいた。


「もしかしてアスマくん、私のために怒ってるの?」

「はあ? なんで俺がお前なんかのために怒らなくちゃならないんだ。ただお前の能天気な顔を見ていると、腹が立ってくるだけだ」


 そっぽを向いたアスマに、もしこの推測が当たっていたとしても、絶対に認めないんだろうなとつい大きく息を吐いてしまった。


「おい、なんだそのため息は」

「そんなことよりほら、フキノトウだよ。でも花が開いちゃってるなあ」

「適当に話題を変えようとするな!」


 そこでふとアスマが周りを確認し顔をしかめた。


「あいつらがいないぞ」


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