172. 芋を焼く二人
コデマリ達に手袋の話をすると、さっそく買い物へ出かけて行った。サクラも一緒に行かないかと誘われたが、課題が終わっていないからと今回は遠慮した。本当はコデマリ達と街で遊びたかったが、いつまたサクラをさらおうとする輩が現れるかわからないため、しばらくの間外出は控えることにした。
「ホズミは行かなくてよかったの?」
「うん、今日は図書委員の当番だし他にやりたいこともあるから。じゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
朝食を取り終えるとホズミは嬉しそうに図書室へと行ってしまった。
図書室の当番は午前と午後で交代するとはいえ、休息日が半日潰れるなんてもったいないと思うのだが、ホズミは図書室にある本の把握ができるし、仕事の合間に本が読めるからとまったく苦ではなさそうだ。あの調子であれば、卒業までに図書室中の本を読み終えてしまうのではないだろうか。
さて今日はなにをしようかな。アスマやウキも買い物へ出かけると言っていたし、魔術の練習も大っぴらにはできないので、できることは限られている。
演習場の一つを覗くと何人かが練習をしていて、クラスメイト達を見つけて声をかけると、一緒に体術の練習をすることになった。
三十分も動くとさすがに暑くなってくる。
「ツキユキ、お前また強くなってないか?」
「へへ、レモン先生が鍛えてくれたからかも」
あとはコゴロウマルの剣術稽古や、フヨウの無茶ぶりのおかげだろう。サクラは同い年の魔導士科生徒が相手であれば、だいたい動きを見切る自信がある。ただアスマのように頭脳戦や心理戦を仕掛けてくる相手だと、それだけで勝つのは難しい。
「いいなあ、俺もレモン先生に一対一で教えてもらいたいよ。でも実際そんなことになったら緊張で失敗ばかりするんだろうな」
「その前に体力が持たないだろ。レモン先生の授業なんてただでさえきついのに、一対一で指導されるなんてなんの苦行だよ」
「でも授業が終わったら、がんばったわねなんて頭を撫でてくれたり」
「そんなことあったか、ツキユキ?」
「ううん、ない。組手ですっごく重い拳をもらったことはあるけど」
思い返せばフヨウの授業は、無茶ぶりが多かったが楽しかった。けれどもあまりそんな話をすると自慢のようになってしまうので、誰かに聞かれたら授業の内容をそのまま伝えることにしている。これでだいたい羨ましいが同情へと変わってくれる。
「あ、そろそろ食堂が閉まる時間だぞ」
「そんじゃ朝飯に行くか」
「腹減ったあ」
「え、みんなまだ食べてなかったの?」
「食ったら動きたくなくなるだろ」
「おじさんみたいなこと言ってる」
うるせえと笑いながらも、クラスメイト達は食堂へと行ってしまった。
いつの間にか他の生徒もいなくなっていて、演習場に一人ぽつりと取り残されてしまった。
自ら発したおじさんという言葉に、総帥のことを思い出した。あれからセンザイに帰ったのだろうか、レモンも言っていたがサクラに執着があるようには見えなかった。あれはむしろフヨウや校長に会いに来たのではないだろうか。
「ここで考えても仕方ないか」
ひとまず部屋に戻ろうと校舎を出て歩き始めたところで、なにか甘い匂いが鼻をついた。
その匂いを辿って歩いていくと学校が管理している畑にたどり着き、その傍で二人の男が焚火を囲んでいるのが見えた。
「あれ、この前の子だ」
コゴロウマルに兄さんと呼ばれていた男がサクラに気づいた。もう一人は一緒に食堂にいた背の高い男で、二人がしゃがんでいるとなんだか不良っぽく見える。街で見かけたら絶対に近づきたくないが、フヨウの部下だと思えばそれほど怖くはない。それにもしかしたらフヨウの様子を聞けるかもしれない。
「ほら、エビの顔が怖いから脅えてるじゃないか」
「馬鹿言うな、俺は子どもには好かれる質だ」
「好かれるっていうか、精神年齢が同じくらいだから仲間に入れてもらいやすいんだろ。大丈夫だよ、噛みついたりしないから」
「お前は俺に言いたい放題だよな」
コゴロウマルの兄に手招きをされたので、そろそろと近づいてみた。
「ここでなにをしているんですか?」
「焼き芋。ちょうど焼けたところだよ」
焚火には鍋がかけてあり、コゴロウマルの兄が蓋を取って中を見せてくれた。鍋の底には石が敷かれていて、その上にごろりと細めのサツマイモが並べてある。
「熱いからちょっと待ってね」
コゴロウマルの兄は箸でその中の一つを掴むと、風魔術で少し冷ましてサクラに渡してきた。
「はい、どうぞ」
どうやら分けてくれるらしい。朝食を食べてそんなに時間が経っていないが、お腹には余裕があるので、ありがたくいただくことにした。
「ありがとうございます」
持てないほどではないが焼き芋はまだ熱く、手のひらから伝わる熱が心地よい。
「あちちっ」
ノッポな男の方は豪快に手でサツマイモを取り出すと、両手の間を行き来させながら、同じように風魔術を使って冷ました。
「こんなところで焚火をして怒られないんですか?」
「そのときはエビが謝るよ」
「俺はお前に付き合わされてるだけなんだがな」
「うん、今年のサツマイモは小ぶりだけど味は悪くないね」
なんだかニクマルとコゴロウマルのやり取りを見ているようだ。
「どうして朝から焼き芋を焼いてるんですか?」
「食堂の手伝いに来たんだけど戦力外通告をされちゃってさ。誰かさんが皿を落としてばかりだからだよ」
食堂で使う食器は木皿がほとんどで、落としても割れることはないが、もしおかずの乗っていた皿だとしたらもったいないことである。
「お前だって味見ばっかりして邪魔だって追い出されただろ」
「味見は大事だよ」
「味見の量を大幅に超えてたんだよ」
どうやら二人とも食堂の仕事には向かないタイプのようだ。
「で、君はどうしてここに?」
聞き返されたが、ちょうど焼き芋を食べ始めたところだったので、急いで数回噛んで飲み込んだ。
「体術の練習を終えて寮に戻るところだったんですが、なんだかいい匂いがしてきたので気になって来てしまいました」
「こんな朝から練習なんて真面目か」
「今日って休息日でしょ? 遊ぶ友達はいないの?」
なぜ残念な目で見られているのか、絶対に変な勘違いをされている気がする。そもそも既に九時を回っているので朝というような時間でもない。
「友達にはオリベの街に行こうって誘われたんですけど、今日は出かける気分じゃなかっただけです」
行けるものならサクラだってみんなと出かけたかった。
「ふーん、じゃあ次は魔術の練習でもする? エビが相手になるよ」
「なんでいちいち俺に振るんだよ。女の子の相手なんか無理だ無理。怪我でもさせたらどうするんだよ」
「十代男子みたいなこと言わないでくれるかな、気持ち悪いから。それに昔は散々隊長に喧嘩売ってただろ」
「あれは若かったからで……!」
やはりコゴロウマルの話していたフヨウの手下とはこのノッポな男のことのようだ。
「そんなに何回もフヨウさんに挑んだんですか?」
「うん。そのたびにぼっこぼこにやり返されてたよ」
コゴロウマルの兄が朗らかに笑う隣で、ノッポの方は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あれ、でもフヨウさんの後をつけてたって聞いた気がするんですけど」
「そうだけどよく知ってるね」
噂の出所は内緒にしておこう。コゴロウマルが恨まれても可哀想だ。いや、自業自得ではあるけれど。
「最初の頃は喧嘩を売ってたんだけど、そのうち影から見つめるようになって、最終的に親分になってほしいって頼み込んだんだよ」
「うわあ」
「ちょっと待て、俺は別に親分になってほしいなんて言ってないぞ」
おもわず声が出るほどの駄目っぷりに、ノッポは慌てたように言い訳をした。
「似たようなことを言ったじゃない」
「それはべつに俺だけじゃなくて……いや、もういいわ」
ノッポは言いかけてなにかをあきらめたようだ。そしてやはりというか、フヨウの手下はノッポ一人ではなさそうだ。
「じゃあ焼き芋を食べたら魔術の練習でもする?」
まだその話は続いていたらしかった。本当なら喜んで頷くところだが、サクラが魔術を使えることは、まだ隠しておかねばならない。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、魔術の練習はできないんです」
「なんで? もう使えるようになったって聞いたけど」
さも当然のように言われて、サクラは焼き芋を食べようと口を開けたまま固まってしまった。




