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175. 意外な助っ人

 ホズミが案内してくれた棚には編み物の本が五冊ほど並んでいた。


「本当はもう何冊かあるんだけど、誰か借りてるみたいだね」

「どうして防衛軍の養成学校に編み物の本があるのかな」

「たぶん誰かが寄贈してくれたんだと思うよ。料理の本も結構あったでしょ」


 作るための場所がないため読むだけだが、料理の本ならサクラもたまに借りている。本は高級なものなのに、世の中には太っ腹な人がいるものだ。


「レモン先生とかもたまに寄贈してくれるんだよ」


 レモンはどんな本を読んであのドレッシングやら団子のたれを作ったのだろうか。寄贈本は本の裏に名前が書いてあるらしいので後で確認してみよう。


「本当に外国の編み物が載ってるわ」


 ミキが目を輝かせて本をめくり始めた。


「ただ説明書きが全部外国語だから、読むのは大変かも」

「そうね、大変よね……」


 そう言いつつもミキはその本が気になるらしくページをめくる手が止まらない。

 サクラ達もそれぞれ本を手に取って開いてみたが、出来上がりの図と文章による説明が載っていて、これならば編みたいものが見つかりそうだ。


「最近寒くなってきたし、自分でできる防寒対策ってどんなのがあるのかな」

「首のつくところを温めるといいって言うよ。首とか手首とか足首とか」

「首を温めるって言ったらやっぱりマフラーよね」

「あとはショールとか?」

「どっちも大物だから途中で飽きそうな気がする」

「じゃあネックウォーマーは?」


 サクラの意見に、悩んでいた二人がきょとんと目を瞬かせた。


「ネックウォーマー?」

「首を覆うものなんだけど、マフラーより面積が少ないから毛糸も編む時間も少なくてすむよ」


 マフラーに比べて毛糸の節約にもなるため、孤児院の子どもは冬になるともっぱらネックウォーマーを身に着けていた。


「ちょっと想像できないんだけど、もう少し詳しく」

「首の腹巻みたいなものかな」

「それを外につけていくの?」

「作り方次第でかわいくなるよ。フードをつけてもいいし。ホズミは知ってるよね」

「うん。妹に編んであげたことがあるよ。頭から被せるだけで楽だったな」


 ふいにミキが手にしていた本を広げて見せてきた。


「それってこんな感じのものかしら?」


 そのページには幅広に編んだ生地で首を覆った女性の上半身が描かれていた。


「そう、これこれ。でもなんかこうして見るとおしゃれだね」

「ほんと、なんだか大人っぽい。編み方とか毛糸の違いかな」


 ミキの目がさらに輝いた。


「これ、ちょっと特殊な編み方らしくて裏と表で色を変えられるみたいなの。二本の毛糸を使うんだけど、ほら、見てこれ!」


 興奮しているミキというのも珍しい。コデマリのことになると怒りの沸点が低くなるが、それ以外はどちらかというと大人しめな女の子である。


「でもこれって外国語だから翻訳しながら編むのは大変そうじゃない?」

「そうね。でもその分、出来上がったらすごく達成感があると思うの」


 なぜかミキはホズミとサクラを真っすぐ見つめてきた。


「二人は外国語が得意よね。もし嫌じゃなかったら、一緒に編んでもらえないかしら」

「え?」


 いつからサクラは外国語が得意になったのだろうか。少なくとも本人の記憶にはない。


「ホズミはともかく私は外国語は得意じゃないよ」

「でも試験の成績は良くなかった?」

「それはホズミのおかげだね」


 自分の勉強もあるのにサクラの面倒まで見てくれるホズミには感謝しかない。


「成績が良かったのはサクラががんばったからだよ。それと苦手って程でもないでしょ、好きじゃないだけで」


 褒められたのか叱咤されたのか迷うところだが、あえて前向きに捕らえることにした。サクラは褒められて伸びたいと常々思っている。


「それならその外国の編み方に挑戦してみようかな」

「本当? ありがとう、サクラさん!」

「私もいいよ」

「ホズミさんもありがとう! あ、手袋分とはまた別に毛糸を選んでちょうだいね」

「そんな悪いよ」

「ううん、手伝ってくれるんだからそれくらい当然よ」


 ホズミの遠慮を押し返し、ミキが嬉しそうにその手を握った。


「あの、私もそのネックウォーマーっていうの編んでみたいんだけど、一緒に教えてもらえるかな」

「あ、私も」


 残る二人もミキの持つ本を見て心を決めたようだ。


「それじゃあみんなで編みましょう!」


 ミキは本を抱えると小躍りせんばかりの勢いで貸出カウンターへと向かった。

 ちなみに本に描かれていたネックウォーマーは、ミキの得意なレースとは編み方も道具も違うようだが、そこはあまり気にならないらしい。きっと編み物全般が好きなのだろう。


「そういえばみんなで編むなら時間を調整しないとね。放課後と夜、どっちがいいかな」

「夜の方がゆっくり編めるんじゃない? 放課後は課題もあるし」

「でもランプの灯りだと毛糸の色によっては編みにくいかもよ」

「じゃあ放課後かな。編み方さえ覚えてしまえば、あとは各自の部屋でできるもんね。そんなに大きなものでもないし」


 本を借りて戻ってきたミキとも相談し、まずは放課後に一時間だけ集まることに決めた。




 さて編み針までミキに借りるわけにはいかないので、その辺にある木から手作りすることにした。授業で植物から作ったヤスリがこんなところで活躍するとは思わなかった。

 それぞれ毛糸も決めて道具も揃えた初日、女子が集まる様子を見ていたアスマが珍しく自分からコデマリに声をかけた。


「なんだ、とうとうイヌマキにも見捨てられたのか」

「はあ? そんなわけないでしょう。というかミキにもってどういう意味よ!」

「不器用すぎて仲間に入れてもらえないんだろ」

「違います! 私は魔術の練習がしたいだけなの。あなた達だけニクマル先生に魔術の練習をしてもらっていたなんてずるいわよ」

「早めにニクマルへ相談した方がいいぞ」

「だから違うって言ってるでしょう!」


 コデマリをからかって遊んでいるのだろう。

 もちろんコデマリにも一緒に編んでみないかと声はかけたのだが、完璧な笑顔で隙なく断られてしまった。結果コデマリ以外の女子が放課後に集まることになり、アスマの餌食となってしまったのだ。


「アスマくんって子どもだよね」


 サクラの呟きに他の女子がうんうんと頷いた。これが好きな女の子にちょっかいをかけたいという理由なら微笑ましいのだが、アスマは自分に遠慮のない者には意地悪をしたくなる性格のようで、もちろんサクラもその中に含まれていることを自覚している。

 その相方はといえば、こちらもまた臆することなく女子の集まりに声をかけてきた。


「みんなで外国の編み物に挑戦しようなんてすごいね。僕なら本の解読だけで投げ出しちゃうな」


 入学当初に比べればみんなウキの存在にも慣れただろうが、それでも憧れるなにかがあるらしい。サクラやホズミ以外の女子がウキの「がんばってね」という応援に頬を染めた。


「おいウキ、置いていくぞ」

「はいはい。コデマリさんも一緒に行こう」

「え、うん、ありがとう」


 そしてもちろん紅一点でニクマルの補習に挑むコデマリへの配慮も忘れない。


「さすがウキくん、そつがないね」


 これまたみんなが頷いた。ウキが将来モテて困ることがあったら、それは自業自得というやつだろう。




 チドリとユイは普通の編み方で帽子を編むため、順調なすべり出しで始まった。


「なんかミワみたいに編み目が揃わない」

「力の加減を一定にするのがきれいに編むコツなんだけど、初めてでこれだけ編めれば十分よ。編み込み模様を入れるし、そんなに気にしなくとも大丈夫じゃないかしら」


 一方のサクラ達はといえば。


「この最初の目の作り方なんだけど、距離を開くってどういう意味だろ」

「間隔をあけるってことじゃないの」

「目と目の間隔?」

「ちょっと練習で編んでみようか」


 サクラが代表で編み始めたもののすぐに手が止まった。二色の毛糸を使うのに、どう絡めていくのかわからない。


「考えてみれば専門書ですものね、難しいに決まってるわよね」

「外国語の先生に聞いてみる?」


 みんなで机に広げた本を覗いていると、校内の見回りをしていたらしいレモンが教室に入ってきた。


「みんなで課題?」

「課題ではないんですが、外国語の壁に阻まれて挫けそうになっているところです」


 あの総帥がやって来た日以来、レモンは少し元気がない。それでもサクラのような生徒に気遣われてはレモンの立場がないだろうと、あえて普通に接している。


「外国語?」


 レモンが近づいてきて手元を覗いた。編み物の本だとは思わなかったのか意外そうな顔をした。


「どこがわからないの?」

「裏側の編み方がちょっと、この単語なんですが」


 ホズミの差した箇所にレモンが顔を近づけた。


「これはたぶん”かけ目”のことね」

「え、レモン先生読めるんですか?」

「単語だけならなんとかね。前に編み物に熱中していた時期があったから、読めればなんとなく意味もわかるわ。懐かしいわね」


 レモンの口元が微かに緩んだ。


「じゃあこれはなんて読むんですか?」

「引き上げて編むから」

「あ、引き上げ編み!」


 ホズミが答えるとレモンが頷いた。

 これ幸いと次々に質問し、わからなかった部分をミキが紙に書き留めていく。説明自体は短いので、あっという間に解読が終わった。


「ありがとうございます、レモン先生」

「どういたしまして。お役に立てて良かったわ」


 みんなでお礼を言うと今度はにっこり笑ってくれた。レモンの笑顔は貴重なのでみんな見惚れている。


「レモン先生は最近はなにを編んだんですか?」

「編み物はしばらくしてないわね。興味が料理の方に移っちゃったから」

「ああ……」


 なんとなく言葉が続かず、少しだけ場がしんとしてしまった。

 特別授業の担当が校長に変わってからはレモンともあまり話す機会がなくなったが、きっとまたニクマル達を驚かせるものを作っているのだろう。


「でもいいわね、こうしてみんなで一緒に作るなんて。あら、そういえばツユリさんは参加しないの?」

「誘ったんですが編み物は不得手だからって、魔術の練習に行きました」


 レモンは少し考え込んだ。


「みんな編み物の経験はあるの?」


 その質問に「はい」や「少しなら」とそれぞれが答える。


「誰かと一緒に編むとどうしても比べてしまうものね。私も不器用だから、作ったものを人に見られるのは恥ずかしいと思ってしまうけど、ツユリさんが得意じゃないって理由で断ったのなら、きっと興味がないわけじゃないと思うわ」

「あの、私も同じことを考えてました。コデマリ様は器用ではありませんが、みんなで協力してなにかをすることは好きなんです。私達が編み物の話をしているときも楽しそうに聞いてましたし。でも無理強いするのも気が引けて」


 ミキがおずおずと話し出した。コデマリがみんなでなにかをすることが好きだなんて、サクラは初めて知った。サクラであれば強引にでも誘うところだが、ミキはそういう性格ではないだろう。特にコデマリが相手ならば、その気持ちを大切にするはずだ。


「たぶん同じように誘っても、また遠慮される気がするんです」

「そうかもしれないわね」


 レモンは考えて一つの提案をした。


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