130. 押しの強い男と弱い男
今日でランタン係の仕事も終わりだ。みんなで作ったランタンをオリベの街へ飾り付け、明後日からは収穫祭が始まる。
商店街の方はそれぞれのお店で作ったものを飾るらしく、運河沿いの歩道がオリベ養成学校に割り振られた持ち場だ。
ホズミもサクラと組んで、街灯へランタンを取り付けつつ運河を北上している。
遠くに見える運河の端には焚火台が作られており、アスマがそこで作業をしているはずだ。
「カノさん、そこ足場が悪いから付けづらいでしょ。僕が付けるよ」
「これくらい平気よ、きゃっ」
「ほらね」
脚立の上でバランスを崩したカノをニノマエがさっと支えた。
「どうもありがとう! あなたに話しかけられなければ転ぶこともなかったんだけどね!」
昨日ランタン係を騒然とさせた二人は、周りから多様な感情のこもった視線を向けられてはいるが、昨日のように直接言葉をかけられることはなかった。内心はどうであれ、みんな温かく見守ることにしたらしい。
「ホズミ、見すぎだよ。ランタンちょうだい」
「ごめんごめん、はい」
脚立の上に立つサクラに向けて、下からランタンを差し出した。
ホズミはニノマエとカノの恋の行方が気になって仕方がないのだが、サクラはそうでもなさそうだ。むしろニノマエに振り回されるカノに同情している。
ランタンを付けて移動してを繰り返していると、ハッカクと共に作業していたツツゴウが近づいてきた。
「ツキユキ、脚立は危ないから俺がランタンを付けよう」
ホズミの見立てでは、ツツゴウはサクラを異性として意識している。
だから、これはもしかしてニノマエに触発されたんじゃ……などと浮足立ちかけたが、サクラに恋の季節はまだ早かった。
「高いところは得意だから大丈夫。なんなら木の上にだってつけられるよ」
そうじゃないでしょ。喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。
ツツゴウもツツゴウで、しょんぼり肩を落としてハッカクの元へと戻ってしまった。はっきり言って押しが弱い。
その後も何度かツツゴウはサクラに話しかけていたが、ホズミから見ても要領を得ない話ばかりで、サクラを困惑させるだけだった。
「なんか今日のタケくん、おかしくない?」
サクラの問いには無言で頷いた。余計な差し出口を挟むのは野暮というものだ。
しかしこうなればツツゴウがサクラに好意を抱いていることは間違いない。たぶん収穫祭にでも誘いたいのだろうが、なかなか勇気が出ないといったところか。
「意外にヘタレなんだ」
「ホズミ? なにか言った?」
「ううん、なんでもない」
独り言を心の中にしまい込んで作業をしていると、またしてもツツゴウがやって来た。
「ねえタケくん、なにか私に言いたいことがあったりする?」
「え、ああ、うん……」
今度はサクラから尋ねた。ようやく話が進みそうだ。ホズミは心の中で、よしとこぶしを作った。
「その、明日の前夜祭なんだがよかったら一緒に」
「いたっ」
いいところなのに邪魔が入った。しかしその人物の顔を見て、ホズミの心はきび嵐のように熱く踊った。
「なにするの、アスマくん!」
「ぼーっと突っ立ってるから、目を覚ましてやったんだよ」
まさかの恋敵の登場である。実際サクラのことをどう思っているかはまだわからないが、このタイミングで現れるとはさすがはアスマ、わかっている。
「ぼーっとなんかしてないもん。もうっ、髪引っ張らないでよ」
しかし背後に立たれたサクラはともかく、タケからはアスマの姿が見えていた気もするのだが、それにすら気付けないほどいっぱいいっぱいだったのだろうか。親友を任せるには少しばかり頼りない気がする。
「ごめんね、タケくん。なにか言いかけてたよね。明日の前夜祭がどうかしたの?」
サクラはきりがないと思ったのかアスマとの会話を一旦切り上げて、タケに話を戻した。
「ああうん、その、よければ前夜祭の笹舟流しに一緒に行かないかと思って」
「断る」
タケはサクラを誘ったはずだが、なぜかアスマが返事をした。ホズミは今日何度目かの奇声を心の中で発した。表情を引き締めるのに一苦労である。
本来ならオリベ養成学校の門限は十八時なのだが、明日だけは学校側も生徒に配慮し、一時間だけ門限を延長してくれるそうだ。つまり少しだけ前夜祭に参加できるわけで、これはもうデートのお誘いで間違いない!
「俺はツキユキに言っているんだが」
「明日は夕方からクラス委員の仕事があるんだ。そんな時間なんてあるか」
「え、笹舟流しに行けないの?」
そういえばクラス委員は笹舟に乗せる供物の準備があると聞いた。ホズミもサクラと一緒に行けると思っていただけに、アスマの言葉にショックを受けたが、そもそもツツゴウの誘いをサクラが受けるのであれば別行動になってしまう。
「時間的に笹舟を流すだけで門限ギリギリだな」
「べつにギリギリだろうが行けるんだから問題ないだろう」
しかし目下の問題は、目の前で繰り広げられる 言い争いだ。
二人がサクラを取り合って喧嘩しているなんてどうしよう、口元がにやけてきた。
「どうしたの、二人とも」
サクラはなぜ二人が睨み合っているかわかっていないようだ。それがまたホズミにとってはたまらない。
先日読んだばかりの恋物語に、鈍い女の子を取り合う男の子の描写があって、まさか現実で見られるとは思わなかった。これからの展開に胸も高ぶるというものだ。
「もしかしてノウゼン、君もツキユキを誘おうとしていたのか」
「お前と一緒にするな、むっつり」
「なっ! 誰が!」
タケとは違ってアスマに焦る様子はない。言葉での応酬はアスマに分がありそうだ。というか頭の良いアスマに口で勝つのは大人でも難しいだろう。ニクマルですら手こずることがあるのだ。
ところがそこで、睨み合う二人の元へ新たな人影が差した。
「このクソガキ、ようやく見つけたぞ」
防衛軍の制服を着たガタイの良い男がこちらへ近づいてきて、サクラの前に立ちはだかった。その後ろには仲間らしき男達もいる。
「養成学校の制服にその髪色、間違いない。この間はよくもやってくれたじゃねえか、おかげでこっちは減給処分にされたんだからな」
サクラは男の言葉に身に覚えがあるようで、強気に睨み返した。
「処分が下されたのは悪いことをしたからでしょう」
そういえばこの前、老爺の家に押し入った不届き者の話をしていたが、まさかこの男達がそうなのか。
「なんだお前、こんなガキに負けたのか」
「うるせえ! あのときは酒が入っていたせいだ」
仲間に笑われて男が怒った。どうやらサクラとアスマに倒されたという酔っ払いで間違いなさそうだ。
「素面でこんなガキどもに負けるわけねえだろうが」
忌々しそうに男が吐き捨てた。
「サクラ」
サクラの制服をそっと掴んだ。
ホズミはどちらかといえば荒事が苦手である。もちろん防衛軍に入ったからには、そんなことは言っていられないだろうが、大の男が声を荒げている状況に緊張しないわけがない。
しかしそんなホズミとサクラの前に、今度はアスマとツツゴウが背を向けて立った。
「なんだ、無駄に重いその体を運んでやった俺に挨拶はなしか。いくら酒が入っていたとはいえ、そいつの髪色しか憶えられなかったなんて気の毒なくらいお粗末な頭だな」
「防衛軍の制服を着ているところを見るとあなた方は職務中なのでしょう。どんな事情があるにせよ、職務中に私闘を、しかも子ども相手にしようだなんて。およそ見過ごすことはできないな」
サクラを子どもと称するならツツゴウだって子どもだろうが、そんなことはさておき、これはまさに悪人からヒロインを守るヒーローさながらの図。しかも先ほどまで争っていた二人が共闘する流れである。
「事情はわからないけど、女の子に手を出そうとする男はくずだろ」
ハッカクもやって来て隣に並んだ。
ホズミの緊張はいとも簡単に吹っ飛び、代わりに好奇心が前に出た。
相手は防衛軍の先輩にあたるうえに、人数も八人と多い。普通に考えれば不利な状況だろうが、周りには他の生徒もいるし、コゴロウマルもそう遠くない場所にいるはずだ。きっとこんな男達などどうとでもするだろう。
「ノウゼン、君は下がっていた方がいいんじゃないのか。校外で魔術はご法度だろう」
「はんっ、そっちこそ優等生が校外で喧嘩するつもりか?」
おまけにこの二人はそれぞれの科の首席で、こんな状況でも張り合い続けている。
ホズミの心は既に恐怖よりも興奮がその大部分を占めていた。




