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114. コデマリの事情

 聞き取りは一人ずつ呼ばれて行われることになった。しかしまた喧嘩になるとでも思われたのか、隣のクラスの女子とは待機部屋を分けられた。


「私の祖父はね、教会で一番高い地位についていたの」


 あちらから聞き取りを始めるらしく、待っている間にコデマリが先程のやり取りについて話し始めた。

 この部屋には見張りとしてレモンが控えているが、コデマリが話し出しても咎めることはなかった。


「でも夏休みが終わった辺りに、教会の教義に反する行いをして失脚してしまったの」


 コデマリの表情は少し悲し気で、彼女のこんな顔は初めて見る。


「そのせいで対立していた派閥の地位が上がって発言力が増してしまったんだけど、モカラ様のお父様はその対立派閥に属していて、これまで私に気を遣っていた反動があの態度なんでしょうね」


 ここでようやくモカラの強気な態度の理由がわかった。たぶん親の地位が上がったことに加え、コデマリの祖父が失脚したことで、自分の方が立場が上になったと思ってしまったのだろう。

 事情を知っていたであろうミキは、痛まし気にコデマリを見つめている。


「助けに入るつもりが、逆に騒ぎを大きくしてしまってごめんなさいね」

「そんなの、コデマリさんが謝ることじゃないよ」

「そうだよ。どう考えても向こうが悪いし、あのままだったら私が喧嘩を売るか買うかしてたもん」


 語気を荒げたホズミに、コデマリもミキも驚いている。


「まあ、ホズミさんがモカラ様に喧嘩を売るの?」

「あの人達、サクラを退学させるための署名を集めたって言ってたんだけど、二人はそんな話を聞いたことある?」


 コデマリもミキも首を横に振った。


「そんなくだらないことをしていたと知ったら、すぐ止めるよう注意したわ」

「そもそも署名を集めるほど賛同する人がいたの?」


 ミキが訝し気な顔をしている。よかった、少なくともコデマリもミキもサクラがこの学校に残っていることに不満を抱いてはいないようだ。


「ぱらぱらと見せられただけだけど、五十人くらい名前が書いてあったかな」


 ホズミの言葉が重くのしかかる。五十人は決して少なくない人数だ。


「大丈夫だよ、サクラ。たぶんあれは彼女達が勝手に書いたものだから」

「そうなのかな……」


 サクラは自信が持てなかった。だってもし本物の署名だったなら、サクラはこの学校にいられなくなるかもしれないのだ。


「きちんと見たわけじゃないけど、文字の大きさがほとんど一緒だったもの。もしかしたら微妙に筆跡を変えているのかもしれないけど、少し調べればきっとぼろが出るわ」


 ホズミの強い視線をサクラは受け止めきれなかった。


「サクラさんも災難が続くわね」


 そう言ったコデマリも大変なときだろうに、サクラを気遣ってくれる優しさはどこから来るのだろう。

 サクラは最近周りに気を遣われてばかりだ。それに慣れてしまってはいけないと思うのに、なぜか元気がわいてこない。


 つい俯きそうになったところで、ホズミが立ち上がって腕を伸ばしてきた。どうしたのだろうと見返すと、その手はサクラの頬に伸びてきて、むにっと掴んで引っ張られた。


「ホ、ホズミ?」

「ホズミさん?」

「どうしたの?」


 サクラだけではなくコデマリもミキも呆気にとられる中、ホズミはもう片方の手も頬に当てると両側に引っ張った。


「いひゃいよ」

「サクラ、この前食堂でなんて言ったの?」


 パッと手が離される。すぐに痛みが引く絶妙な力加減だ。


「食堂で?」

「そう。私やアスマくんに、与えられた課題をしっかりこなすことから始めるって言ったでしょ」

「言った……」


 魔術が使えなくなったとわかったばかりで、頭の中がぐちゃぐちゃだったけど、結局できることをやるしかないのだとサクラなりに考えた結果だった。


「だったらいつまでもぐずぐず悩んでないで、やるって決めたことをやればいいじゃない」


 ホズミは眉間にしわを寄せて怒った顔をしているけど、ちっとも怖くはない。


「周りの言葉に流されてここでくじけたら、絶対に後悔するよ」


 ホズミの言葉がすとんと胸に落ちてきた。

 そうだ、サクラは防衛軍に入って、誰かの役に立つ仕事をしたいのだ。そのためにがんばると決めたのに、決まってもいないことでなにを落ち込んでいたのだろうか。


「ありがとう、ホズミ」


 感謝を伝えたくて、目の前に立つホズミにぎゅっと抱きつくと、背中をぽんぽんとさすられた。


「誰かがサクラのすることに反対しても、少なくとも私はサクラの味方でいるから。あんまり頼りにはならないかもしれないけど、話くらいは聞けるから」

「ううん、ホズミがいてくれてすごく心強いよ」


 悪意の込められた言葉よりも、友達が気にかけてくれた言葉の方が、サクラにとってはずっと重い。


「自分の人生を他人にゆだねるな」


 気づくとコデマリが優しい笑みを浮かべていた。


「これは聖書に書いてある言葉で、意味としては自分の言動には責任を持ち、誰かのせいにして生きるなってことなんだけど、サクラさんの人生はサクラさんのものなんだから、サクラさんが自由に決めたらいいのよ。正しい行いをすれば良い結果が、間違った行いをすれば悪い結果が出るだけなんだから」

「それも聖書に書いてある言葉?」

「ええ、そうよ。聖書には人生のすべてが詰まっているの。先人達が学び、開いてきた道が書かれている素晴らしい書物なのよ。この学校の図書館にも置いてあるから、今度よかったら読んでみてね」

「うん」


 これまで聖書なんて読んだことがなかったけれども、コデマリがそう言うのなら読んでみようとこのときサクラは本気で思った。思ったのだが、後日図書室で聖書を開くこと数分で寝落ちてしまうことになる。だからそれを見越したホズミが、そっと目を逸らしていたことには気づかなかった。


「辛いときこそ友の声に耳を傾けよ。これも聖書の言葉なんだけど、私もおじい様のことで悩んでいたときミキが元気づけてくれて」


 コデマリがミキに微笑みかけると、ミキは照れくさそうにもじもじした。


「そういう友達が側にいてくれるのはありがたいわよね」

「うん、そうだね」


 同じクラスにいたのに、コデマリが悩んでいたことにまったく気づかなかった。サクラが鈍いのかとも思ったが、ホズミも知らなかったようなので、コデマリが顔に出さないようにしていたのだろう。さすがはコデマリである。


「コデマリさん、学校を辞めたりしないよね」

「当たり前でしょ! おかしなことを言わないでちょうだい!」


 モカラ達がそんなことを言っていたので念のために聞いてみると、ミキが毛を逆立てた猫のように怒りだした。


「おじい様のことがあったからこそ、辞めるなんて選択肢はとらないわ。防衛軍なら収入が安定しているし、家族になにかあっても私が支えられるもの」


 コデマリはそれだけの覚悟をしたということだ。お嬢様として育ったのだろうにたくましい。なんて思うのは偏見だろう。家がなんだろうと家族がどうだろうと、コデマリはコデマリだ。


「これからも一緒にがんばろうね、コデマリさん」

「そうね、がんばりましょう。ふふ、だんだんサクラさんらしくなってきたわね」

「私らしく?」


 なにが自分らしいのかわからずに首を傾げると、ミキが言葉を付け足した。


「ホズミさんの言うとおり、いつまでも落ち込んでるなんてあなたらしくないってことよ」


 面と向かっては言わないけれど、ミキもサクラを心配してくれていたようだ。

 これだけいろんな人が気にかけてくれているのだから、ホズミの言ったようにいつまでもうじうじしてはいられない。ちゃんと前を向こう。

 そんな元気がわいてきたところで、部屋の扉が開いた。


「サクラ、まずはお前からだ」


 ニクマルに呼ばれてサクラは立ち上がった。


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