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014. 真面目さと苦手意識

 ホズミが生まれ育った町から出るのは、養成学校へ向かうのが初めてのことだった。相乗り馬車に一人で乗って、少しの緊張と共にオリベの街までやって来た。


 寮で同室になったサクラは気さくでよく笑う女の子だった。初日から孤児院育ちだと教えてくれたが、話した場所が人の多い食堂だったため、周りに聞かれていなかったかホズミの方が心配になってしまった。

 ホズミ自身は孤児に偏見があるわけではない。だが、世の中には差別をしようとする人が少なからずいる。案の定、後から孤児だと見下すような輩が現れたが、サクラは驚くほど堂々と言い返して、むしろ相手の方がたじろいでいた。

 強いなと思った。その境遇にままならないことだってあっただろうに、そんなことはおくびにも出さず、笑顔で実力が認められたから入学したのだと言い切る。その強さに惹かれた。


「ごめんね、私の練習に付き合わせて」

「気にしなくていいよ。私にとっては日課だし」


 ホズミは入学三日目にして授業に躓いてしまっていた。勉強にしても家事にしても、覚えは早い方だと自分では思っていたが、魔術に関してはそう上手くは行かなかった。

 今日の魔術基礎の授業で習った、全身に魔力を行き渡らせるという課題がなかなか達成できず、放課後に居残りとなってしまったのだ。しかも放課後だけではまだ習得できずに、部屋に戻ってからも、サクラに教えてもらいながら練習を続けている。


「サクラは毎日これをやってたの?」

「うん。そんなに長い時間じゃないけどね」


 体の中の魔力を感じるくらいはできるが、それを操れと言われても、どうすれば動かせるのかいまいち理解できない。


「少しずつ魔力を流すようなイメージでやるといいよ」


 目を閉じて集中する。体の中心に魔力が集まっていることは分かる。それを少しずつ流す。そうイメージしているのに上手く動いてくれない。


「うーん、私の教え方が合わないのかな。明日、アスマくんに聞いてみようか」

「教えてくれるかな」

「アスマくんは口が悪くて素直じゃないけど、根は優しいから大丈夫だよ」


 実はホズミは、きちんとアスマと話したことがなかった。

 アスマは護民官の息子で、普通に実家で暮らしていたら、まず関わることがない立場の人間だ。本人の雰囲気もあいまって、自ら話しかけるのは躊躇してしまう。複数で会話をすることはあっても、それはサクラやウキがいてのことだ。

 育ちが良いのはウキも一緒だが、ウキは物腰が柔らかく、話しかけにくいことはない。一方アスマといえば見るからに気位が高く、それをものともせず話しかけられるサクラは本当にすごいと思う。


「もしかしてホズミ、アスマくんのことが苦手?」

「ううん、そんなんじゃないよ。ただ友達じゃないってはっきり言われてるし、断られそうだなと思って」

「そのときはウキくんを頼ろう」

「ウキくんも居残り組だったけど、習得できてなかったよ」

「そっか。でも一緒に練習してみれば、また違う解決方法が見えてくるかもしれないよ」


 前向きなサクラらしい考え方である。

 今日の課題はきっと初歩の初歩だ。そこで躓いてしまったことで、ホズミは既に自信を失いかけている。もしこれが原因でこの後の授業についていけなかったら、最悪は退学になる可能性だってある。明日こそはできるようにがんばらないといけない。






 入学初日と同じように窓際の後ろから二列目の席に座ると、アスマとウキがやって来てその後ろに座った。


「おはよう、今日は二人の方が遅かったね」

「こいつのニンジン嫌いのせいだ。まったく、ちまちまと口に運んだりするからもっと嫌になるんだ」


 アスマが毒づくとウキは難しい顔で首を振った。


「だってニンジンが細かく切られていたんだから仕方がないだろう」

「それのどこが仕方がないんだ。他のものと一緒に食べてしまえばいいものを、避けて残したりするから余計嫌になるんだ」


 今朝のメニューでニンジンと言えば、千切りの状態でサラダに混じっていたことを思い出す。あれを一本一本分けていたのだとしたら、気の遠くなるような作業だ。なんだかんだ言いつつ付き合うアスマは、サクラの言う通り根は優しいのだろう。


「ウキくんは筋金入りのニンジン嫌いなんだね」

「そうなんだよ」


 サクラに笑われても、ウキは眉間に皺を寄せて頷いている。ホズミもピーマンが苦手なので気持ちは分かるが、今はそれよりも課題の魔力配分に意識が向いてしまう。


「ホズミさん、なんだか浮かない顔をしてるね。どうしたの?」

「実は、昨日のニクマル先生の授業の課題が上手くいかなくて」

「ああ、魔力の配分ね。僕もまだコツが掴めてないよ」


 その割にはウキはあっけらかんとしている。こういう性格だから気難しそうなアスマと友人になれるのかもしれない。しかしこれは良いタイミングで話題が出せた。このチャンスを逃してはいけない。意を決して話しかけた。


「アスマくんは問題なくクリアしてたよね。何かコツってあるのかな」


 アスマに真っすぐ見据えられたのは初めてかもしれない。少し緊張してしまう。


「体内の魔力は感じることができるのか?」


 ホズミの質問に応じてくれた。おもわず前のめりに返事をした。


「うん。お腹の辺りに集まってるなっていうのは分かるの」

「それは集まっているから分かりやすいというだけだ。実際は腹だけじゃなく、頭や胸、手足にも魔力は存在する」

「そうなの? じゃあ魔力をコントロールして体全体に行き渡すっていうのは、どういうことなの」

「集まっている魔力を散らすんだ。ただ散らすんじゃなくて、平均的に行き渡るようにな」


 それが魔力を流すということなのか。


「腹の魔力を認識したら、そこから意識を広げていってみろ」

「うん、分かった」


 昨日と同じように体内の魔力を感じて、認識できる魔力の範囲を広げていく。薄っすらとだが、手足の先にもたしかに魔力はある。


「感じられたら少し動かしてみろ。急ごうとするな。ゆっくり端から真ん中へ、真ん中から端の方へ流していく感じだ」


 それは不思議な感覚だった。これまで感じたことのない魔力の動き、手足の先に力がみなぎってくる。


「できた、かも」


 あまりにもあっさり会得できたことに拍子抜けした。呆然と自分の手の平を見つめてしまう。


「一度コツを掴めばもうできるはずだ」

「うん」


 昨日の苦労はなんだったのか。アスマを見上げた。


「ありがとう、アスマくん」

「べつに」


 つんとそっぽを向かれた。サクラの言う通り、アスマは素直ではないが不親切なわけでもない。


「えー、アスマってば僕が聞いても適当なアドバイスしかくれなかったのに、ホズミさんには親切なんだ」

「お前は言っても理解しないからだろうが」

「そんなことないよ、失礼だな」


 ウキの抗議を、アスマはうるさそうに払っている。


「サクラもありがとう。魔力を流すっていう感覚が分かったよ」

「いやー、いいとこはアスマくんに持っていかれちゃったけどね」


 おどけたようにサクラが笑った。


「初めから授業につまづいて、どうしようかと思っちゃった」

「真面目だなあ、ホズミさんは」

「おい、ウキは笑ってる場合じゃないだろ。できてないんだから」


 アスマの突っ込みにウキが大きく頷いた。


「もちろん今日の放課後も練習するよ。アスマ、僕にも教えてね」

「断る。さっきの説明で分からないならもうあきらめろ」

「そう簡単にあきらめられないよ。ホズミさんも復習したいでしょ?」

「え、うん、でもアスマくんはもうできるのに、放課後に付き合わせるのは悪いよ」

「じゃあ昼休みにしよう。それならいいだろ、アスマ」

「全然良くない」


 憮然とアスマが答えたところで、ホズミ達の前に座っていた男子が振り返った。


「なあ」


 話し声がうるさかったかもしれないと思ったが、予想とはまったく違う言葉をかけられた。


「その練習、俺も混ぜてくれないか。全然上手くいかなくてさ」


 そういえば昨日の放課後は彼も一緒に居残っていた。少なくとも覚えたばかりのホズミは教えられるような立場ではないので、アスマを振り返ると、サクラとウキも同様に視線を向けていた。


「なんで俺を見るんだよ」

「アスマくんの教え方が上手いから」


 おもわずホズミが答えると、サクラとウキがなぜか笑った。


「昼休みならいいんじゃないの、アスマ」

「そうだね。私も付き合うし」

「お前がいたところで役に立つとは思えないな」

「うん、私だけの説明じゃ分かりにくいかもしれないから、補佐ってことで」


 サクラがアスマの嫌味をさらりとかわす。前の席の男子もホッと胸を撫で下ろしていた。


「助かったよ、ありがとな」

「だから俺は引き受けるなんて一言も」

「じゃ、早めに昼食をとって教室に集合ね」


 抵抗するアスマを無視して、ウキがさらっとまとめてしまった。怒られても嫌味を言われても動じないサクラもすごいが、何気にこの人が一番の強者かもしれない。


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