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174. 毛糸

 せっかくの休息日だというのにツクモに雑用を頼まれたせいで、気づけば日が傾き始めている。

 寮に戻ると廊下のランプは既に火が灯されていて、サクラは自室から持ち出した手燭へその火を分けてもらい、それをまた部屋に備え付けのランプへと移した。

 不思議なことに養成学校のランプに使われている蝋は、サクラがヘキ村で使っていたものよりも明るく長持ちだ。ホズミに聞いたらこの辺りで育つ植物を原料に作っているからだと教えられ、実はオリベは蝋燭の生産地として有名らしい。


 しばらく課題を進めていると、部屋のドアがノックされた。返事をするとクラスメイトのミキが顔を覗かせた。


「あら、一人なの? ホズミさんは?」

「まだ図書室にいるんじゃないかな、そろそろ戻ってくる頃だと思うよ」


 間もなく図書室の閉まる時間である。委員会の当番は午前中だけだと言っていたので、午後からは図書室で本を読んでいるのだろう。


「相変わらず読書家ねえ」

「ねー、本を探すときはホズミに聞けば、どこの棚に置いてあるかすぐ教えてもらえるよ」

「頼もしいわね」

「ホズミに用事なの?」

「あなた達二人によ」


 ミキはちょっと困ったように頬に手を当てた。


「あのね、二人とも編み物は好きかしら」

「編み物? 私は冬になるとよく編んでたけど、ホズミはどうかな。縫い物はすっごく上手いけどね」


 この前、制服に穴が開いてしまったと言ったら、ホズミは手持ちの糸を使ってあっという間に直してくれた。間近で見ないと繕っているとはわからないほどの出来栄えだった。さすがは糸屋の娘である。ちなみに穴の原因は総帥なのだがそれは内緒である。


「そう、ホズミさんは縫い物が好きなのね」


 なぜかミキが肩を落とした。


「編み物は聞いてみないとわからないよ。でも突然どうしたの?」

「それがその、今日うちから大量に毛糸が届いて、よかったらもらってくれないかと思って声をかけにきたの」


 ミキは恥ずかしそうにもじもじと答えた。


「でもそれってミキちゃんが編む用にって送ってくれたんじゃないの?」

「今日ちょうど街で毛糸を買ったばかりだし、本当に大量に送られてきたのよ。興味があるなら一度見てみない?」

「うん、見たい」


 そんなわけでミキの部屋へ移動しようとしたところで、ホズミが帰ってきた。


「あ、おかえりホズミ」

「ただいま。どこか行くの?」


 そこでミキが手早く説明すると、ホズミも毛糸を見たいということで、三人で移動した。


「いらっしゃい」


 ミキと同室のコデマリが笑顔で出迎えてくれた。前に見たときとは違うレースのモチーフが壁に飾られている。


「これもミキちゃんが編んだの? はー、きれいだねえ」

「ほんと、こんな繊細なレース見たことないよ」


 ホズミもうっとり見入っている。


「そうでしょう、ミキはすごいのよ」

「コデマリ様っ」


 自信たっぷりに答えてくれたのはコデマリだ。ミキはその隣で恥ずかしそうに狼狽えている。


「そ、それより毛糸を見てちょうだい。これなんだけど……」


 大きな木箱をミキが開けると、そこには色とりどりの毛糸がぎっしり詰まっていた。


「うわっ、すごい、ほんとにたくさんある!」

「え、これ触ってみてもいいの?」

「もちろんよ。そうしないと選べないでしょ」

「うわあ、もちもち、ふかふか」

「ずっと撫でていたくなるね」


 いくつか毛糸を取り出してみたが、かなり質のいい毛糸のようだ。


「気に入ったものがあれば持って行ってくれる?」

「本当にいいの? これかなりの高級品だよ」


 糸屋の娘は毛糸の良し悪しにも通じているようだ。


「この毛糸を見て、なにか気づかない?」


 ミキが疲れたようにため息をついた。


「色が豊富だね」

「あとは、毛糸の太さもいろいろだね」

「そう、つまり統一性がないの」


 いろんな毛糸があった方がミキが喜ぶと思ったのか、同じ毛糸を二玉ずつ詰め込んだようだ。これらの毛糸でなにかを編むのであれば、セーターのような大物よりも手袋や帽子などの小物の方が良さそうである。


「それに私、細い毛糸が好きなのよ」


 レースを編むのが好きなのであればそうだろう。木箱の中の毛糸は、太いというほどではないが、レースを編むには適さない太さである。

 そこでトントンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します」


 コデマリが返事をすると、これまた同じクラスのチドリ達女子四人組が入ってきた。


「お待たせしました。あら、サクラとホズミも呼ばれたのね」

「わー、ほんとに毛糸がたくさんある、かわいー」


 チドリと同室のユイが嬉しそうにサクラ達の側に寄ってきた。毛糸がかわいいとは不思議な表現である。


「好きな毛糸を選んでいいの?」

「ええ、どうぞ」


 ユイが躊躇なく箱の中の毛糸を取り出し始めると、他の三人も木箱の周りに集まってきた。


「みんな編むものは決めてるの?」

「まだ」

「私は帽子が欲しい!」


 ユイがなぜかチドリを振り返った。


「なんで私を見るのよ」

「え、だって自分じゃ編めないもん」

「教えるからやってみたらいいじゃない」

「ミワが作ってくれた方がきっとかわいいよ」

「自分で作った方が愛着が沸くわよ」


 ユイとチドリの攻防が始まってしまった。他の二人も迷いを口にしている。


「手袋は今日買ったからなあ」

「マフラーが欲しいけど、途中で飽きちゃいそうなんだよね」

「サクラとホズミはどうするの?」

「まだ決めてない。手袋、帽子、靴下、なにがいいかなあ」


 孤児院でひと通り編み方は教えられているし、なんなら古くなった毛糸で何度も編み直しをしてきたので服や日用品を編むことに問題はないが、せっかく高級な毛糸で編むのなら身に着けるものを作りたい。安い毛糸だと肌に当たるところがチクチクするが、高い毛糸ならばきっとそんなことはないはずだ。


「私は手袋に決めた」


 ホズミが濃いめの黄色と白の毛糸を一つずつ手にした。


「この二つをもらっていいかな」

「ええ、もちろん」

「ありがとう、ミキちゃん」


 嬉しそうにホズミが毛糸に頬ずりをした。


「あ、私この赤の毛糸がいいな。なんか色が微妙に変わっててかわいいの」

「あら、段染めの毛糸もあるのね。私は紫にしようかしら」

「渋すぎじゃない?」

「いいじゃない、好きなんだから」

「じゃあ色違いでお揃いの帽子作ろうよ」

「まあ、その方が教えやすいかもしれないわね」


 どうやらユイは自分で編む気になったようで、二人は太めの毛糸をそれぞれ二つ手に取った。残るはサクラを含めた三人だ。


「駄目だ、決められない」

「なんかもうこの状態で部屋に飾って眺めてたいなあ」


 その気持ちはちょっとわかるかもしれない。きれいに巻かれた毛糸はそのままの状態で十分に見応えがある。


「それなら図書室で編み物の本を借りてみたら?」

「え、編み物の本なんて置いてあるの?」


 ホズミの提案に反応したのはサクラ達ではなくミキだった。


「そんなに数は多くないけどあるよ。他国の編み方なんかも載ってて参考になるかも」

「まあ! 他国の編み物まで探せるなんて素敵ね!」


 そんなわけでサクラを含めた三人は明日の放課後図書室へ集合することになった。


「あれ、そういえばコデマリさんは編まないの?」


 さっきからにこにことクラスメイト達のやり取りを見ているだけのコデマリへ話を振ると、笑顔で頷かれた。


「私はミキが編んでいるところを見ているだけで満足なの」

「コデマリ様……!」


 感動している一名を覗き、誰もが先日の月見でのコデマリが作った団子を思い出し、無理に誘うことはしなかった。


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