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134. ニノマエの友人

 サクラ達が学校へ戻ると校門にニクマルが立っていた。カノが帰っているか尋ねると、さっき戻ったところだと教えてくれて、ひとまずはほっとした。

 しかしニノマエがすぐ謝りに行きたいと言い出し、それを止めるのには一苦労した。

 そもそも女子寮にニノマエは入れないし、カノだってニノマエの顔を見たくはないだろう。これはサクラやホズミだけではなく、アスマ達も同じ意見だ。しかしニノマエには伝わらない。


「どうしてカノさんに会いに行っちゃ駄目なの?」


 普段は飄々となんでもこなすニノマエが、迷子の子どものような顔をしている。しかしカノのためにもここは止めるべきだ。


「もうはっきり聞きますけど、ニノマエ先輩はカノ先輩を好きなんですか?」


 そう、問題はそこだ。さすがはホズミ、ずばりと切り出してくれた。


「うん、好きだよ」


 あっさり認めたニノマエだが、それは恋の好きなのかという次なる疑問が沸いてくる。


「でもニノマエ先輩には婚約者がいるんですよね、将来はその人と結婚するんじゃないんですか?」

「そうだよ」

「じゃあ婚約者以外の人を好きになるのは不誠実だと思います」

「どうして?」


 サクラにしてみれば、ニノマエの思考こそがどうしてだ。

 ここで意外にもウキが手を挙げた。


「あー、ちょっといいかな、ホズミさん」


 そんな前置きで始まった説明はサクラやホズミのみならず、タケとハッカクも顔をしかめるものだった。


「婚約といっても本人の意思に関係なく結ぶこともあると思うんだ。もし家同士の繋がりを深めるのが目的だとしたら、結婚は手段でしかないんだよね。だからその、跡継ぎを作った後はそれぞれ自由に恋人を作ることもあるっていうか、いや、べつに僕がその考えに賛同しているわけじゃないよ」


 アスマだけはそういう事情を知っていたようで、表情に変化がない。


「ニノマエ先輩はたぶん家の意向で婚約したんじゃないかな」

「もしそうだとしても、それはカノ先輩を傷つける理由にはならないだろう」


 タケの意見にサクラは全面的に同意する。


「どうしてカノさんが傷つくの?」


 またどうしてだ。


「少し前のお前を見てるみたいだな」

「いくらなんでもあそこまで酷くないでしょ」


 こんなときでもアスマの嫌味は健在である。しかし少し前ということは、今は違うということだ。サクラは前向きに受け止めることにした。


「中途半端なんですよ、ニノマエ先輩の態度は」


 今度はアスマがニノマエに向き直った。

 それこそ少し前のアスマなら、自分には関係ないとさっさと立ち去ってしまいそうなものだが、こうしてニノマエと話そうとするなんて変化を感じてしまう。


「話を聞くかぎりサザンカ先輩は、ニノマエ先輩から好意を向けられていると思っていたはずです」


 いやニノマエ的には実際に向けていたのだろうから、これはカノの勘違いではない。


「もしサザンカ先輩がニノマエ先輩の気持ちを前向きに受け止めようとしていたのだとしたら、ニノマエ先輩と恋人になるという期待を抱いていたんじゃないでしょうか」

「恋人……」

「その気になっていたのに、自分の勘違いだったなんてそりゃ逃げ出したくもなるでしょう」


 ようやく理解したのかニノマエは黙ってしまった。


「ニノマエ先輩は、サザンカ先輩を愛人にしたいんですか?」

「アスマくん!」


 さすがにその質問はあんまりだ。


「違うよ、僕は……カノさんには笑っていてほしいだけなんだ」


 それはきっとニノマエの本心だったのだろう。切なそうに笑ったニノマエに、いつもの軽薄さは見えなかった。






 次の日の朝、カノはいつも通りの時間にやって来た。薄っすらと瞼が腫れていたが、何事もなかったかのように朝練は始まった。


「サクラ、本当に強くなったね」

「レモン先生とコゴロウマル先生のおかげです」


 最近ではフヨウが直接サクラの相手をすることもあるが、それはサクラが一方的に攻撃をしかけ、フヨウはそれを避けるだけという不思議な授業である。悔しいことに攻撃が当たったことは一度もない。


「まったくタケといい、今年の一年生は粒ぞろいよね」

「カノ先輩から見ても、タケくんは強いんですか?」

「そうね、最近は特に力をつけてきたわね。もちろんそう簡単に勝たせてなんかやらないけど」


 サクラは夏休みの練習以来タケと手合わせをしていないが、きっとあの頃よりも強くなっているのだろう。魔術が使えるようになったらまた相手をお願いしたいものだ。


 ひとしきり汗を流したところでカノと水道で顔を洗っていると、魔導士科二年のナスが近づいてきた。

 ナスはいつもニノマエと行動しているのだが珍しく今朝は一人である。


「おはようございます」

「ああ」


 生返事をしたナスの視線はカノに向けられている。


「なによ」

「瞼が腫れているみたいだな」


 カノの顔が赤くなった。

 昨日の出来事をニノマエから聞いたのかはわからないが、サクラもその言葉にどきりとしてしまった。


「べつに。ちょっと遅くまで課題をしてただけよ」

「課題ねえ」


 心配しているのとはまた違う雰囲気で、ナスはカノを無遠慮に眺めた。なぜだろう、嫌な感じがする。


「てっきりニノマエに振られたからかと思ったけど」

「なんで私があいつに振られなきゃいけないのよ」


 どうしてナスがそんなことを言い出したのかわからないが、カノは間髪入れずに言い返した。


「そうだよな、君はニノマエのことが嫌いなんだもんな」


 ナスとはこんな人だっただろうか。

 いつもニノマエのフォローをしている印象しかなかったが、これではまるでカノに喧嘩を吹っ掛けているかのようだ。


「嫌いなんだろう?」

「あなたには関係のないことよ」


 ナスは感じ悪く鼻で笑った。


「あいつは絶対に家に逆らわない。だから君もおかしな希望は持たないことだ」

「ナス先輩!」


 どうしてカノ先輩がそんなことを言われなくてはならないのか。おもわず声を荒げると、ナスはサクラを睨んできた。


「言う相手を間違ってませんか? カノ先輩が近づいてるんじゃなくて、ニノマエ先輩がカノ先輩に近づこうとしているんじゃないですか」

「サクラ、落ち着いて」


 ナスをおもいきり睨みつけると、カノがそっとサクラの腕に手を当ててきた。


「ちっ、生意気な一年生だな。これだから躾のなっていない孤児は嫌なんだ」


 思いがけない暴言にサクラは殴られたような衝撃を受けた。

 これまでナスと話すときには必ずその場にニノマエがいた。ナスが一人でサクラに絡むことはなく、サクラもナスのことをニノマエの保護者のように思っていた。

 ニノマエは空気の読めないところはあるにせよ、サクラにもホズミにも壁を作ることはなく、基本的には親切である。だから一緒にいるナスも同じなのだと思い込んでいた。でもそれは違ったようだ。


「私にはあなたの方がよっぽど人として未熟に見えるけど」


 カノは声を荒げるでもなく、真っすぐにナスを睨み返した。


「ふん、弱者の庇いあいか、気持ちの悪い」

「そう思うなら二度と話しかけないでちょうだい。私にも、この子にも」

「言われずともそうするさ」


 ナスは踵を返して去っていった。あんなにも感じの悪い人間だったなんて、自分はこれまでなにを見ていたのかとサクラは呆然としてしまった。


「ごめんね、サクラ。巻き込んじゃって」

「カノ先輩……」


 カノの方がよっぽど辛いだろうに、それでもサクラを気遣ってくれる。


「あいつ、くっそムカつくわよね」

「え?」

「性格が悪いのはわかってたけど、あそこまで露骨に言ってくるとは思わなかったわ」

「怒ってるんですか?」

「当たり前でしょう。あそこまで言われて怒らない奴なんていないわよ」


 よく見れば顔は笑っているがカノの口元はひきつっている。


「カノ先輩は、ナス先輩がああいう人だって知ってたんですね」

「そりゃあね。なんだかんだで話す機会はサクラより多いもの」


 ニノマエがカノに話しかける度に、ナスは快く思っていなかったということだろうか。サクラはまったく気付かなかった。


「あいつの言うことなんか気にしちゃ駄目よ、サクラ。あんな奴の言葉に踊らされて悩むなんて、時間の無駄なんだから」

「はい」


 サクラも心から賛同する。

 こちらを傷つけようとしている相手の言葉に捕らわれてはいけない。久々に自分に言い聞かせるはめになった。


「さ、部屋に戻って登校の準備をしましょう」


 カノだって心の内ではきっと深く傷ついているだろうに、それを表には出さず笑顔でサクラを気遣ってくれる。強くて優しい人だ。だからこそニノマエもカノに魅かれたのだろう。


 ここで名前を出すほどサクラは無神経ではないが、どうしてニノマエはナスのような男と付き合っているのかが気になった。

 ナスが本性を隠しているのか、ニノマエが気付いていないだけなのか、二人の考えが合うようには思えない。


 そもそも、なぜナスはわざわざカノに声をかけたのだろうか。そうしなければならない理由があったとしたら、まだサクラの気付いていないなにかがあるのかもしれない。


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