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182. 屋上での語らい

 サクラは階段を上がった先にある屋上の入り口で立ち尽くしていた。廊下を走ったことを教師に見つからなかったのは幸いなのか、後ろから追ってくる者はいなかった。

 声をかけられないでいるうちに、授業開始の鐘が鳴り響いた。


「ホズミ、先に教室に戻ってて。後で私も行くから」


 ホズミが追いかけてきたことに気づいていたようだが、サクラは振り向いてはくれなかった。その声は微かに揺らいでいる。

 クラスメイトの心無い言葉がサクラを傷つけた。そのことが無性に腹立たしく、そしてこんなときでも強がるサクラが痛々しかった。

 屋上へ続く扉は鍵がかかっているが、開ける方法をホズミは知っている。サクラの前に回り、扉の両側に手をかけてなるべく音を立てないように揺らすと、そのまま扉を持ち上げた。


「その方法……」


 後ろを振り返ると、サクラの目が少し赤くなっていた。


「図書委員の先輩に教えてもらったんだ。もしかしてサクラも知ってた?」

「うん、レモン先生が教えてくれて……そりゃ特別扱いされてるように見えるよね」

「あんなの、ただのやっかみでしょ。かっこ悪い」


 力なく笑うサクラの腕を引き、ホズミはそのまま屋上に出た。扉は軽く立てかけておいて、誰かに見つかったらそのときはそのときだ。どうせもう授業は始まっている。


 屋上にも雪は積もっていたが、それほどの量ではない。きっと解けては積もってを繰り返しているのだろう。大雪になったらその重みで屋根が変形しないのだろうか。いや、微妙に床が傾いている。なるほど、解けた雪が自然と流れ落ちるように、端の方に排水のための道が作られているようだ。

 出入り口から続く庇のかかった場所は雪がなく、手でささっと払ってそこに二人で腰かけた。ひんやりとした感触が制服越しに伝わってくる。


 そのまま二人で黙って屋上からの景色を眺めた。近場は木々に遮られて地形がわかりにくいが、遠くには雪に包まれたオリベの街並みや、海へと繋がる運河が見える。

 幸いにも背後の壁が風を遮ってくれるものの、だからといって寒くないわけではない。教室を出るときにローブを持ってくればよかったと後悔したところで、ふいに肩に暖かいものがかかった。サクラが自分のローブを、二人の肩を包むようにしてかけてくれたのだ。


「ありがと」

「うん」


 どれくらいそうしていたのか、サクラがぼそりと呟いた。


「総帥が私のおじさんなのは本当らしいの」


 サクラの様子からしてそれは嬉しいことではなさそうだ。


「でも私、あの人嫌いなの」


 ホズミは素直に驚いた。サクラの性格なら、家族が見つかったら喜びそうなものなのに。


「本当は誰にも言いたくなかった。あんな人と血が繋がってるなんて、認めたくなくて……」


 サクラの目に涙が浮かんできて、膝を抱えるようにして顔を突っ伏してしまった。


「わ、私のお母さんが、総帥のお姉さんで、総帥に殺されたんだって」

「え……?」

「校長先生が教えてくれて、お母さんも校長先生やフヨウさんと同じように、防衛軍に集められた子どもで、お父さんもそうで、でも二人とも死んじゃったって」


 そんな重大なことを軽々しく口にできるわけがない。だから誰にも言えずサクラは一人で悩んでいたのだ。ホズミは耐えきれずサクラの背中に腕を回して体を引き寄せた。


「二人のこと、知ってる人が少なくて、フヨウさんにも聞きたいけど、フヨウさんが怪我したのも私のせいで」


 ホズミはフヨウが仕事で出かけているとしか聞いていない。ホズミの知らないところでもまたなにかがあって、サクラはずっと耐えていたのだろうか。


「総帥が、変な装置でフヨウさんを戦えなくして……」

「サクラ、落ち着いて」


 サクラの呼吸が荒くなってきたので、サクラの背を撫でつつ抱きしめ直すと、肩に暖かいものを感じた。サクラの涙だ。


「大丈夫、フヨウさんはきっと戻ってくるよ」

「みんな、大丈夫ってしか言わないの。良くなってるって、でも会えないって、なんで?」


 触れている部分からサクラの痛みが伝わってくるようで、でもホズミはなにも言えなかった。ただサクラが落ち着くまでその背を撫でるしかできない。

 しばらくそうしていると、サクラがぐすぐすと鼻をすすった。


「ニノマエ先輩が、私をオリベから、連れ出そうとしたのも、直接命令は、してないけど、総帥のために家に言われたからで」


 途切れ途切れに話すサクラの言葉にようやくあの日の出来事に納得がいった。

 ホズミはニノマエがなぜサクラを騙すようにして連れ出そうとしたのか不思議だった。総帥が関係しているかもしれないということだけは教えてもらったが、その理由までは聞いておらず、つまりは姪を呼び寄せようとしただけなのかと愕然とした。

 呼び寄せたいのであればなにも正面からサクラに連絡を取ればよかったのだ。そうすればニノマエだって、あんなことにはならなかった。

 ニノマエはいまだに意識が戻っておらず、あれはホズミにとっても衝撃的な出来事だった。


「私がいるだけで、誰かが傷つくの」


 かける言葉が出て来ない。サクラのせいじゃない。悪いのは総帥やその周りの大人たちだ。だけど、そんな言葉だけじゃサクラの傷は癒やせない。

 ホズミはたくさん本を読んで、いろんなことを知っているとサクラはよく褒めてくれるが、どんなに知識があろうとこんなときにかける言葉が出てこないなんて、こんなに無力なことはなかった。


「サクラ、自分を責めないで。サクラも巻き込まれた側なんだよ」


 ホズミの声までもが震えた。


「サクラが誰かを傷つけたわけじゃない。サクラは傷つけられた方でしょ、サクラは悪くない、悪くないよ」


 ありきたりの言葉しか言えないことが情けない。だがサクラが自分を責めるのは絶対に違う。

 それから小さな子どものように二人で泣いた。


 サクラはまだ気持ちの整理ができていないようで、だからこそクラスメイトの言葉に心が揺らいだのだろう。本当ならサクラの話を聞いて、心のもやもやを解きほぐしてやるべきなのに、なぜかホズミも涙が止まらなかった。


 そろそろ授業も三分の一を過ぎたかなという頃、最初に泣き止んだのはサクラだった。


「ありがとう、ホズミ」


 目を腫らしながらもサクラは無理やり笑顔を作った。そしてローブをホズミの肩にかけたまま立ち上がったかと思いきや、積もっている雪を手に取ってホズミに差し出してきた。


「この目じゃ教室に戻れないね」


 雪を目元に当てるサクラを見て、ホズミも受け取った雪で真似をした。


「ツクモ先生、怒ってるかな」

「冬の罰当番はなんだろうね」

「たぶん雪かきでしょ」

「秋は落ち葉掃きをしてた子たちがいたね」

「夏は草むしりだったよ。すっごく暑かった」

「ふふっ」


 アスマと喧嘩をして、独房に入れられた後に草むしりをしていたサクラを思い出して笑ってしまった。

 サクラはもう目を冷やすのを止めて、なぜか雪玉を作っている。それを二つ重ねたので、少し小さいがたぶんあれは雪だるまなのだろう。


「屋上だと顔が作れないや」

「あ、これはどう?」


 ホズミはポケットから木の枝を取り出した。


「なんでそんなもの持ってるの?」

「編み針をもう少し作っておこうと思って拾っておいたの」


 適当な長さに折って雪だるまの顔を作ってあげた。


「まだなにか編むの?」

「うん、妹達に」


 何気なく答えてから、今サクラに家族の話はしない方が良かったかもしれないと、自分の迂闊さを心の中で後悔した。だがサクラはにっこりと笑った。


「きっと喜ぶよ」


 本当に、サクラの強さには敵わない。


「私も孤児院のみんなに編みたいけど、時間が絶対に足りないんだよね」

「時間?」

「うん、冬休みに一度孤児院に行ってみようと思ってるの」


 夏休みはずっとオリベにいたので、冬休みもてっきり残るつもりなのかと思っていたが違ったようだ。


「ねえサクラ、それなら途中まで一緒に帰らない?」

「あ、いいねそれ! ホズミと一緒なら絶対に楽しいもん」

「でも冬に帰るってことはさ」

「うん、そうなんだよね」


 サクラは大きなため息を吐いた。

 ホズミの出身地であるウラハの町は、オリベに近いわけではないが、移動に困るほど辺ぴな場所ではない。しかしヘキ村はどうだろう。


「雪がね……」

「うちの方は馬ぞりが走ってるけど」

「近くまでは馬ぞりで行くとして、その後は街道を歩いていくしかないね」


 サクラはヘキ村からオリベへやって来る際に、商人の馬車を頼ったと言っていた。しかし雪が降ると行商人の行き来も途絶えるはずだ。そうなると自力でなんとかするしかないわけだが、もし大雪が降れば道などあっという間に埋もれてしまう。


「危なくない?」

「ちょっとニクマル先生に相談してみる。もしかしたら総帥問題で止められるかもしれないし」


 あえてなんでもないことのように言うサクラに、ホズミもただ頷いた。


「でも行きたいんだよね。孤児院の先生に私が預けられたときのことを聞きたいから」


 遠くを眺めるサクラの目にはその意志が宿っていて、それはきっとサクラにとって必要なことなのだろう。

 そこからは、孤児院の先生がサクラの出生について知っているかもしれないとか、サクラの両親の話などを聞いて過ごした。


 あっという間に時間は過ぎて、授業の終わりを告げる鐘が鳴る頃には、二人の目の腫れもなんとか治まった。


「昼休みになっちゃったね」

「教室に一回戻る?」

「うーん……」


 戻りたくないサクラの気持ちはわからないでもないが、午後の授業までサボるわけにはいかないだろう。と、そのとき。


「いたーっ!」


 突然大きな声がして振り返ると、そこにはクラスメイトのチドリとカライトが立っていた。


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