020. 言いたかった言葉
自分がチームの足を引っ張っている自覚が、チドリにはあった。この休憩だってチドリのために取ってくれたものだろう。現にアスマやサクラはまだ体力に余裕があるし、他の三人も楽ではなさそうだが無理をしている様子でもない。
チドリは入学するまで自分は優秀だと思っていた。なのに、あの独房に入れられた一件以来、むしろ不出来さを感じるようになっていた。
独房では酷い罰を与えられたわけではなかった。ただ一晩反省するようにと閉じ込められ、次の日に食堂の厨房で準備を手伝わされただけだ。教師の説明によればもっと辛い罰を与えられることもあるらしいが、今回はそこまでではないと判断されたらしい。
しかし独房から出た後は寮で同室の女子とも気まずくなり、前日までは普通に話していたクラスメイト達に遠巻きにされ、当然その中心にいるコデマリに近づくのも怖くなった。
毎日を一人で過ごしていた。それでも養成学校を辞めるという選択肢はチドリにはない。
オリベ養成学校の入学試験は他の学校に比べて合格判定が厳しい。身体検査、運動能力、筆記試験に加えて魔力量が関係してくるからだ。加えて入学希望者は多く、入りたいと願ったからといって簡単に叶うわけではないのだ。
チドリはアスマやコデマリと同じく中央のセンザイ出身だが、裕福な家の出というわけでもなく、ごくごく一般的な家庭で育った。
オリベ養成学校への入学が決まったとき、両親は誇らしそうに褒めてくれて、周りからも羨ましがられた。自慢もした。それなのにわずかひと月で戻れば両親を落胆させてしまうし、半端者として恥をかくだけだ。
三年間我慢をすればいい、卒業さえしてしまえばと毎日自分に言い聞かせてきた。しかしたったの数日で、話し相手すらいない日々に嫌気がさした。寂しかったし悔しかった。ほんの少し、サクラを困らせてやろうと思っただけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
挙句の果てには、その原因となったサクラと同じチームで野外活動に臨むことになり、放っておいてくれればいいのに自分を気遣って話しかけてくる。
しかし一人で黙々と登るよりも、誰かと話していた方が早く時間が過ぎるように感じて、体が慣れてきたこともあるかもしれないが、最初の一時間よりも楽になった気がする。
「おい、どこに行くつもりだ」
やはりサクラはまだ体力に余裕があるらしく、休憩中だというのに近くをうろついて何かを拾った。それは折れた木の棒のように見える。
「なんだ、それは」
アスマが不可解そうに問いかけた。
アスマ・ノウゼン。彼の両親は護民官の中でも要職に就いているらしく、この学校内でも周りから一目置かれている。但し人の好き嫌いが激しく、特に女子はまったく寄せ付けないのだと、同じく中央からやって来た女子が話しているのを聞いて知った。
そんなアスマが、サクラとだけは普通に話した。あまつさえ食堂で一緒に食事までしていた。他の者が声をかけても邪魔にされるか無視をされるだけなのに、何故こんな田舎女にと悔し気に漏らす者もいた。
だからあの足掛けが成功したら、周りの女子達がみんな笑って、サクラはますます疎外される。そのはずだったのに、結果はまったくの逆だった。
「杖にちょうど良さそうな木でしょ」
「杖?」
サクラは二本の棒を、チドリに差し出してきた。
「これを使って歩いた方が楽かも」
呆然とサクラを見ていると、聞いてもいないのに、それを杖代わりにして歩くという見本まで見せてくれた。何なの、この子。馬鹿なんじゃないの。
「はい、どうぞ」
「いらない」
どうして自分だけがそんな物を使って歩かなくてはならないのか。ただの辱めではないか。
「でも頂上まではまだ距離があるから、このまま歩き続けると途中できつくなると思うよ」
「いらない」
やっぱり話しかけられても無視をすればよかった。
「私がいた村の村長もね、これを使って健康のために山歩きしてたの。あるとないとじゃ全然違うんだって」
「いらないってば!」
苛立ちに任せて、差し出された木の棒を力いっぱい振り払った。木は地面に落ちて転がった。
「もう放っておいてよ! あんたに構われるとみじめなだけなのよ!」
八つ当たりだってわかっている。でも止まらなかった。みんなが普通に歩く中、一人だけそんな物を使って歩けなんて、足手まといだから置いて行くと言われた方がまだマシだ。
静まり返ってしまった空気の中、最初に言葉を発したのはコデマリだった。
「あなた、最低ね」
自分のしたことを棚に上げて、言葉が胸に突き刺さる。そうだ、最低だ。人を笑い者にしようとして、逆に自分が笑い者になった。自分の行動がすべて返ってきた。
「あー、ごめんね」
極めつけにサクラに謝られた。どうしてここで謝れるのか。馬鹿じゃないのか。そう思ってしまうのは、一番の馬鹿は自分だとわかっているからだ。泣きたくなんてないのに涙が出そうになる。
「八十歳のおじいちゃんと一緒にされたら嫌だよね」
しかし重い空気の中、サクラの続けた言葉に一瞬頭が真っ白になった。八十歳のおじいちゃんって誰だ。
「でも八十歳とは思えないくらい元気なおじいちゃんなんだよ、村長」
チドリはやっぱりサクラが何を言っているのかわからない。
「その子が怒ったのはそこじゃないと思うけど」
「え、違うの?」
おもわずと言った感じでコデマリの取り巻きが突っ込むと、サクラが首を傾げた。
「じゃあ木が気にいらなかった? もっと長い方が良かったかな」
へらへらと笑うサクラを見ていると、だんだんと頭が冷えてきて、怒りを露わにしてしまった羞恥に襲われる。でも今さら謝れない。そもそもどこから謝ればいいというのか。
「ねえ、この木の棒、いらないなら僕が使ってもいいかな」
そこへさらに暢気な声が加わった。先程までまったく存在感のなかった男子、カライト・カンパニュラである。
「これ使うと、すごく楽でいいね」
チドリが振り払った杖を嬉しそうに拾って地面についてみている。気を遣ってやっているようには見えない。あれは本気で杖として使うつもりだ。どうやら場の空気を読めない男らしい。
皆がポカンとしている。チドリの涙も引っ込み、ふと我に返った。
ここでリタイアなんてできるわけがない。自分はこの学校を卒業して胸を張って実家に戻るのだ。だったら何をすべきか、自分がすべきことは何か。考えなくても答えなんてわかりきっている。それはこの野外活動を無事に終えることだ。
不思議なことに先程よりも楽に立ち上がれた。そのままカライトのところまで行き、杖を取り返す。
「使うわよ、使えばいいんでしょう」
「え、僕が使おうと思ったのに」
「あんたは自分で拾えばいいじゃない」
チドリが睨みつけると慌てたようにカライトは離れた。その足でサクラのところまで戻り、大きく息をすって弾みをつける。
「ありがとう」
サクラは驚いた顔をしている。でもまだ足りない。ここで言わなかったらずっと言えないままだ。奥歯を噛みしめてサクラを真っすぐに見据えた。
「それから、食堂ではごめんなさい」
本当は、心のどこかで謝ってやり直したいと思っていた。でもサクラはまったくあのときのことなんて気にしていなくて、毎日楽しそうに同室の友人やアスマ達と過ごしていた。それが羨ましくて、妬ましくて、誰も自分を気にかけていないと認めたくなくて、どんどん意地になっていた。その意地だって、いったい何に対して張っていたのか。
「怒ってないから大丈夫だよ」
なんでもないことのようにサクラは笑顔を返してくれた。
チドリはまた泣きそうになったが、ぐっと歯を食いしばった。




