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017. 騎士科の友人

 ある日の放課後、教師の一人から騎士科へのおつかいを頼まれた。アスマの方もまた別の用事を言いつけられていて、それぞれの仕事が終わったら教室で合流する予定である。


 魔導士科と騎士科は校舎が東西に分かれている。東が魔導士科で、西が騎士科だ。生徒がちらほらと残っていて、魔導士科のローブが珍しいのか視線を感じる。

 サクラが騎士科の校舎へ入るのは初めてのことだが、校舎の作り自体は変わらないし、制服もローブとマントの違いだけで、特に目新しいものはない。一年生が一階の教室を使っているというのも同じだ。


 目的の騎士科一年四組についた。念のためにノックをして扉を開けると、中には男子生徒が一人残っていた。


「うちのクラスに用事だろうか」


 眼鏡をかけた長身の男子が、席を立ってサクラの元までやって来てくれた。


「この用紙をクラス委員に渡すように言われて持って来ました」

「俺がクラス委員のタケ・ツツゴウだ」


 タケと名乗った男子は、サクラよりも頭一つ分身長が高かった。騎士科なだけあって体格が良い。


「私は魔導士科一年四組のサクラ・ツキユキです。よろしくね、タケくん」


 サクラも名乗ると、なぜか驚いた顔をされた。


「どうかした?」

「あ、いや、いきなり名前で呼ばれるとは思わなかったから驚いて」

「そうなの? うちの村じゃ、みんな名前で呼ぶのが普通だったんだけど」


 そういえばアスマも最初は怪訝そうにしていた。あれはヘキ村だけの当たり前だったのだろうか。


「どこの出身なんだ?」

「ヘキ村だよ。タケくんは?」

「俺はウラハだ」


 ホズミと同じ町の出身のようだ。


「ツツゴウくんって呼んだ方がいいのかな」

「いや、名前で構わない。少し驚いただけだから」


 タケはちょっと照れたように眼鏡の位置を直した。


「一人で居残り?」

「他の奴らは演習場で補習中なんだ」

「タケくんは?」

「俺は合格したから、別の教科の課題に取り組んでいたところだ」

「すごいね、一人だけ合格したんだ」

「いや、それほどのことではない」


 今度は分かりやすくタケが照れた。これがアスマであれば当然だと言うだろうし、ウキであれば素直にありがとうと受け入れただろう。なんだか新鮮な反応である。


「こっちのクラス委員も体力測定で決めたの?」

「ああ。もしかして魔導士科もそうなのか?」

「うん、そうだよ」


 タケがサクラをまじまじと見つめた。


「女子の中での上位ということか?」

「総合的に一番か二番くらいだったと思う」


 はっきりとは言われていないが、きっとそんなものだろう。


「男子も合わせて上位とは、優秀なんだな」

「運動と魔術だけはね。勉強はいまいち苦手かな」


 褒められたことが照れくさくて、つい言わなくてもいいことまで付け加えてしまった。


「最初はなんで体力測定の結果で選ぶんだろうって思ったけど、やってみて納得だよね」

「ああ、体力がないときつい役目だよな」


 休み時間になると次の授業の準備で走り回るはめになるので、正直なところ体力があってもきつい。あと二人くらいクラス委員を増やしてもらいたいくらいだ。


「休み時間なんて、あってないようなものだし」

「まったくだ」


 これまで他のクラス委員と交流する機会がなかったが、やはり同じようなことを思っていたらしい。おもわず顔を見合わせて笑ってしまった。


「さっき魔術が得意と言っていたが、少し聞いてもいいだろうか」

「うん、なになに?」

「動きながら魔術を使うコツがあれば教えてもらえないか」


 サクラにとって意外な質問だった。


「防御壁の魔術を盾代わりにして攻撃したいのだが、なかなか強度を保てないんだ」


 騎士科というからには剣を学ぶのだと勝手に思い込んでいたが、どうやら魔術も授業に取り入れているようだ。


「騎士科でも魔術を習うんだね」

「ああ。さすがに簡単なものだけだがな。魔導士科も体術の授業があると聞いたが」

「うん、あるある。そっか、言われてみればそうだよね」


 タケの質問について考えを巡らせてみる。

 サクラ達はまだ魔術と体術を組み合わせて戦うような授業は受けていないが、それでも魔術を使うのなら基本は同じだろう。


「動かないと防御壁は頑丈なものを作れるの?」

「そうだな。相手の剣を防ぐくらいの強度はある」

「じゃあ反復訓練あるのみだと思う。繰り返し体に覚え込ませて、自然と使えるようになるまで。あと、防御壁を作るときに体内の魔力がどう動くか注意するといいかも」


 と、フヨウが言っていたのを思い出して伝えてみる。結局のところサクラもまだまだ未熟なので、はっきりこうだと教えられるような知識はない。


「反復練習か。何事もやはり近道はないんだな」

「そうかもしれないねえ。でも、こういうことは担当の先生に聞いた方がいいんじゃないかな」

「まあ、そうなんだが……教えてくれる先生が習うより慣れろという人で、こちらが考える間もなく仕掛けてくるからな」


 どこか遠い目をしてタケが呟く。なかなか厳しい教師に鍛えられているようだ。


「友達と練習はしないの?」

「もちろんしている。だが、防御に悩むくらいなら攻撃しとけという考えの奴が多くて、なかなか思うような練習ができないんだ」


 騎士科は好戦的な輩が多いのだろうか。弱い防御壁しか作れないところに猛攻撃をかけられたら、たしかに頭で考えている余裕はなさそうだ。


「しかし体内の魔力の動きは意識したことがなかったから、いいことを教えてもらったよ。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして。あ、そうだこれ渡しておくね」


 いまだ手に持っていた用紙をタケへと手渡した。


「まだクラス委員の仕事が残ってるからもう戻らなきゃ」

「ああ、わざわざ持って来てくれてありがとう。お互いがんばろうな、クラス委員」

「うん、またね」


 互いに手を振って騎士科の教室を後にした。

 新しい友達ができたことに浮かれて顔がにやけてしまう。もっと話してみたかったが、この後も仕事を頼まれているので、急いで教室へと戻った。




 アスマの方も頼まれた仕事が終わったらしく、先に一人で内職を始めていた。


「遅い」

「ごめんごめん。これでも走って来たんだよ」


 授業中とは違ってアスマの隣に座った。


「あのね、騎士科の教室もこっちと作りは同じだったよ」

「だからどうした」

「なんで教室って、先生を下に見る作りなんだろうね」


 初めて見た時から気になっていた。教えてもらう立場の自分達が教師を見下ろすというのは、なんだか落ち着かない。


「黒板が上にあったら見にくいからだろ」

「そうだけど、べつに斜めにしなくとも平面でも良さそうな気がしない?」

「背の高い奴がいたら邪魔になるだろうが。くだらんことを言ってないで、手を動かせ」


 そう言ってサクラの目の前に紙の束が置かれた。決められた枚数で仕分けされており、先ほどからアスマはこの紙に穴をあけ、紐で綴じるという作業を繰り返している。サクラも同じように、千枚通しで穴を開け、適当な長さに紐を切っては綴じていく。


「野外活動楽しみだね」


 サクラとアスマが作っているのは、間もなく行われる野外活動で使う資料である。そう遠い場所まで行くわけではないらしいが、山菜を採りながらの山登りという、聞いただけで楽しそうな行事だ。


「ふんっ、能天気な奴だな。ただの山登りじゃないんだ、訓練の一環なんだぞ」

「うん。でもここへ来てから学校の外に出るのは初めてだし、なんだかわくわくするよね」


 アスマに呆れたような視線を向けられた。

 養成学校の外に出られるのは五日に一度の休息日のみと決まっている。その際も学校へ届け出を出さなくてはならないが、サクラもホズミも課題に追われて、まだ一度も外出したことがなかった。


「もう少し余裕ができたらオリベの街を見て回りたいんだ」

「勝手にしろ」

「それにもうすぐ初めての給金が出るでしょう。学ばせてもらって、お金までもらえるなんて夢みたい」

「給金と言ったって、四月はそこから経費が引かれるから、ほとんど残らないはずだぞ」

「経費?」

「俺達が使っている教科書、寮費、制服、食費その他諸々だ」

「え! 制服や教科書ってただでくれたんじゃないの」

「国だってそこまで甘くはない」


 本当に何も知らなかったのでショックが大きい。


「じゃあ、四月の給金はいくらになるの?」

「精々が二万エン程度だろうな」

「わー、それでもそんなにあるんだ」

「それしかの間違いだろう」


 ここでサクラとアスマの金銭感覚の違いが発覚した。


「でも生活に必要な物は揃ってるし、お金を使う機会もないから、それだけあれば十分だよね」


 アスマは信じられないものを見るような目つきになった。


「普通、女の方が何かと入り用だろうが」

「えー、ご飯は出るし、制服もあるし、顔や髪を洗う石鹸もあるし、あと何か必要かな? あ、歯ブラシは定期的に買わないとね」

「お前、まさか風呂場の石鹸で髪を洗ってるのか」

「え、アスマくん洗ってないの?」

「そんなわけあるか。俺はきちんと髪用のシャンプーを使っている」

「シャンプー」


 そういった代物の存在を聞いたことはあるが、サクラは使ったことがない。


「だからアスマくんの髪はさらさらできれいなんだね」


 つややかな黒髪は指通りも良さそうだ。


「ふんっ、これぐらい当たり前だ。お前も給金を貰ったら、イノシシ用のシャンプーでも買うんだな」


 サクラはお世辞などではなく心から褒めたのだが、アスマはいつものように嫌味で返してきた。


「なに、イノシシ用のシャンプーって。野生のイノシシがそんなもの使うはずないじゃない」

「お前にはぴったりだろう。犬用でもいいぞ」

「だから、なんで犬やイノシシがシャンプーなんて使うの」

「イノシシはともかく犬用は本当にある。馬用もな」

「またまた、騙されないよ」

「つまりお前は犬以下ということだ」


 哀れみの目で見られたが、どうせ適当なことを言っているだけだと、サクラが信じることはなかった。


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