019. 前途不安
まず養成学校を出て目的地に着くまで一時間もかかった。どうりで早起きをさせられたわけだ。
出発地点の森は広場のようになっていて、その奥には山がそびえ立っている。遠くから見るとそこまで大きくは見えなかったが、間近に立つと頂上が遠く感じられる。
出発前にあらためて今回の野外活動の説明をされた。
まず一クラスを六人ずつの五チームに分ける。このチームごとに山を登って下るのだが、この山には複数の山道があり、チームによって通る道を変えるようだ。生徒はそれぞれ麻袋を渡され、登頂までに袋半分ほどの山菜と、各自に割り当てられた課題の山菜を採らねばならない。頂上に着いたら昼食を食べて、通ってきた道とは違う山道を下り、今度は袋いっぱいになるまで山菜を採る。
常にチームで行動しなければならず、登頂がビリになったチームには、罰として労働が課せられるのだが、サクラの目下の問題はこのチーム分けだ。
「なんで、こんな女ばかりのチームなんだよ」
アスマはとても不満そうだ。
「決まったものは仕方がないでしょう」
答えたのはコデマリである。大人しそうなイメージのあるコデマリだが、意外にはっきり物を言う。アスマに言い返せるくらいだから、実は気が強いのかもしれない。
実習を一緒に行うメンバーは、アスマ、コデマリ、コデマリの取り巻き、食堂でサクラに足を掛けようとした女子、そしてちょっとおどおどした男子の五名である。
クラスに女子は八人しかいないというのに、男子が二人、女子が四人の比率はたしかにおかしい。ホズミのチームは女子はホズミだけだし、ウキのところも女子は一人だ。アスマの疑問ももっともである。
「ひとまず割り当てられた課題の山菜を確認するぞ」
課題の山菜は六人それぞれ違うらしく、全員が自分の冊子を開き、そこに描かれている植物を見せ合った。サクラとアスマが放課後にせっせと作ったあの冊子である。
今回の野外活動についての注意点、それに採集する山菜の絵と説明、また課題となる山菜が記載されていて、今朝の出発前に全員に配られたものだ。
サクラ達のチームの個人課題は、コシアブラ、赤ミズ、カタクリ、フキノトウ、タラノメ、ヨモギ。どれも薬草学で習ったもので、サクラなどは馴染みのある食材でもある。
「この中だと、赤ミズが一番難しいかもしれないね」
「なんですって?」
おもわず呟くと、コデマリの取り巻きに睨まれた。赤ミズと書いてあるのは、コデマリの冊子である。
「おやめなさい、ミキ。ツキユキさん、難しいというのはどういうことかしら。赤ミズも春の山菜よね」
「春と言っても、赤ミズはもう少し温かくなってから採れる山菜だから」
ただでさえオリベは寒いので見つけにくい気がする。
「時期ではないということね。でもここに書いてある以上、ないわけじゃないはずよ」
「その通りです。あのような者の言葉など気にする必要はございません」
コデマリ自身はサクラに思うところはなさそうだ。しかし取り巻きは明らかにサクラを敵視している。その理由までは分からない。
「薬草学の授業で習ったもの以外は触るなよ。特にキノコ類は気をつけろ。それから指定の山道からは絶対に外れるな。山を甘く見るなよ」
ニクマルに注意を受けつつ、それぞれのチームが地図を片手に歩き出した。登山口はいくつかあり、チームごとに出発点を決められているが、その後は同じ道を辿ったりまた別れたりするらしい。
早く進めばそれだけ有利に山菜が採れるはずだ。サクラ達もすぐさま指定の山道へと踏み入った。
今日は天気もよく、山登りに適した陽気である。山道といってもそこそこ整備されていて、歩きにくいことはない。サクラは山菜採りに慣れているので、自生している場所もだいたい見当がついた。
「ヨモギ見っけ」
「え、どこどこ?」
アスマではない方の男子生徒が近づいてきた。名前をカライト・カンパニューという。最初から名前で呼ぶと驚かれると、騎士科のタケで学習したサクラは、きちんと苗字で呼んだ。
「カンパニューくんの課題はヨモギだっけ。見つかって良かったね」
「うん、あの、僕、カンパニュラです」
「ご、ごめん、まだ全員の名前を覚えられなくて」
「ううん、カンパニュラって呼びにくいから。その、もしツキユキさんが良ければ、カライトでいいよ」
「ほんと? じゃあそう呼ばせてもらうね。私のこともサクラでいいよ」
カライトははにかむように笑った。もしかしたらこのグループで唯一の癒やしかもしれないと、サクラは思わず残りのメンバーを見渡した。
「コデマリ様、ここは足元がぬかるんでおりますのでお気をつけて、あっ」
「私のことよりもあなたが気をつけなさい」
取り巻きがうっかり転びかけて、コデマリに支えられている。その後ろにはサクラに足をかけた女子がいるが、先程からまったく視線が合わない。食堂ではずいぶん強気な発言をしていたが、独房から出た後はコデマリの取り巻きに加わることもなく、教室でもいつも一人で過ごしている。
「おい、カンパニュラが摘んだのなら、さっさと進むぞ」
前を行くアスマは既に歩き出しているし、まとまりがなさすぎて不安しかない。ホズミとウキは上手くやっているだろうか。さっき別れたばかりなのにすでに二人が恋しい。
まずは指定の山菜を探しながら一時間も歩くと、さすがにみんな疲れが見えてきた。
「アスマくん、少し休憩しよう」
「まだ早い。半分も歩いていないぞ」
「でも、こまめに休みを取った方が効率的だと思うよ。これはグループ行動なんだから」
後ろに続くチームメイトを振り返ると、アスマは行儀悪く舌打ちをしたが、立ち止まってくれた。
カライトやコデマリ、取り巻きも汗をかいているが、一番辛そうなのは食堂で足を引っかけてきた女子、ミワ・チドリだ。
「チドリさん、大丈夫?」
避けられているのは分かっていたが、その様子に声を掛けずにいられなかった。
「平気」
しかし顔を背けられてしまう。
「休むなら、少し高さのある場所に座った方が立つ時に楽だよ。こことかいいかも」
「あなたが座ればいいでしょう」
一番疲れている人に休んでもらわないと休憩の意味がない。サクラは迷わずチドリの腕を取り、近くにあった岩に座らせた。その強引さに驚いた様子だったが、反抗する余力もないようだ。まだ中腹までも辿りついていないのに、この調子で大丈夫だろうか。
「歩く時は少し歩幅を狭めた方が歩きやすいかも」
「歩幅?」
サクラの方を見ないまでも、今度は話に耳を傾けてくれた。
「うん。この山、結構傾斜がきついし、その方が楽だと思う」
「そんなことしたら遅れちゃうじゃない」
「うーんとね、傾斜がきついところで大きく足を出す方が疲れるよ。昔、教えられて試してみたら、少しだけど呼吸が楽になったんだ」
その場で十分程の休憩を取り、再び歩き出した。アスマが先頭を歩いているので、サクラは最後尾に付くことにした。すぐ前をチドリが歩く。
「私に構わず先に行きなさいよ」
「これはグループ行動だよ」
「嫌なのよ、そうやって気を遣ってますみたいな態度を取られるのが」
「それはチドリさんの体力がないせいだから仕方がないね」
はっきり指摘するとムッとした表情をされたが、チドリも思うところがあるのか、それ以上は言い返してこなかった。
サクラの言葉を聞き入れてくれたようで、先程までよりもチドリの歩幅が小さくなった。しかしその視線は地面に向けられてしまっている。
「チドリさん、ほら見て見て、あそこにきれいな花が咲いてるよ」
「花?」
「たまに見かけるけど、なんていう花だったっけ?」
「ただのニリンソウじゃない」
チドリの視線が正面を向いたことで、少しだけ姿勢が良くなった。下ばかり見て歩くと体に余分な負担がかかるため、なるべく上体は起こした方が良いのだ。
「イチリンソウなら聞いたことがあるけど、ニリンソウっていう花もあるの?」
「花は似てるけど、葉の形が違うのよ」
「詳しいんだねえ」
素直に感心すると、チドリは慌てたようにそっぽを向いた。
「それくらい常識よ」
「私も食べられる野草なら詳しいんだけどね」
「ニリンソウもたしか食べられるはずだけど、似たような毒草があるから、止めておいた方がいいわよ」
「へえ、それは知らなかったなあ」
それからいくつかの山菜を採りながら、さらに歩くこと三十分。
「アスマくーん、休憩しよー」
少し開けたところに出たので、後ろから声をかけるとアスマは足を止めた。体力を消耗する前に休憩をとることが大事だとアスマも分かっているのだろう。今度は何も言わなかった。




