002. 同室の友人
寮は六つの棟に別れていて、こちらも見上げるほどに高い。サクラの育ったヘキ村では、高くても二階建ての建物しかなかったため、おもわず窓の数を上に向かって数えてみた。四つもある。
さらに近づいていくと、寮のすぐ手前に用箋板を持った女性が一人立っていた。
「新入生ね。科と名前、それに出身地を教えてくれるかしら」
プラチナブロンドを肩で切りそろえた美人におもわず見とれてしまう。
「どうしたの?」
「は、はい。魔導士科、サクラ・ツキユキ、ヘキ村です」
「ツキユキさん、あなたの部屋は満月寄宿舎の二一〇号室よ」
「満月寄宿舎? さっき受付では寮って言われたんですけど」
「正式な名称は寄宿舎というの。建物それぞれに呼び名がついているけど、長くて面倒だから数字で呼ばれることの方が多いわね。満月寄宿舎は、通称第六寮ね」
月の名前がついているなんて洒落ている。サクラは断然満月寄宿舎派である。
「相部屋のペンタスさんはもう先に部屋に入っているわ」
「相部屋?」
「一つの部屋を二人で使うことになっていて、あなたと同室になったのは、ホズミ・ペンタスさんという女の子よ」
二人部屋か。どんな子だろうか。可愛い子だろうか。仲良くなれるだろうか。
受け付けの女性に礼を述べて、サクラは足取り軽く満月寄宿舎へと向かった。
寮の入り口には分かりやすく、”六・満月寄宿舎” と書かれた石板がかけられていて、その中は人で溢れていた。入寮したばかりの子たちが、早くも友達を作って見学して回っているようだ。女の子ばかりなので、女子専用の寄宿舎なのだろう。
階段も廊下も数人がすれ違えるほどに広く、単純に生徒数を寮の数で割ると、ここには百二十人が入っていることになる。
目当ての部屋の扉には二一〇と書かれた札がかけられていた。中からなんの音も聞こえて来ないので、ペンタスさんとやらは、外に出ているか休んでいるのかもしれない。
「あ、もしかしてツキユキさん?」
ノックをしようとしたところで突然名前を呼ばれた。振り返ると、ブラウンヘアを二つの三つ編みに編んだ女の子が立っていた。
「はい。えっと、ペンタスさんですか?」
「うん、これから三年間よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
人懐っこい笑顔に挨拶を返すと笑われてしまった。
「同じ一年生なんだから敬語じゃなくていいよ」
どうやら気さくな子らしい。少しホッとした。
「中に入ろっか」
部屋は思ったよりも広く、二段ベッドと二つの机、それに本棚が置いてあった。
「あらためてよろしくね。ホズミ・ペンタスよ」
「私はサクラ・ツキユキ」
「きれいな名前ね。ほら、ここから見えるのよ」
「え?」
ホズミに促されて窓の外を見ると、少し離れてはいるが桜の木が見えた。
「わー、まだ咲き始めだ」
「やっぱりオリベは最北の街なだけあって、春が遅いみたいね」
オリベとはこの街の名前である。コンバル国最北に位置し、防衛軍が養成学校を置いている土地だ。
サクラの住んでいたヘキ村も北部ではあるが、向こうは数日前に桜が満開を迎えていたので、ここよりは暖かいのかもしれない。
「部屋からお花見ができるね」
サクラは自分と同じ名前のこの花が好きだ。嬉しくてつい笑いかけると、ホズミも頷いて笑顔を返してくれた。
「ね、二段ベッドは上と下、どっちがいい?」
「え、うーん、どっちかっていうと上かな。ペンタスさんは?」
「私は下がいいなって思ってたの。良かった」
なるほど。同室だから、いろいろ決めておくことがあるらしい。
「それから名前なんだけど、サクラって呼んでいいかな。私もホズミでいいし」
「うん、そうしよ」
「サクラの髪、珍しい色よね。うっすらピンクががってて名前に合ってる」
「えへへ、ありがとう」
ピンクゴールドの髪は村でも珍しく、自分でも気に入っていた。
ひとまず同室の女の子とは仲良くできそうで、サクラはあらためて胸を撫で下ろしたのだった。
ホズミは午前中のうちに学校へ到着していたらしく、既に確認し終えた寮の中を案内してくれた。
「食事は校舎の中で取るんだって。すごく広い食堂があるらしいよ」
「生徒だけで七百二十人もいるんだもんね」
「食事の時間は決まっていて、朝も昼も夜も一時間半くらい設けられてるんだって」
「へえ、ずいぶん長いね」
「時間内であれば、好きなタイミングで食べていいみたい」
「ホズミはどこでそんな話を聞いたの?」
同じ新入生なのにと首を傾げてしまう。
「入寮の手続きをしたときにもらった注意事項に書いてあったよ」
そういえばまだ確認していなかった。手続きの際に念を押されたし、部屋に戻ったらすぐに読んでおいた方が良さそうだ。
歩きながら話しているうちに、二人は同じ魔導士科だということが分かった。
このオリベ養成学校には、魔導士科と騎士科の二つの学科があり、全体的に男子の方が多いらしい。
「お風呂もすごく広いの」
ホズミの言った通り、まだお湯は張られていないが、案内された先の湯船は池のように広かった。
「一度に何人入れるんだろうね」
「まったく想像つかないや」
寮の中を見て回り、少ない荷物を片付けているうちに、あっという間に夕食の時間になった。人の流れに合わせて、校舎の中にあるという食堂へ向かうと、とてもいい匂いがしてきてお腹が鳴った。
驚いたことに食事は二種類から選ぶ方式らしく、今日はサバのトマト煮と唐揚げだ。メインディッシュ以外の小鉢は共通のおかずになっていて、主食もパンと白米を選べるらしい。
「美味しい!」
二人とも唐揚げと白米を選んだが正解だった。まだ熱い鶏肉は噛むとじゅわりと肉汁が出てきて、塩加減もちょうど良い。
「やっぱり白いお米が一番美味しいなあ」
「いつもはパンだったの? もしかしてサクラって南部出身?」
「ううん、北部のヘキ村だよ」
このコンバル国の主食は米とパンだ。北部は米、南部は小麦の栽培が盛んなため、食事事情も農業に見合ったものになる。しかしこの学校では全国各地から生徒を集めるため、主食は両方を出して選ばせているのだろう。
「私、孤児院出身なんだけど、玄米ときどき白米って感じの食事だったから」
「そうなんだ」
ホズミが驚きに目を見開いた。
サクラは生まれてすぐに孤児院の前に置かれていたため、親の顔も声も分からない。けれども孤児院では生活に困らないよう読み書きを教えてくれたし、自分なりに勉強をして、こうして国が運営する養成学校へも入ることができた。卑屈になる理由は何もない。
隠すことでもないのでさっさと話してしまったが、もし孤児だからと距離を置かれたらという心配がないわけではない。しかし、その時はその時だ。このことで離れるようなら、中途半端に仲良くなってからよりも、早い方が傷は浅くて済む。
「うちも主食は米だったよ」
しかしサクラの心配とは裏腹に、ホズミは気にした様子もなく会話を続けてくれた。
「ホズミはどこから来たの?」
「私も北部だよ。ウラハって町なんだけど、家は糸屋をしてるの」
「わー、じゃあお嬢様だ」
「そんなに大きな商家じゃないよ」
ホズミが苦笑いで答える。
「家族だけでやってる小さい店で、長女だからって我慢ばっかりさせられるし、兄弟が多くて食事どきはうるさいし」
「食事はうちも毎日が競争みたいなものだったよ。隙を見せると取られるから」
そこから互いの家や孤児院の話をして、あっという間に食事の時間は終わった。
食べ終えたら自分で食器を下げることになっている。空になった皿を乗せたトレイを持って返却口に向かうと、ちょうど白衣にエプロンをつけた女の人が片付けをしてくれていた。
「ごちそうさまです。とっても美味しかったです」
この食堂の従業員だろう。挨拶をすると女性はにっこり笑った。
「残さず食べたみたいね」
「はい。お腹いっぱいです」
「この食堂は食べ残し禁止だから気をつけてね」
「え!」
声を上げたのはホズミである。
「嫌いなものが出たときもですか?」
「そのときは私が食べてあげるよ」
好き嫌いのないサクラが言うと、女性が「残念」と声を上げた。
「他の人に食べてもらうのも禁止なの」
「どうしてですか?」
「ここは軍隊の養成学校だからね。いざというときは好き嫌いなんてしている場合じゃないでしょ。アレルギーじゃないかぎり、なんでも食べなさいというのが、この学校の理念なんだよ」
「なるほど」
サクラは納得したが、ホズミは沈んだ顔になった。
「まあメインのおかずは選べるんだから、がんばりなさい。食わず嫌いってこともあるしね」
「はい、教えてくださってありがとうございます。ごちそうさまでした、美味しかったです」
律儀に礼を述べるホズミは、きっと真面目な性格なのだろう。女性は優しい笑みを浮かべて頷いた。
校舎から外へ出ると、既に日が沈んでいて風が冷たかった。
「ひゃあ、寒いねー」
「うん、早く部屋に戻ろう」
まだ就寝時間には早いが、早めにお風呂へ向かうとほとんど人がおらず、ホズミとのびのび湯につかることができた。
サクラはここで初めて水道の存在を知って驚いた。井戸から水を汲むという重労働をしなくとも、蛇口というものを少しひねると水が出るなんて、なんと素晴らしい道具なのだろうか。オリベでは大きな施設や裕福な家にだけ通っているらしいが、いつかはヘキ村にもできてほしい。水汲みは女の人や子どもの仕事なので、その手間が無くなればみんなすごく喜ぶだろう。
お風呂から上がった後はベッドに横になりながら話し、旅の疲れが出たのか、いつの間にか二人とも眠ってしまっていた。