015. 練習あるのみ
クラス委員とは何をするのか。サクラが半月かかって出した答えはずばり、教師の雑用係である。ただでさえ演習のある授業などは、休み時間に教室を移動しなくてはならないのに、加えてその準備を頼まれると、休んでいる時間などないに等しい。前の授業が終わるとサクラとアスマはすぐに動きだし、授業が始まる寸前に着席もしくは整列することになる。
「二人ともお疲れ様」
「なんとか間に合った」
演習場内を駆けずり回ったサクラとアスマを、ホズミとウキが後列で迎えてくれた。次はニクマルの魔術基礎の授業で、クラスメイトは既に全員整列している。
事前準備で特に大変なのがこの魔術基礎だ。倉庫から物を運ぶような仕事こそないものの、使用する演習場を事前に点検するため、なかなかに忙しない。これだけ動き回るのだから、体力測定を基準にクラス委員を決めたというのも頷ける。
演習場は特別な素材で作られていて、その中で魔術を使用しても、建物に響いたり壊れたりしないらしい。けれども、ときたま防御効果が薄れていることがあるらしく、問題がないかをクラス委員が確認する。とはいえ面積が広く天井も高い演習場を二人で見回るのはきついものがある。
見かねたホズミとウキが手伝うと言ってくれたが、ニクマルがクラス委員の仕事だからと言って、了承は得られなかった。
「今日は前回に続き防御壁の練習だ。アスマ・ノウゼン、サクラ・ツキユキ、前に出ろ」
授業が始まってすぐニクマルに名前を呼ばれた。息も切れ切れだというのにこれ以上何をさせるつもりなのか。しかし返事は一つしか許されていないので、声を揃えて前に進み出た。アスマが涼しい顔をしているので、サクラも負けてはいられない。
「防御壁の練度を上げるためには、実際に攻撃を受けるのが一番だ」
防御壁を作るだけならさほど難しいことではなく、放課後の補習も相まってクラス全員が習得できている。しかし問題はその強度で、人によっては手で叩いただけで割れるようなこともあった。
「アスマが防御壁役、サクラは攻撃役だ。最初は弱めの魔術から始めろ」
二人が向かい合ったところでニクマルが号令を出し、アスマが防御壁の呪文を唱えた。
「バリエラ!」
ツルリとした見事な半円が現れた。人に向けて魔術を放つのは初めてのことなので緊張する。
「ウィアツ!」
サクラが風魔術の呪文を唱えると、うねりを伴った風がアスマを襲う。加減をしたつもりだったが威力が強すぎた。防ぎきれなかった風が防御壁の内側に入る。アスマはたたらを踏んで堪えたが、その拍子に防御壁を解いてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「お前は加減というものを知らないのか!」
アスマが目を吊り上げて怒鳴った。弱めの魔術と言われたのに、これは加減をできなかったサクラが悪い。
「謝って済むなら防衛軍なんていらないんだよ!」
「いや、緊張したせいか加減を間違っちゃって」
「緊張なんかするな、間違うな! そんなに自分の魔力が高いことを誇示したいのか」
怒りと嫌味の混じった言葉に耐えている横で、ニクマルが他の者達に二人一組になるよう声をかけている。助けに入ってくれるつもりはなさそうだ。
「魔力が高いなら高いなりに調整を覚えろ!」
「はい、ごもっともです」
アスマの言う通り、どうやらサクラは魔力が他の者より高いらしい。孤児院で一人で練習していたときは気にしたこともなかったが、クラスメイトと授業を受けるようになり気づいた。
最初はクラスメイトの魔力の調整が上手いから、魔術の威力を抑えているのだと思っていたが、逆にサクラの魔力が強すぎるせいで調整が難しいのだと知ったときは、嬉しいけど頭が痛かった。
「いいか、このように失敗すると危険を伴う。絶対にふざけたりするなよ」
ニクマルが、サクラとアスマの例を反面教師のように使うものだから、余計にアスマの怒りが収まらない。
「次に同じことをやったら、魔術を撃ち返してやるからな」
どうやらサクラはこのままアスマと組んで練習を続けるらしい。
そういえばホズミは大丈夫だろうか。女子達に睨まれているせいで、パートナーを見つけられるか心配である。しかし振り向くとウキが申し出てくれたようで、二人が向かい合っているのが見えた。
「おい、さっさと始めるぞ」
「うん」
サクラはまたアスマと向かい合った。慎重に魔力を調整し、呪文を唱える。
「ウィアツ」
そよ風が吹いた。頬を撫でるような優しい風が。
「誰がそこまで弱くしろと言った、それじゃあ練習にならないだろうが!」
アスマが怒るのも当然だ。だがサクラもわざとやっているわけではない。
「あの、今度はアスマくんが攻撃側を担当してもらえないかな」
「ちっ、仕方ないな」
この学校では放課後になると演習場を解放して、教師が居残り練習を見てくれる。教師に補習を命じられることもあれば、自主的に行うこともあるのだが、サクラは今日の放課後の自主練習を覚悟した。授業の課題云々よりも、魔力の調整ができていないことが問題だ。
「バリエラ!」
「ウィアツ!」
サクラの出した防御壁は、しっかりアスマの攻撃を防ぐことができた。やっとまともに練習ができたと思ったのも束の間、アスマに眉間に皺を寄せて睨まれた。
「え、またなんか失敗した?」
「もう一回だ」
「う、うん」
もう一度防御壁を作ったところへ、アスマが先ほどよりも大きな魔術を放った。
「わっ」
今度はサクラがたたらを踏んで尻餅までついた。防御壁も消えて呆然と見上げると、アスマは満足げな顔をしていた。わざと強めの魔術を放ったのだ。
「アスマくん、さっき私の魔術を受け止めきれなかったのが悔しかったんでしょ」
この負けず嫌いめとサクラは心の中で毒づいた。
「お前が未熟なだけだろう。さっさと立て、もう一回やるぞ」
「じゃあ二回ずつ交代しようよ」
自分が未熟なことは理解している。だからこそ足手まといにならないよう防御役に回ったのだが、アスマにそんな遠慮は不要だったようだ。
「ウィアツ!」
「はっ、さっきは少し油断していただけだ、これくらい防げて当然だ」
鼻高々にサクラの攻撃を防いだアスマがどや顔をしている。とても悔しい。
「次はもっと強く撃つからね」
「望むところだ」
思いがけず熱くなり、いつの間にやらクラスメイトがサクラとアスマから距離を置いていたことに、授業が終わる頃に気づいた。しかしニクマルが止めることはなかったので、練習としては合格点だったのだろう。
放課後はホズミと組んで防御壁の練習に励んだ。アスマもウキに付き合って練習している。
「ホズミ、もっと強く撃って大丈夫だよ」
「うん」
ホズミだけに限ったことではないが、人に向けて魔術を撃ちこむのが怖いようで、なかなか攻撃に魔力を込められない者達がいた。もしかしたら今日の授業は、そういう意味での訓練でもあるのかもしれない。
サクラはアスマと早めに撃ち合うことになったので、意外にすんなり克服できたように思う。要は相手に、防げるだけの防御壁を作れるという信頼があればいいのだ。
「心配しなくとも、私の防御壁はアスマくんが大人げなく強めの魔術を撃っても耐えるくらい強いんだから」
「うん、あれはすごかったね。怖くなかった?」
「負けたくないって思いの方が強かったよ」
それにアスマならば受け止めてくれると信じることができた。
それを考えると、ニクマルの采配はありがたかったかもしれない。
「でも最初に打ち込むときはさすがに緊張したよ。もし自分の魔術で怪我をさせたらって思うと怖いもん」
「そっか、サクラでも怖かったんだ」
自分だけではないと知って、ホズミは少し安心したようだ。怖いという気持ちを乗り越えれてしまえば、あとは慣れるだけだ。
「それじゃあ少し強めに撃つよ」
「うん、任せて」
サクラはサクラで、魔力の調整ができるようにならなくてはいけない。自主練習は食堂が閉まるぎりぎりまで続いた。
練習を終えて慌ただしく食堂へ向かうと、大多数の生徒は既に食べ終えたようで、閑散としている配膳口でフヨウに声をかけられた。
「今日は遅かったね、居残り?」
「はい。魔力の調整が上手くいかなくて」
「私はイメージ通りに魔術が撃てないんです」
サクラもホズミも満足のいくところまで練習できず、返事もいまいち元気のないものになった。フヨウはそんな二人を見て、うーんと考え込んだ。
「それはもう反復練習しかないね。繰り返し練習して体に覚えさせるといいよ。ただ漠然と魔術を撃つんじゃなくて、その魔術を使うときに体内の魔力がどう動くか注意するの。慣れてくればそのうち意識しなくとも、イメージ通りに魔力を操れるようになるから」
言われてみれば魔力の動きまでは意識していなかった。ホズミと顔を見合わせて頷く。
「分かりました、明日は魔力に注意してやってみます」
「よし、がんばれ」
そう言ってフヨウは、二人のトレイの皿におかずを余分に置いてくれた。
「ありがとう、フヨウさん」
「ありがとうございます」
急いで、でもしっかり噛んで飲み込む。魔力が減ると、体を動かすのが億劫になるとニクマルが言っていたのを嫌でも実感する。
「サクラ、明日も練習に付き合ってもらっていいかな」
「もちろん、私も調整が全然上手くできてないしね」
フヨウに教えてもらったことも試したい。次こそはアスマに文句をつけさせない。そして勝つ。




