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118. 消えたニガウリ

「なんかニクマルがさー、サクラに厳しすぎるってうるさいんだよねー」

「難癖をつけるのが好きな人ですからね。無視でいいんじゃないですか」

「だよねー、ニクマルだし」

「そうそう、ニクマル先生ですからね」

「ということで今日は鬼ごっこをします」


 なにが”ということで”なのかはわからないが、フヨウとコゴロウマルとの鬼ごっこなんて、やるまでもなく結果が見えている気がしてならない。


「サクラは追いかけるのと追いかけられるの、どっちがいい?」


 どちらを選んでも果てしなく学校内を走り回ることになるだろう。まだマシなのはどっちだ。考えること数秒、サクラが答えを出すよりもフヨウの決断の方が早かった。


「じゃあ私とコゴロウマルが鬼役をするから、サクラは逃げる役ね」

「まだ考え中で」

「遅い、時間切れ」


 フヨウの授業は精神面でも鍛えられる。いや、むしろ精神面こそが鍛えられる。


「ルールは他の生徒に迷惑をかけない、学校の敷地内から出ない、立ち入り禁止の場所には入らない、建物内への逃げ込み禁止。じゃ、十を数えたら追いかけるから」

「百! せめて百にしてください」

「じゃあ間をとって二十」


 全然間をとっていないが、抗議をしたところで覆る可能性は低い。サクラは脱兎のごとく走り出した。


「そうそう、捕まったらレモンの作った薬草茶の試飲が待ってるぞー」


 背後からかけられた言葉は、ひとまず聞こえなかったことにしよう。




 逃げる最中に校庭で授業を受けているクラスを見つけた。あの中に混じるのは無理にしても近くに隠れれば気配をごまかせるかもしれない。


 教えていたのはレモンで、木陰から除くサクラに気づいた様子だったが、訳ありと察してくれたのか見逃してくれた。心の中でお礼を言って木に登る。ここならばすぐに見つかることはないだろう。


 授業を受けているのはタケのクラスだ。荷物を背負った状態での走り込みをしていて、レモンの合図で速度を変えている。これはかなり疲れそうだ。


「三分休憩!」


 走っていた騎士科の生徒達がその場で立ち止まった。誰も背中の荷を下ろしたり座り込んだりしないところを見ると、そういう決まりなのか、座ってしまうと立ち上がるのが辛くなるのか、授業が始まって間もないというのに既にみんな汗だくだ。

 レモンがサクラの隠れている木の方へとやって来た。


「今日はなにをしているの?」

「フヨウさんとコゴロウマル先生と、鬼ごっこです」

「どっちが鬼?」

「二人とも鬼です」

「それはまた厳しいわね……」


 レモンが口元に手を当てて考え込んだ。なにか秘策でも教えてくれないだろうか。


「レモン先生、少しよろしいですか。ん?」

「え、ツキユキさん?」


 駆け寄ってきたクラス委員のタケとハッカクが、木の上にいるサクラの存在に気づいた。もう笑ってごまかすしかない。


「なんでそんなところに」

「ちょっと、フヨウさんとコゴロウマル先生に追われてて」


 二人の瞳が驚きに見開いた。言い方がよくなかったかもしれない。


「あ、ただの鬼ごっこなんだけどね。……あの二人が鬼だってことを除けば」


 おもわず付け足してしまったのは、遊んでいると思われないためだったが、二人からは予想以上に同情的な視線を向けられた。


「コゴロウマル先生に追いかけられるなんて、それはもう狩りと言っても過言じゃないな」

「やめて、怖いこと言わないで」


 ハッカクの冗談が冗談に聞こえなくて怖い。

 タケはきょろきょろと辺りを見回して、「あっ」と遠くの空を見上げた。


「フヨウさんだ」

「え、嘘」


 タケの視線を追うと、フヨウが屋上の端に立ってこちらを見ていた。


「見つかった!」

「うん、見いつけた」


 いつの間にか側までやって来ていたコゴロウマルが木陰から顔を覗かせた。


「ひいいっ!」


 悲鳴をあげたのはハッカクで、レモンもびくりとしたのが目の端に映った。

 フヨウが屋上からサクラの位置を教えたのかもしれないが、気配を感じさせないなんて、敵も本気のようだ。サクラはすぐさま木から飛び降りて走り出した。


「あっはっは、どこまで逃げ切れるかな」


 怖い怖い怖い、笑顔が怖い!


「健闘を祈る!」

「ありがとー!」


 タケの声に振り返る余裕などなく走りながら答えた。

 すると不思議なことに先ほどまで屋上にいたはずのフヨウが突如として目の前に現れた。


「つーかまえた」

「え、な、どこから」

「あーあ、僕が捕まえるところだったのに残念だなあ」


 コゴロウマルも追いついてきてサクラは呆気なく捕まってしまった。


「まあいいや、次はもっとねばって逃げてね」

「次?」

「うん。じゃ、また二十数えるから、はいがんばって」


 コゴロウマルに背中を押され、サクラは反射的に走り出した。コゴロウマルの数える声が校庭に響く。

 まさかとは思うが授業が終わるまでサクラは逃げ続けなくてはいけないのだろうか。




 最終的にサクラは二時間で十八回ほど捕まり、授業が終わる頃には体力を使い切っていた。

 ハッカクの狩りという表現はまさしく的確で、フヨウとコゴロウマルは協力して追い詰めるようなことはしなかったが、どちらも大人げないほどにサクラを追いかけ回した。


「あれが実戦だったら、サクラは十八回捕虜になってたな」


 放課後に出頭を命じられ、気が重いままに生徒指導室へ赴くと、そこにはフヨウとコゴロウマルとレモン、そして深緑色の液体が待っていた。薬草茶というだけあって、たしかに薬のような匂いが室内に充満している。


「一応、食べられる材料しか使ってないから大丈夫だよ」

「一応……」


 液体は火にかけているわけでもないのに、なぜかポコポコ沸いている。作りたてだからだろうか、たぶん違うな。


「フヨウさん、生徒を脅かさないでください。薬草学のナギ先生にもしっかり確認しましたからなんの問題もありませんよ」

「でも世の中には混ぜることで反応を見せる植物もあるからね」


 もっともらしく頷いているコゴロウマルは、今回は飲まなくてすむと気楽そうだ。


「おい、なんで俺の前にまで置かれてるんだよ!」

「担任だから?」

「関係あるか!」

「それを言ったら俺はもっと関係ありませんけどね」

「どうして俺まで……」


 なぜかニクマル、アスマ、タケもこの場に呼び出されて、レモン特製薬草茶が振舞われている。


「ちょうどあんた達に話があってね。まあお茶でも飲みながら話そうかと思ってさ」

「お茶……?」


 アスマの呟きに、サクラもタケも緑の液体を見つめた。これがお茶だというのなら、その辺の雑草を煮出してもお茶と言えそうだ。


「捕まったのはお前だろう。俺の分までお前が飲め」


 無情にもアスマがカップをサクラの方へよこしたので、すぐさま押し返した。


「それは違うよ、アスマくん。これは私が鬼ごっこに負けた分、そっちはフヨウさんがアスマくん達のために用意した分なんだから」


 すべてが自分のせいだと思うのは驕りだと、モカラの退学騒動の際にいろんな人から諭されたので、サクラはさっそく教訓として方便に取り入れてみた。


「そもそも十八回なんて捕まりすぎなんだ。適当に隠れていればよかっただろうが」

「だってフヨウさんなんて、屋上から探して、見つけたら飛び降りて追いかけてくるんだもん。あんなの逃げ切れないよ」


 まるで宙を駆けるように走っていたフヨウはなんらかの魔術を使っていたはずだが、その正体をまだ教えてもらっていない。


「そんなことが魔術でできるのか?」


 アスマは相変わらずクラスメイトにでも話しかけるようにフヨウに尋ねた。教師達の訝し気な視線に気づいていないことはないだろうが、今さら態度を変えるつもりもなさそうだ。


「風、いや土魔術か?」

「ふっふっふっふっふ」


 フヨウは笑って答えない。代わりにニクマルが答えた。


「言っておくがその技は養成学校では教えないから、卒業したら自分達で勝手に調べて覚えろ」

「えっ、そうなんですか」

「職務怠慢ですね」

「なにが職務怠慢だ。お前らみたいな未熟な奴らができる技じゃねえんだよ」

「だったらニクマル先生はできるんですか」

「当たり前だ」


 アスマの生意気な態度に憤りつつも、得意げに答えるニクマルは少し大人げなく見える。


「私も少しなら使えますよ」

「レモン先生もですか?」


 タケが驚いたように声を上げ、続いてコゴロウマルを見た。


「僕はできないよ。興味もないしね」

「それは練習すれば騎士科の生徒でも習得できるということでしょうか」


 タケの期待の眼差しにニクマルが頷いた。


「むしろツツゴウは向いているだろう。魔力よりも空中で動ける身体能力が必要になるからな」


 ということは現時点ではサクラも練習できるのではないだろうか。フヨウを見るとにっこり笑いかけられ、頼めば教えてくれるかもしれないと期待を抱いたのだが。


「養成学校では教えない。例外はない。あんたも絶対に教えるなよ」

「へいへい」


 残念ながら先にニクマルに釘を刺されてしまった。


「そんなことよりサクラは、魔術を使えるようになるのが先だ。聞いた話によると魔術とまったくく関係ないことばかりやらせてるみたいだが、本当に任せて大丈夫なんだろうな」

「たぶんねー」

「あんたはなんでそういい加減なんだ! 生徒の将来がかかってるんだぞ」

「そういうプレッシャーが一番よくない」

「俺がプレッシャーをかけてるのは、あんたの方にだよ!」


 サクラ達の前では教師然としているニクマルだが、フヨウが絡むと途端にその威厳が損なわれてしまう。


「ニクマル先生はフヨウさんのことが大好きなんですね」


 ニクマルはフヨウの部下だったと聞いたことがあるし、口ではなんだかんだ言いつつも信頼しているのが伝わってくる。そう思ってつい口にしてしまったら、その場が一瞬静まり返って、さらに騒がしくなった。


「あははははっ、僕もそう思うよ」

「んなわけあるか! どこをどう見たらそう思えるってんだ、お前の目は節穴か!」

「でもたしかにお二人の間には信頼関係が見えますよね」

「二人の間っていうか、ニクマル先生の一方通行でしょ。なにかあるとすぐフヨウさんに相談に行くもんね」

「まったく、いくら頼りがいがあるからっていつまでも甘えられちゃ困るんだよね」

「甘えてなんかねえよ!」


 ニクマルの顔が仄かに赤い。悪いことを言ってしまっただろうか。


「お前、そういうところだぞ」

「なにが?」


 アスマに呆れた視線を向けられたが、”そういう”の意味がわからず首を傾げると、大きなため息を吐かれた。なぜかタケも苦笑いをしている。


「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」


 ひとしきり笑ったところで、フヨウが表情を引き締めた。不思議と室内の空気が変わった気がする。


「ニガウリが死んだ」


 サクラは言われたことを理解するのに数秒かかった。


「おい、それはどういうことだ」


 気づけばニクマルが先程までとは打って変わって怖い顔をしている。サクラ達だけではなく、この場にいる教師達も初めて知ったらしい。


「軍法会議の結論を待つことなく自殺。という筋書きらしい」


 筋書きとはどういうことなのか、自分の意志で死んだわけではないとフヨウは考えているのか、それともその証拠が残っていたのか、だとしたら誰かがニガウリを殺したことになる。サクラの頭には次々と疑問が浮かんだが、さすがに軽々しく口にはできなかった。


「なんでこいつらにまで教えた」


 ニクマルは怖い顔でフヨウを睨みつけている。


「そりゃ当事者だからね」


 人が一人死んだというのにフヨウの態度は変わらない。それともあえてそのように振舞っているだけなのか。


「殺したのは十中八九、スイセンだ」

「証拠はあるんですか。総帥が殺したという証拠が」


 アスマがフヨウの内心を推し量るかのように真っすぐ見据えた。


「ないよ。でも誰にでもできることじゃない。防衛軍の本部に捕らわれていたニガウリを、証拠も残さずに殺すなんてね」

「まあ自殺をするような人間には見えませんでしたね」


 コゴロウマルもいつもより真面目な顔をしている。


「なによりスイセンにとってニガウリは邪魔な存在だ」


 サクラは必死に中央でのフヨウと総帥の会話を思い出した。あのときフヨウは自殺についてなにか言っていなかっただろうか。だとしたら、フヨウはこのニガウリの死を予測していた?


「どうして邪魔だったんですか? 私の誘拐と関係があるんですか」

「おい!」


 サクラが誘拐されなければ起きなかった事態だったとしたら。嫌な考えが頭をよぎったところで、アスマに諫められた。


「誘拐は関係ない。スイセンはニガウリが生きていると都合が悪い理由があるんだ。その中身までは教えられないけどね」

「だったら最初からこいつらに伝えるなよ」


 ニクマルが苛立たし気に舌打ちをした。


「悪意を持った人間が、事実をねじまげて伝えないともかぎらない。こういうことはきちんと伝えておいた方がいいんだよ」


 モカラのこともある。フヨウなりに気遣って教えてくれたのだろう。


「それでなにが言いたいかっていうと、スイセンはそういう人間だと覚えておけってことだ」


 フヨウの視線がサクラとアスマとタケに向けられた。


「自分の役に立ちそうであれば優遇するが、使い道がなくなれば簡単に切り捨てる。あんた達はあいつに顔を覚えられているうえに、成績優秀ときている。今後、直接声をかけられることもあるだろう。スイセンの下につくなとかそういう話じゃない。あいつと関わる際には常に頭を働かせて隙を見せるなってことだ。腐っても総帥だからな、私らが、生徒という名目を盾に守ってやれるのはここにいる間だけだ」


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