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202. 微妙な関係の二人連れ

 帰省して間もなく、ウキはアスマの転校という衝撃の噂を耳にした。だがその話が本当であれば、家からの手紙を受け取ったアスマのおかしな態度も頷ける。

 もちろんウキは真偽を確かめるためにすぐさまアスマの家を訪問したが、その顔を見ることすら叶わなかった。体調が悪いという理由だったがどこまで本当なのか、あの家の使用人はアスマの両親の支配下にある。

 それならば見舞いという口実で日を改めてみたものの、やっぱりアスマには会わせてもらえなかった。なんなら玄関でアスマの部屋に届くほど大声で問答をしてみたが、アスマが出て来ることはなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、アスマの兄のクラマが顔を見せた。相変わらずの柔和な笑みを浮かべて。


「せっかく来てくれたのにごめんね」


 クラマは理由に触れることなく謝り、さらなる衝撃をウキに与えた。


「三学期からは僕もオリベの養成学校へ通うことになったんだ。きっと校内で会うことになるだろうから、よろしくね」

「それは転校するということですか?」

「いや、交換留学だよ。オリベからも魔導士科と騎士科から、二人ずつハナロクショウへ出すはずだけど」


 それが本当なら噂になってもよさそうなものだが、少なくともウキは寝耳に水の話だった。


「それは二年生の中からということでしょうか?」

「そう聞いているよ」

「期間はどれくらいなんですか?」

「三学期いっぱいという話だね」


 三学期だけであれば三か月弱、そう長い期間でもない。


「もし生徒が希望すれば、そのまま転校することも可能らしいけどね」

「クラマさんはどうするつもりなんですか?」

「それはオリベに行ってみないことには、なんとも言えないかな」

「それもそうですね。それじゃあ三学期からは同じ学校ということで、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 アスマについて深く追求したところで、クラマはきっと真実を教えてはくれない。教えるつもりがあるのならば最初から説明しているだろうし、その代わりに転校の話題を出してきたのであれば、この辺りが引き際だ。

 ウキは丁寧に辞去の挨拶を述べて、ノウゼン家を後にした。




 センザイは広く、ウキとアスマの家は近いとは言い難い。ガタゴトと馬車に揺られながら、ウキは次の手を考え始めた。


 アスマは既にクラマがオリベに通うことを知っているだろうが、いくらなんでもそれが嫌で部屋に閉じこもっているわけではないはずだ。ということはやはりアスマの両親がなんらかの理由で、アスマを表に出さないと考える方が自然である。

 アスマは寮の自室に荷物を置いたままで、つまり転校について親を説得するつもりでいたことは間違いない。そしてそれは失敗に終わった。

 これは監禁、いや軟禁か。アスマの意志に反して閉じ込めていたとしても、相手が親であれば犯罪として立証するのは難しい。ではウキが今できることはなんだろうか。




 家に帰ったウキはすぐさまサロンへ向かった。父親は仕事で朝から出かけているが、そこでは母親と妹が刺繍をしていた。


「あら、おかえりなさい。アスマくんはどうだったの?」

「会えなかった。母さま、僕ちょっと出かけてくるね」

「出かけてくるもなにも帰って来たばかりじゃないの。まったく、少しはじっとしていられないのかしら」


 呆れたように母親が視線を刺繍に戻した。


「もしかしたら戻るのは明日か明後日になるかもしれないけど、心配しなくていいよ」

「明日ってあなた、どこへ行くつもりなの?」

「リッケヌ。ちょっと会いたい人がいるんだ」


 それまでたいして興味もなさそうにしていた妹達が突然騒ぎ出した。


「会いたい人? お兄様もしかして恋人ができたんじゃ!」

「ええっ、どんな人?」

「会いたい会いたい」

「私も一緒に行くー」


 かしましい妹達の誤解を解く時間も惜しく、ウキは出かけるための用意を始めた。

 隣町のリッケヌにはアスマの祖父が住んでいる。アスマが唯一信頼している家族で、アスマの現状を説明したら、もしかして力を貸してくれるかもしれない人物だ。

 ウキ個人にアスマの転校を止める力はない。だったら止められそうな人に頼ればいいのである。それがウキの出した答えだった。




 リッケヌとセンザイは街道で繋がっており、運河を使うよりも単騎で駆けた方が早く着く。途中で休憩をとっても半日までかからないはずだ。

 荷物を背負って厩舎へ行くと、厩番が掃き掃除をしているところだった。


「おや、ぼっちゃん。またお出かけですか?」

「うん、セイを二、三日借りるね」


 セイは鹿毛の雄で、ヘリコニア家の馬では一番大きく力が強い。一番足の速い子は父親が乗って行ってしまったが、温厚な性格のセイはウキの拙い扶助にも従ってくれる。


「お気をつけていってらっしゃいませ」

「行って来ます!」


 センザイはオリベと違い、雪が降らない日の方が多い。ウキが帰省した日からずっと晴れていたのに、今日に限って朝から曇り空で、とうとう雪が降りだしてきた。

 革の手袋やマントを装備しているし、オリベに比べればマシなのだろうが、むき出しの顔は風にさらされすぐに冷たくなった。




 街道には馬を休ませるための水飲み広場が設けられている。ウキも適度にセイを休ませながら進んでいたが、とある広場でおかしな話を耳にした。


「さっきの軍人さん達はなんだったんだろうかね」

「あんなにたくさんの馬なんて初めて見たよ」


 軍人ということは防衛軍がこの街道を通ったのだろう。それも一人や二人ではなく大勢が。

 これまであまり気にしたこともなかったが、防衛軍が出動するということは、災害の救助だったり、誰かを捕まえに行くところだったりと、危険な問題が起きている可能性が高い。

 なにがあったのか気にはなるが、まさかその後を追うわけにもいかず、ウキは頭を切り替えてセイに話しかけた。


「そろそろ行こうか」

「うん、そうだね」


 どこからともなく返事が聞こえた。馬のセイがしゃべるはずはないので、タイミングよく周りの会話が合ったのかと思ったら、セイの影から人が顔を覗かせた。


「やあ、ウキくん」

「うわっ、え、マルコさん?」


 一体いつから潜んでいたのか、そこにはコゴロウマルの兄マルコが立っていた。ニクマルやコゴロウマルよりも小柄で、一見して年齢不詳な人物である。


「この子おとなしいねえ、僕のこと全然怖がってないし」


 帰省の船が一緒だったので知らない仲ではないが、担任教師の従兄という関係はちょっと微妙な距離感がある。


「マルコさんはどうしてこんなところにいるんですか?」

「家に帰る途中なんだけど、君は?」

「僕はリッケヌに用事があって向かっている途中で」

「いいね!」


 マルコは満面の笑みで親指を立ててきた。


「僕もリッケヌの家に帰るところなんだ。ついでに乗せて行ってくれない?」


 突然の申し出にウキは頭の中でこれからの行動を計算した。

 リッケヌに行くのは初めてのことで、アスマからアスマの祖父が住んでいる場所について話を聞いたことはあるが、その情報だけで探し出すのは難しいだろう。リッケヌに住んでいる者を頼ることができるのであれば力強い。

 マルコは大人にしては小柄だし、ウキはそれよりもさらに小さい。ここから二人を乗せたとしても、セイの負担もそこまで大きくはないはずだ。


「僕、リッケヌで人探しをする予定なんです。乗せる代わりに手伝ってもらえませんか?」

「いいよ」


 ウキの提示した交換条件に、マルコはたいして考える様子もなく頷いた。


「苗字しかわからないし、結構大変だと思いますよ?」

「町役場で聞けばある程度は絞れるでしょ。なんならニクマルとコゴロウマルにも探させるし」

「ありがとうございます」


 この際、教師二人の人権など考慮している場合ではない。それにニクマルならば理由を話せば、マルコに言われるまでもなくアスマを放っておかないだろう。

 二人の利害はまさに一致した。




 マルコの扶助は、ウキのそれとは比べものにならないほどに上手く安定していて、大変勉強になった。

 たわいもない会話をしながらの道のりだったので、歩いて家に帰るのが面倒だったのだろうと勝手に考えていたが、いざ到着した先の光景にウキは絶句した。


 馬車がすれ違える程度の道からさらに小道へ入ると、すぐに赤い屋根の家が見えてきたが、問題はその手前の開けた場所に、人が大勢倒れていたことだ。


「なんだ、もう戻って来たのか」


 倒れた者達の真ん中に一人の男が佇んでいて、マルコとウキに視線を向けてきた。

 マルコは動じることなく、セイから降りた。


「ずいぶん人の家で好き勝手してくれたようだね」

「文句なら軍規を乱したお前の弟たちに言うんだな」


 倒れている者達の中にニクマルとコゴロウマルの姿を見つけて、ウキもセイから降りると、その手綱を手早く近くの木に繋いだ。他にも倒れている男達が乗ってきたであろう馬が繋がれていて、何頭かは興奮気味だ。


「っていうか君以外、みんな倒されてるじゃない。見覚えのある顔が混じってるけど、たった二人を相手に情けないものだね。もっとマシな部下を与えてもらえなかったの? ああ、無能にいくら立派な兵を与えたところで、どうせ使い潰すだけなんだから勿体ないか。節約思考、結構結構」


 相手を挑発するマルコを尻目に、ウキはニクマルとコゴロウマルの元へと駆けた。


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