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110. 見えない未来

 魔術基礎の授業時間を終えて教室へ戻る頃には昼休みへ突入していた。クラスメイトはみんな食堂へ行った後のようで、数人だけが居残っている。


「ごめんホズミ、遅くなっちゃった」

「おかえり、サクラ。ってどうしたのその髪、ボサボサだよ」

「うそ、櫛なんて持ってきてないのに」


 ホズミは課題を進めていたようで、サクラが近づいていくと教科書とノートを閉じて立ち上がった。


「直してあげるからこっちに座って」


 言われた通りにすると、ホズミは背後に立ってサクラのポニーテールをといた。


「いったい何をしてこんなになったの?」

「うん、それがね」


 ホズミとは本部から帰ってきた夜にたくさん話した。気球で連れ去られたこと、総帥と話したこと、屋台街のことやニシヤに会ったことも、見たこと聞いたことすべて。

 最初はサクラが連れ去られたときに何もできなかったと罪悪感を抱いていたようだが、途中からは真剣にサクラの話に聞き入り、最後の方には笑顔も見せてくれた。いつか一緒に旅をしようねと約束もした。


「それじゃあ騎士科の先生と、いきなり木剣で打ち合うことになったの?」

「うん、もうね、強いどころの騒ぎじゃなくて、どう動いてるのか全然わかんなかった。なんでそこからってところから剣が伸びてきて、防御もまともにできなかったし」

「サクラがそう言うなら、よっぽどすごかったんだね」


 髪が少量ずつ引っ張られて、普通のポニーテールとは違う結い方をしてくれているようだ。


「ホズミも見たら絶対に驚くよ」

「ふふ、サクラは強い人が好きだよね」

「え? そうかな」

「本部での研修でも、練習してる人達を見て興奮してたでしょ」

「うん、あれもすごかったよね」


 あのときはまだ魔術と体術を組み合わせた戦い方を習っていなかったので、見ているだけで体がむずむずした。早く自分もああなりたいと、そう思っていたはずなのに……


「サクラ?」


 自分の現状を顧みて黙ってしまったサクラを、ホズミが後ろから覗いてきた。いけない、余計な心配をかけてしまう。


「強いといえばニノマエ先輩だけど、あの人は絶対いつか倒してやるって思いの方が強いんだよね」

「そういえばニノマエ先輩って三年生に勝ったこともあるらしいよ。わ、ちょっと動かないでよ」


 頭を回そうとしてホズミに止められた。


「ホズミって情報通だよね」

「図書委員で先輩達と話してると耳に入ってくるだけだよ」


 そういえばホズミは図書委員で、放課後や休息日などに図書室の当番でいなくなることがある。


「クラス委員って、他の学年との繋がりはないの?」

「今のところないかな。他の委員会はあるの?」

「ウキくんも飼育委員の仕事を先輩達に教えてもらってるみたいだし、それなりにあるんじゃないかな。あ、ここちょっと手で押さえててくれる?」

「うん。クラス委員もそういう交流があればいいのに」

「ニクマル先生に聞いてみたら?」

「そうだね……」


 なんとなくではあるが、昨日からニクマルに避けられているような気がする。今日の校長との話し合いも、ただ場所について伝えられただけで、いつもならなにかしら声をかけてくれたはずだ。

 心当たりと言えば運動会の魔力暴走か、先日の誘拐騒動か、それとも他になにかしてしまったのかもしれないが、はっきりとはわからないのでモヤモヤする。


「はい、できたよ」


 ホズミに肩を叩かれた。


「ありがとう」


 頭を振ってみたら触れる髪の感触がいつもと違った。手で触ってみるとサイドを編みこんで一つにまとめてくれたようだ。


「これ絶対かわいいやつだ」


 鏡がないからわからないが直感でそう思った。ホズミも満足げな顔をしている。


「サクラの髪ってフワフワしてて、自然にカールがつくからいいよね」

「えー、ただの癖っ毛だよ。短くすると変にぴょんぴょん跳ねて大変だし」

「サクラの髪色に合ってると思うよ」


 ピンクゴールドの髪色はサクラのチャームポイントでもある。


「へへ、なんか人に髪を結ってもらうのっていいよね」

「そうね。今度は私が結ってもらおうかな」

「いいね、どんな髪型にする? ホズミはいつも二つに分けた三つ編みだから、髪を下ろしてハーフアップなんかもいいよね」


 ホズミの髪は黄色味がかったブラウン系で、光の当たり具合によって濃淡が違って見える。寝るときしか髪を下ろさないが、サラサラのストレートヘアにサクラは憧れていた。


「髪型の相談もいいけど、そろそろ食堂に行こっか。食べるのが遅くなると午後の授業で眠くなるよ」

「うん。それは食べる時間に関係なく眠くなるやつだね」


 食堂に入ると、既に食べ始めていたウキが手を振ってくれて、同じテーブルに着くことにした。


「サクラさん髪型変えたの? かわいいね」

「ホズミにやってもらったんだ」


 ウキがストレートに褒めてくれて、照れくさいが嬉しかった。一方のアスマと言えば……


「ほら、アスマもこういうときはなにか言ってあげるものだよ」

「引っ張りにくそうだな」

「そうじゃないだろ……」


 ウキが額に手を当てて大げさに天を仰いだ。


「大丈夫だよ、ウキくん。アスマくんに気の利いた言葉なんて期待してないから」

「なんだと?」


 アスマの長い反論が始まったが、サクラの視線は既に食事に釘付けである。たくさん動いてきたのでお腹がぺこぺこなのだ。

 今日の昼食は薄切りの羊肉と野菜を甘辛く炒めたものと、色鮮やかなサラダ、そしてアスマの苦手なナスだ。


「おい、聞いてるのか」

「ううん、あんまり聞いてない。このナス、すっごく美味しいね」


 ナスは見たこともないほど大きなもので、半分に割って中身をくりぬき、味付けした肉やしいたけ、くりぬいたナスなどを詰めて、チーズをかけて焼いている。


「アスマくん、ナスもキノコも嫌いなのにもう食べたの?」

「どの順番で食おうが俺の勝手だ」

「でもこれなら美味しくていくらでも食べられちゃうんじゃない?」

「どんな味だろうが形だろうが、ナスはナスだしキノコはキノコだ」


 孤児院の小さな子どもも同じようなことを言っていた。サクラはアスマの言い分にうんうんと頷いて次のおかずに箸を伸ばした。


「サクラさんは本当にアスマのあしらいが上手いよね」


 またウキに褒められてしまった。ホズミもにこにこしながら食事の手を進めている。


「ふん、もっとぐずぐず落ち込んでるかと思ったが、意外に元気じゃないか」


 一人で騒ぐのに疲れたのか、アスマがじろりと睨んできた。


「落ち込んでないわけじゃないけど、今はしなくちゃいけないことがたくさんあるから、一つずつやっていくしかないって思ってる」


 学校側はサクラの魔術が使えなくなった原因が魔力暴走にあると見ている。他にも同じ目にあった生徒はいたのに、サクラだけが使えなくなってしまったのは、サクラの心が強くなかったからだ。

 ではどうやって心を鍛えればいいのか考えてみたが、すぐには答えなんて出なかったし、誰かに聞いたとしてもそれぞれ違う答えが返ってくる気がする。


「私ね、誰かの役に立つ仕事がしたくてこの学校に入ったの。でも誰かを助けるどころか助けられることの方がずっと多くて、自分のことすら守れない人間が、誰かの役に立てるはずないんだよね」

「サクラ……」


 自分で自分をけなしていると思われたのか、ホズミが心配そうに見つめてきた。


「養成学校は、私達が一人前になるよう育ててくれてるんだから、まずは与えられた課題をしっかりこなすことから始めようって決めたんだ。あ、これまでだって真面目に取り組んでいなかったわけじゃないよ。ただ養成学校を卒業した後のこととか、こんな仕事がやりたいって気持ちはあっても、そのためにどんな技術が必要なのかとか考えられてなかったから」


 それに学校は魔術が使えなくなったからといって、サクラを見捨てたりはしなかった。言うなれば魔術の玄人達がこの状態を一時的なものだと考えているのであれば、サクラが必要以上に落ち込むことはないはずだ。


「まずは二学期中に魔術をまた使えるようになることが目標かな」

「どうして二学期中なんだ」

「二学期までは待つって校長先生に言われたの。それでも使えなかったときは、他の道を探すしかないんだけど」

「他の道?」

「たとえば騎士科への転科とか」

「え? だから今日、騎士科の先生に稽古をつけてもらったの?」


 事情を知らないアスマとウキが、ホズミの言葉に驚いている。

 ホズミには先ほど話したが、校長との話し合いが終わるとコゴロウマルがサクラと剣で打ち合ってみたいと言い出して、剣の持ち方もろくに教えられないまま対峙させられた。

 ちなみにボロボロに打ちのめされた後に、コゴロウマルから剣術って楽しいでしょと聞かれたが、素直に頷くことはできなかった。


「今日はたまたまコゴロウマル先生とレモン先生の手が空いてたから、教えてくれただけだよ」

「魔術が使えるように訓練するんじゃないのか」

「私もそう思ってたんだけどね」


 しばらく魔術基礎の授業には参加せず、その間はフヨウが教えてくれることになったのだが、サクラができることといえば魔力を体内で巡らせるくらいなので、どうせなら他の練習も同時進行でやることになった。

 手始めにコゴロウマルが剣の稽古をつけてくれて、その後はレモンの体術、どちらも魔力を平均的に体に行き渡らせることを意識しての練習だったため、サクラにとっては難題も難題だった。


「うわー、それは大変そうだね。僕だったらどっちつかずになりそう」

「なったよ……だってその他に身体強化も使わなくちゃいけないから、あっちもこっちも見て、迫ってくる攻撃を避けて、魔力の循環がおろそかになるとフヨウさんが横から水魔術で攻撃をしかけてくるし、もうね、容赦がなさすぎて鬼の集まりかなって思ったもん!」


 コゴロウマルは驚くほど動きが早く、身構えたときには既に打ち込まれていたり、首元に剣を突きつけられたりと避けるだけで精一杯だった。レモンもこれまで体術の授業では見本を見せてくれるだけだったが、いざ差し向うとまったく攻撃できそうな隙を見つけられなかった。


「でもおかげで体を動かしている間は、余計なことを考える余裕もなかったから、あれはあれで私のことを考えてやってくれたのかなって思うの」

「うーん、さすがはサクラさん。びっくりするほど前向きだね」

「馬鹿なだけだろ」


 食事を終えたアスマが早々に立ち上がった。


「あれ、もう行くの?」

「俺はお前と違って忙しいんだよ」


 そこで突然ウキが笑い出した。


「かっこつけてるけど、授業をサボったせいで課題を山ほど出されただけなんだよ」

「余計なことを言うなウキ!」


 サクラも三日間授業を受けなかったことで、他の者より多くの課題を抱えているが、アスマとタケはそれよりも多いと聞いた。

 それはサクラのせいでもあるのだが、アスマもタケも自分で決めたことだからと主張するので、サクラも必要以上に申し訳ないと思うのはやめた。


「アスマくん、お互いがんばろうね」


 それでも声くらいはかけたくて言葉にすると、振り向いたアスマはサクラに向けて舌を出し、食器の返却口へと歩いていった。


「まったくアスマは素直じゃないんだから」

「でもアスマくんらしい返事だよね」


 苦笑するウキにホズミがフォローを入れた。

 アスマも、きっとタケもがんばっている。そう思うと不思議と心に力が沸いてきた。


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