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144. 遠い記憶が見せる夢2

 実力順で組分けをしてからは、軍務についての講義もそれぞれの組ごとに行われるようになった。これはつまりそれぞれ覚えることが違うからだろう。上に立つ者にはそのための心構えを、下で使われる者にはその教育をするためだ。


「学校ってこんな感じなのかしらね」


 着席して講義が始まるのを待っていると、ふとナナミが呟いた。


「みんなで机に座って勉強するんでしょう? どんな感じなのか興味があるわ」

「この中に答えられる奴なんているわけないだろ」


 フヨウが呆れるのももっともで、学校へ通うにはお金が湯水のようにかかるため、富裕層の子どもでなければまずその進路を選べないからだ。

 防衛軍が集めたのは、孤児と貧しい家の子どもばかりである。


「学校にはお弁当を持っていくらしいわよ」

「飯代もただじゃないし、ここみたいにまずい飯を出したところで、学校へ通えるような奴らが食うはずないしな」


 防衛軍の食事は、量は多いがあまり質の良いものではない。

 とはいえ孤児院からやって来たばかりの頃は、満腹になるまで食べれるだけで嬉しかったものだが、皮肉なことに給金をもらい街へ出かけられるようになると、その味が劣っていることに気づいてしまった。


「フヨウのところの孤児院は、食事は美味しかった?」

「まずかった。だけど海が近かったから釣りができたな。こっそり食べたことがバレると、食事を抜かれたうえに罰を与えられたけど」

「海かあ。いいわねえ、私も一度でいいから見てみたいわ」

「ナナミはいろんなものに興味を持つよな」

「そうかしら」

「学校が気になるなら、大人になってから自分で作ればいいんじゃないか」

「学校を? どうやって?」


 突拍子もないフヨウの提案に、一軍の者達の注意が向いたのが気配でわかった。


「ここで偉くなって作ればいいだろ。ナナミもサカイも先生に向いてそうだし」


 後ろの席で二人の会話を聞いていただけなのだが、いつの間にかサカイも仲間に入れられている。


「俺はともかく、姉さんはどうだろうな」

「あら、どういう意味よ」

「だって姉さん、たまにすごく大人げないから。いや、それはそれで子どもと同じ目線で物事を捉えられると言えるのかもしれないけど」

「それよりも、俺はともかくってすげえ自信だよな」


 自分から言った割に、フヨウは呆れたような視線を向けてきた。


「まあ二人でがんばって偉くなって、ついでにあたしには楽な仕事を回してくれたら嬉しいね」

「あら、それじゃあ学校に食堂を作ってそこで働けばいいんじゃないの。フヨウは料理ができるんでしょ?」

「楽かそれ?」

「楽しそうよ」


 微妙に会話がかみ合っていないのは、たぶんナナミのせいだろう。


「フヨウなら美味しい食事を作ってくれるだろうし」

「食べたこともないのに、その根拠のない自信はどこから出てくるんだよ。まったく似た者姉弟だな」


 そこで研修室内に耳障りな嘲笑が響き渡った。


「くっだらねえ。学校なんて作れるわけねえだろうが。そんなもん、なんの役に立つんだよ」


 集められた子ども達は似たような生い立ちではあるが、だからといってみんな仲良しというわけではない。相手によっては仲間意識などないに等しく、一軍だからこそその競争意識は高かった。

 その中でも一、二を争う負けず嫌いな少年が、こちらを見てせせら笑っている。サカイ達より歳が少し上なせいか、いつも偉そうに見下してくる嫌な奴だ。


「あら、そんなことやってみないとわからないじゃない」

「そんなもん作ったところで、お前らに学がつくわけでもねえ、金の無駄遣いだな」

「いいじゃないの、夢を見るくらい。それに心配しなくとも、あなたは誘ってないわ」

「そんなもんこっちから願い下げだ。お前らの仲良しごっこなんて興味ねえよ」


 悪し様に言われてナナミは顔をしかめた。それ以上に言い返さなかったのは、争い事が苦手な性格だからだろう。


「まあ俺が頂点に立ったら、お前らなんてまとめて首にしてやるさ」

「その前にお前が頂点に立てるとは思えねえけどな」


 ナナミの代わりに汚らしい口を封じてやろうと立ち上がりかけたが、ここでもまたサカイはフヨウに先を越されてしまった。


「お前が上に立ったところで誰がついて行くんだよ。猿でも集めて部下にすんのか? まあお前にゃ猿山の大将がお似合いだけどな」

「ああ? 誰が猿だ、やんのかてめえ」

「おお、いいぜ。いつでもかかってこいよ」


 好戦的な光をその目に宿してフヨウが立ち上がった。負けずにサカイも席を立つ。


「待て、フヨウ」

「なんだよ、まさか止めるつもりか?」

「いや、俺の方が先に喧嘩を売るつもりだったんだ。ここは俺が相手をする」


 フヨウがじとりと睨んできた。


「なんでとろくさい奴に譲ってやらなきゃなんねえんだ。こういうのは早い者勝ちなんだよ」

「俺が遅いんじゃなくてお前が喧嘩っぱやすぎるんだ」

「はんっ、なんだよ、仲良しごっこはもう終わりか。どうせならてめえら二人とも相手にしてやるよ。かかってこいや」


 騒ぎの元凶が威勢のよいことを言っているが、既にサカイもフヨウもそちらを見ていない。


「あたしが先だ」

「いや、俺だ」

「あん? だったら先にあんたと決着をつけてやろうか」

「いいだろう、望むところだ」

「おい、俺様を無視すんじゃねえ!」


 一軍では喧嘩など日常茶飯事なので、止める者はいない。ナナミも最初のうちは仲裁しようとしていたが、度重なる騒ぎに止めても無駄だと悟ったようだ。


「やかましい! 廊下まで声が響いているぞ!」


 怒鳴り声と共に研修室の扉が勢いよく音を立てて開いた。入ってきたのは上官のニシヤである。


「お前らは騒ぎを起こさない日はないのか!」

「うるせえくそじじい! こっちは取り込み中なんだ引っ込んでろ」

「誰がくそじじいだ、口の利き方を知らんクソガキどもめ! 暴れるなら外に出てろ!」

「よっしゃ、今日の講習は終わりだ終わり!」

「誰がそんなことを言った! おい止めろ、物を投げるな! 座れ! だから喧嘩はやめろと言ってるだろうが! ああもうやってられるかこんな仕事!」


 しかしながら子どもたちになめられているニシヤでは止めることができず、むしろ騒ぎが大きくなっただけで結局その日の講義はなくなった。




 ナナミがぷりぷり怒りながらも、消毒した箇所に傷薬を塗っていく。


「怪我をするまで喧嘩をするなんて、もう呆れてものも言えないわ」

「何回同じこと言ってんだ。それだけしゃべれりゃ十分だろうが、あいてっ」


 包帯を巻いた上からナナミがペシリと傷口を叩いた。


「なにすんだよ」

「傷が残ったらどうするの」

「べつにそんなこといちいち気にしねえよ、あいてててっ」


 容赦なくペシペシ叩きながらも、ナナミはむっつり黙った。本当は女の子なんだから気をつけろとでも言いたいのだろうが、フヨウがその手の言葉を嫌っているため、代わりに叩いて抗議しているのだろう。

 女の子扱いされたくないのも、顔を褒められるのが苦手なのも、孤児院で嫌な目に合ったのだろうと簡単に想像がつく。


 ナナミもフヨウとは系統が違うが、いわゆる”かわいい”という形容詞の似合う容姿なため、同年代の男どころか大人にも目を付けられていた。もちろんそんな不埒な奴らはサカイが排除してきたが、一人でいたがるフヨウに頼れる相手がいたとは思えない。


「まったく、傷より手当ての方がいてえっつーの。あたしよりも弟の傷を診てやれよ」

「俺はフヨウほど怪我してないよ」

「嘘つけ」


 フヨウの突っ込みと同時に、ナナミがサカイの腕の傷に消毒液をかけた。


「ぐぅっ……全っ然平気だよ」

「その顔のどこが平気なんだよ」

「サカイは意地っ張りなのよ」


 女子の呆れた視線が突き刺さるが、口が裂けても痛いなどとは言いたくない。


「ところでフヨウ、本当に学校なんて作れると思う?」

「偉い奴がやるって言ったら下は従うしかないんだから、出来るかどうかよりも、やるかやらないかだろ」


 単純なナナミは納得しかけているが、そんな簡単なことではないはずだ。


「予算はどうするんだ」

「あ、そうよね」

「そんなもん、今上にいる奴らの首を切れば作れるさ」


 フヨウがにやりと笑った。しかしまだ穴はある。


「それだとせっかくのし上がったとしても、自分の首を切らなきゃいけなくなるじゃないか」

「じゃあいらなそうなのだけ切って、足りない分は他のところから持って来いよ」

「具体的には?」

「そこまで知るか。あたしよりもお前らの方が頭がいいんだから自分で考えろ」


 たしかにそれは一理ある。

 学校を作るなんて馬鹿げた話だと思ったが、やりようによっては叶えられない夢ではなさそうだ。


「まずは防衛軍でのし上がるのが先だな」

「おう、がんばれよシスコン」






 ―――――見慣れた天井が視界に入り、体を起こすと頬に温かいものが伝った。

 なにか夢を見ていたような気がするが思い出せない。ただ無性に胸が締め付けられる。

 窓にかけられたカーテンの向こうはほんのり薄暗く、そろそろ起きる頃合いだ。


 制服に着替えて食堂へ向かうと、既に秘書がやって来ていた。


「おはようございます。さっそくですがイナセ・ドラセナがオリベへ入りました」

「フヨウとの接触は?」

「まだ確認できておりませんが、時間の問題かと」

「例の装置の生産状況はどうだ」

「順調です。年明けには目的の数を揃えることができるでしょう」


 間もなく舞台が整おうとしている。長い時間をかけてしまったが、すべての終わりはオリベでと決めている。


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