あなたは異世界に行ったら何をしますAnotherSid〜空っぽの水槽と眠れぬ夜:前編~
眠れない…いや寝ようと思えば眠れるがようやく訪れる眠りは酷く浅い、だから眠れぬ夜は散歩する。
出たくなどない、部屋にいたいけれど眠る為には身体を動かす。
「静か…」
ふらふらと悪く、周囲から見れば不審者だろう、睡眠導入剤を使ってもやってこない眠りだが身体は寝たがっている、そんな中古い2階建ての家の入口引き戸の脇には木の看板に『なんでも買い取ります、異世界の物大歓迎。万なんでも堂』とふざけているのかそう書かれていた。
「…こんな店あった?」
その店?不用心で入口の引き戸の隣に商品を並べている、これはどうぞ盗んで下さいと言っているような物だった。
「水槽?」
「ええ、空っぽな水槽ですね?如何です?」
「え…あ…生き物は苦手なので…」
「そうですか、では水槽を飼うのは如何です?」
「……水槽を飼う……」
置かれていたのは何の変哲もない長方形の小さめの何も入っていない水槽それを眺めていれば背後から声を掛けられ振り向けば、店の奥からは怪しい風貌の男、警官が見ればすぐに職務質問が来そうな国籍も年齢も不明なこの店のオーナーなのか、黒い手袋と派手な植物柄のシャツから覗く肌には不思議な植物のタトゥーが見えた。
そのオーナーに勧められたので無難に返せば斜めな言葉に…ぼんやりとする頭でああ、成程生き物が苦手ならば無機物を飼えば良いのかと妙に納得してしまった。
「眠れないんですね、お茶でも飲んでいきますか?押し売りはしないですよ、私も今からお茶を飲もうと思っていたのでついでに淹れますよ」
なんだか人の心を読んでいるんだろうかこの店主は、妖しさ満点の店だが後から何かを売りつけられてもクレジットカードで買おうかと頷いて店の中に入った。
「どうぞ」
「青いお茶…綺麗ですね」
「ええ、砂糖を入れなくても甘みがあるんですよ」
雑多な店内のカウンターに置かれた椅子に勧められ出されたお茶は透明な耐熱グラスに入れられた青い液体、オーナー?同じ物を飲んでいるので毒でも死ぬだけだし良いかと飲めば香りも味も美味しい物だった。
「ご馳走さまです、美味しかったです」
「そうですか、それは良かったです。私は奥で作業をするので店を見るのも帰るのもご自由にどうぞ」
「あの…今のお茶…買いたいんですけど売ってますか?」
「ああ、売り物ではないのでこれをどうぞ」
「……」
オーナーが立ち上がり茶器をトレイに載せて奥に行こうとするのを止めお茶が欲しいと聞くと、カウンターのテーブルの下から瓶に入った青いティーバックを出して渡してくれる、流石にそれでは申し訳ないなと思い外にあった水槽を飼う事に決めた。
「そうですか、1万円です」
「カードで…」
「うちの店現金だけなんです、また次来た時にお金を持って来てくれれば良いですよ。どうぞ持って行って下さい」
「……明日…お金持ってきます」
「この店は年中無休ですからいつでも構いません」
「分かりました」
瓶を受け取りオーナーが外にあった水槽も渡してくれる、単なる水槽にしては高い値段だろうがお茶代込みなら良いか
と瓶を水槽に入れて見た目よりも軽いそれを抱えて帰路に着いた…。
「お茶…は置いて…水槽…水槽を飼うって何さ…変なの」
自宅のマンションの部屋、机に水槽を置いてお茶の瓶を隣に置く、空っぽな水槽は空っぽのまま…だ椅子に座りぼんやりと眺める。
「金魚…赤くて尾びれの綺麗な金魚をかお…」
なんとなく子供の頃に行った夏祭りの金魚すくいの赤い金魚を思い出しながらゆっくりと眠気が訪れ、机の上でそのまま眠ってしまった…。
「うし、おらっ!っよし!クリア!」
白い空間の先でグレーのパーカーのフードを被り下はスウェットに裸足…室内着にゲーミングチェアに座ってゲームをする見知らぬ誰か、その先には巨大な地球儀のような物がゆっくりと回っていた。
その地球儀は真っ青で深い色をしている、ゲームをしている見知らぬ誰かは有名なガンアクションゲームに集中してこちらには気付かない、ああ、これ夢かと思いながらぼんやりと立っていた。
「いえー自己最更新!と……うわ、なんだ!お前」
「…お邪魔して…ます?」
「はぁ、ここに誰か来れるわけ……あのオーナーの仕業かよ」
「?これ夢ですよね」
「はぁ?なに、なんも言われてないで来たのかよ。確かに肉体は無いけど夢だと思ってんの?」
「違うんですか?」
「まあ、そう持ってる方が話し早いし、これアンタがここにいられる時間。0になったら戻るから、俺はゲームするから。勝手にやって」
「はぁ…分かりました」
ゲームがどうやら終わったらしくこっちを振り向いた目が合って驚くがなんとなく事情を把握し、急に脇に現れた数字5:26:03という数字を指してまたゲームを始めるので、こちらは地面に体育座りをして地球儀のような物をぼんやりと眺めて過ごした。
「よーし、今度はこっちのゲーム……お前ずっとそうしてんの?」
「はい、する事もしたい事もないので」
「うわーお前日本人だろ?こんなに面白い物沢山あってしたい事ないとかしんじらんねー」
「……そうですね、でも無いんです。数字0になりますね。お邪魔しました」
「…ん」
今やっていたゲームに満足したんだろうか、傍らのテーブルに積まれたゲームの中から次にやるゲームを選んでふと存在を思い出したのか此方を見て尋ねる、ちょうど間も無く数字は0になるので頭を下げれば興味無さそうにゲーム機にディスクを入れて新しいゲームを始めている、そうしてそこから意識と身体が遠ざかるような感覚がし目が覚めた。
「ん…変な夢…」
目が覚めたら机に枕代わりにしていた腕が見え頭が徐々に冴えていく、テーブルには空っぽの水槽が置かれ随分変な夢を見たなあと思いながら立ち上がった。
基本買い物はネット、夜の徘徊基散歩に出る時以外は外に出ない、今夜は現金を持って水槽の支払いに行こうと思いながらシャワーを浴びに行った。
「ああ、こんばんわ。水槽は元気ですか?」
「よく分りません、飼うとしたら餌とか手入れは必要ですか?」
「特には、気に入られれば面白い夢を魅せてくれます」
「もう見た気がします、これ水槽の代金です」
夜、散歩がてら店に向かい入り辛さ満点の店の中に入れば雑多な商品達が並び奥のカウンターにいた店主に挨拶され、いきなり無機物の様子を聞かれて素で返せば夢が見られると教えてくれた。
「もう見たんですね、相性が良いですね。住良木さん、大事にすれば長く夢を魅せてくれます」
「…わかりました」
「今後ともよろしくお願いします」
「……」
店主に見送られ店を出る、高い買い物だなと思いつつぼったくられたのかと思いながらふと足を止めた。
「僕、名前言ってない……こわ…行かない様にしよう」
得体の知れない店主に身震いをしコンビニで食料を買って家に戻る、亡くなった両親の遺産や生命保険でもう働く必要もない住良木 悠陽は変な店に行ってしまったなと後悔しつつ家に戻った…。