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105. 世界観

 これだけ国の事情に詳しくて、総帥とも渡り合える存在なんてそれ以外考えられない。


「そうだよ。私も八閃の一人だ」

「ハッセン?」


 聞いたことのない名前に首を傾げると、フヨウはため息をついた。


「どうもこの名前は知られていないみたいだなあ。あんた達は聞いたことある?」

「え、はい」

「正規の隊員になってから教えられました」


 ヒトツバとミクリが気まずそうに頷いた。


「集められた子どもの中でも特に魔力が強くて、内部抗争の旗印になった奴らのことだよ。八人いるから八閃」

「フヨウさんも争ったんですか?」

「そりゃあもう派手にバチバチしてたよ」


 フヨウは不敵な笑みを浮かべたが、すぐには信じられなかった。権力に固執するような人間には見えないだけに違和感を覚えてしまう。


「ま、八閃の間での喧嘩は、顔合わせの頃からしょっちゅうだったけどさ。騒ぎの起きない日の方が少なかったんじゃないかな」


 懐かしむようなフヨウの表情は優し気で、本当に内部抗争などあったのだろうかと思ってしまう。


「さっき上層部は孤児が多いって言っただろ。集められた子ども達はね、半分以上が孤児だったんだ」

「え?」

「魔物と戦うことが前提だったから、反対する親のいない孤児は集めやすかったんだよ」


 酷い。親がいるかいないかだけで、そこまではっきり差別されていたなんて。


「孤児院の先生達は止めなかったんですか?」


 少なくともサクラのいた孤児院だったら止めてくれたはずだ。


「子どもを集めようとしたのは護民官だ。そして孤児院の予算を握っているのも護民官。逆らいたくても逆らえないし、口の達者な護民官が”言葉を尽くして”国のためにと孤児院を回って募ったからね。孤児院としては疑問に思っても子どもを差し出すしかないだろう」


 サクラもその時代に生まれていたら招集されていたのかもしれない。


「あとは貧しい家の子どもも口減らしでやって来てたし」

「全体で何人くらい集められたんだ?」

「最初は百人程度だったかな」


 その数の多さにみんな驚いた。


「途中で脱落した奴らもいて、最終的には三十人も残らなかったはずだよ」

「それだけ厳しかったってことですか」

「そうだね、馬鹿みたいに訓練訓練って……あのとき関わった上層部の奴らの首を切ったときは本当にすっきりしたわ」


 まさか物理的にではないだろうが、その場の誰もが微妙な表情になった。


「八閃の魔力はそんなに高いんですか」

「うん、かなりね」


 言葉とは裏腹にフヨウの口調は軽い。でもきっと事実なのだろう。


「じゃあもし私がその当時生まれていたら、八閃になれましたか?」


 この発言にはフヨウ以外がぎょっとしたようだ。


「ツキユキ? どうしたんだ突然」

「お前、図々しいにも程があるだろう。八閃なんて、ほんの一握りの選ばれた方々なんだぞ」


 驚いた様子のタケや窘めようとするヒトツバとは裏腹に、フヨウは特に気分を害した様子もなく、サクラを見つめてきた。


「たぶん無理だね。精々が二軍」


 二軍とは八閃には選ばれなかった子ども達のことだろうか。


「ちなみにニガウリは脱落組らしいよ」

「え?」


 まさかの名前が出て来た。

 驚いているとミクリが訝し気に顔をしかめた。


「ニガウリってあのニガウリ少佐ですか?」

「あいつ有名なの?」

「有名というか、前にうちの部署にいたんですが、嫌味ばかり言うものだから周りから浮いていて、聞いた話だとどの担当でもそんな感じで持て余されて、たらい回しにされていたみたいですよ」

「しかしニガウリ少佐は既に五十歳を越しているはずですが」


 つまり子ども達が集められた二十年前でも三十歳を超していたということだ。


「結果的に残ったのが子どもだっただけで、魔力が高ければ大人でも構わなかったんだ。当時防衛軍に在籍していて、ある程度魔力の高い奴らは軒並み訓練に強制参加させられたはずだよ」

「大人は誰も残らなかったんですか?」


 そんなにも過酷な訓練をさせられたのだろうか。


「経緯を話すと長くなるんだけど、結果的には集められた子ども達の方が魔力が高かったから、不要とみなされてお払い箱になった奴らがかなりいたみたいだね」


 その当時の防衛軍が弱かったのか、フヨウ達がすごかったのか、どちらにしろ脱落とみなされた隊員達にとっては不本意だったことだろう。


「で、話を戻すけど、お払い箱になったままふらふらしていたニガウリをスイセンが拾ったわけね」


 総帥の名前が出て、ヒトツバとミクリは驚いている。


「なんであんな奴を総帥が」

「あいつのことだから、オリベに対する嫌がらせだな」

「総帥はオリベのことが嫌いなんですか?」


 総帥はサクラに、自分が養成学校を作ったような言い方をしていた。作ったはいいが持て余しているのだろうか。


「オリベっていうか、主に私と校長に対してかな。防衛軍もおおよそ自分の思い通りに動かせるようになったし、そろそろ目障りな奴らをなんとかしたいってところだろ」

「校長? うちの校長が総帥と関係があるんですか」

「あいつも八閃だもん。アスマは聞いたことない?」


 話を振られたアスマが顔をしかめている。


「ない。むしろあの学校でそれを知っている奴がいるのか?」

「教師陣は知ってるはずだけど、生徒はどうかな。親から聞いてれば知ってるだろうけど」


 ということは少なくともアスマの親は知っていて、それは護民官だからなのだろうが、アスマは教えてもらっていなかったようだ。


「フヨウさんと校長先生も昔は争ったんですか」

「まあそれなりにね。仲が良かったことは一度たりともないよ。さすがにオリベに赴任してからは、取っ組み合いの喧嘩はしなくなったけど」

「その歳で取っ組み合いの喧嘩なんかしたら周りが迷惑だろ。そもそも、なんでわざわざ同じ学校に行ったんだよ」

「スイセンの嫌がらせだね。あいつ本当に性格悪いから」


 やはりフヨウの話を聞いていると、心底嫌いあって争ったわけではないような気がするのだが、本当に内部抗争と呼ばれるほどの争いがあったのだろうか。


「ハナロクショウにもその八閃はいるのか」

「いないよ」


 質問すればフヨウは答えてくれて、ヒトツバとミクリも最初は遠慮していたが、段々と会話に加わってきた。


「本部にはハナロクショウの生徒がたまにやって来るんです。俺達がハナロクショウに在籍していたときからあったことですが、逆にオリベから呼ぶことはなくて、それは今のお話が関係しているんでしょうか」

「そもそも生徒を呼んで何をしているんでしょうか」

「次世代に使いやすい駒を増やしておきたいんじゃないの。オリベから呼ぶには校長が邪魔だから。あれ、私も邪魔なのか?」


 そういえば研修のときはアスマの兄がハナロクショウから呼ばれていた。あれはそういう理由で呼ばれていたのか。


「ハナロクショウの方が優秀だったり優遇されているわけじゃなかったんですね」


 ミクリがしみじみとつぶやいた。

 研修の実技訓練時にハナロクショウをひいきしていたのはそういう理由もあったらしい。


「私も実際にハナロクショウの教育を見たわけじゃないから断言はできないけど」


 フヨウはちらりと現役の二人を見た。


「ハナロクショウでは幹部候補生が早いうちから決まってるんじゃない? そういった生徒が本部に呼ばれてるんだろ」


 心当たりがあるのか、ヒトツバもミクリも押し黙った。


「それ以外の生徒はいわゆる駒になる存在だから、自分の頭で考えて動くよりも上の命令を優先する方が軍にとっては都合がいいわけだ。そういう風に育てているのだとしたら、物事を深く考える癖が足りていない可能性があるね」

「でもそれは組織にとって悪いことじゃないですよね。命令系統が乱れたら軍として成り立ちませんから」

「その辺はオリベもきっちり躾けてるよ。だけど、いざというときのことを考えたら自分で考えて動けるようにしておいた方がいいと私は思うかな。何より上の命令をそのまま鵜呑みにして動く馬鹿を大量生産するなんて危険極まりないだろ。上司がいつでも正しい判断を下すとは限らないんだから」


 その場がしんとしてしまった。


「それに二十代三十代で伸びてくる奴もいるから、十代の前半で将来を決めつけてしまうのは勿体ないよ。選ぶ立場からしたって選択肢は多い方がいいだろうし」


 現役の二人が不満げな顔をしていることから、幹部になりたかったのか、最初からその道が用意されなかったことが悔しいのかもしれない。


「だがその理屈でいくと、オリベから幹部が出にくくなるんじゃないのか」

「パワーバランスを考えると、そうしたくともできないはずだよ。ただ幹部の中でも重要な職はハナロクショウが占めていく可能性は高い」


 ここでアスマとタケも顔をしかめた。二人とも出世したかったのだろうか。

 そんなサクラの様子を察したのか、フヨウが易しく説明してくれる。


「サクラ、オリベとハナロクショウは競い合うために作られたんだ。だから重要な職をハナロクショウが占めてしまうと、一般兵の中でも格差ができてしまうんだよ」

「どんな格差ですか?」

「そうだな、例えばオリベの出身者にだけ過酷な指令が集まったり、閑職を押しつけられたり、人の嫌がる仕事を回されることになるかもしれない。だって力のある幹部とオリベの出身者は繋がりが薄いんだから、気を遣う必要もないだろ」


 だからアスマとタケは渋い顔をしたのか。


「同じ組織の人間なのに、仲良くできないんですか」

「それは耳の痛い質問だな」


 フヨウの苦笑する顔を見て、サクラは自分の失言に気づいた。自分にはまだまだ考えが足りなかった。


「人の数だけ考え方があるし、生きていればしがらみも出てくる。誰もが納得できる方法っていうのは意外に少ないのかもしれないね」

「どっちにしろ重要職についた者は、自分に都合のいい者を押し上げようとするはずだ。これからオリベ出身者が苦しい立場になることに変わりはない」


 アスマが苦々し気に吐き捨てた。学校の繋がりというものはサクラが考えている以上に強いようだ。


「そうだね。そしてそれが続けば、オリベも本部の方針を受け入れざるをえなくなる……そういうところがいやらしいんだよなあ、あいつは」


 きっと総帥の話だろう。フヨウがため息をつく姿を初めて見た。


「まああんた達も、上の命令だからってなんでも従おうと思わず、自分の頭で考える癖はつけておくことだね」

「それが本部の意思に背くことでもですか」


 フヨウの忠告に、ヒトツバとミクリは不安げな表情をした。

 そういえばこの先輩達の歳はいくつなのだろう。研修のときはすごく大人に見えたけど、こういう顔を見てしまうと、もしかしたらサクラ達とそこまで歳が離れていないのかもしれない。


「誰だって間違うことはあるよ。それに本部が必ず正しい判断を下すとはかぎらない。まあ何が正しくて何が間違っているのかなんて、立場によって考えが変わったりするけどね」


 どうして立場で言うことが変わるのか。それはまだサクラが養成学校の生徒だからわからないだけなのかもしれないが、今夜のフヨウの話をこれから長い時間をかけてここにいる全員が考えていくことになるのだろう。


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