40 はぁ…
「魔物に襲われちまって!」
「兄ちゃんは!?」
「にー?」
「まだ森にいる、散り散りになって逃げてきた奴らも怪我している!」
弟の血の気が引いていく、小さい弟も兄に縋りついて泣き始めた。
「薬なんか高くて買えない、ひどいケガしたやつもいる」
駆け込んできた大人は辛そうにし、もう既に辺りは暗くなってしまっていた。
「薬…あげます…どうぞ…効果は確かめてませんが…傷に効くと思います」
バッグから瓶を出す素振りをし収納から出した物を幾つか渡す、大人は目を丸くするが受け取った。
「金は…」
「いらないです、その代わり僕が渡した事は言わないでください」
「ほ、本当に良いのか?」
「はい…」
「すまない」
大人は深々と頭を下げて了承し飛び出して行く、兄と弟は身体を震わせながらも後に付いて行った。
「……はぁ…」
1つ溜息を吐き出し、どうしたものかと考えてみる……薬草ダンジョンでドロップした物を調合して作った薬は鑑定では傷が治ると出ていたから心配は無いだろう……はあ…内心で溜息を吐きらしくも無い事をしてみる事にした…。
「おい、しっかりしろ!」
「いたい…」
「なんだってここに魔物が…」
「どうしよう…」
森の中をがむしゃらに走って今何処にいるのかも分からなくなってしまった住民達、怪我をし顔色も白い。
「水…飲んで…弟達…心配している…」
魔法で出した水を飲ませ、途方に暮れて置いて来た弟達の心配をしている少年、もうどうしたら良いのかもう夜だ…無闇に動かない方がいいと此処で休む事にした。
「魔物が森に!?どうしてだ。どこからもぐり込んだ」
冒険者ギルドの外、もうすっかり夜になり松明や魔法具のランプで周囲を照らしながら冒険者達とギルドマスターが歯軋りをえすれば、商業ギルドからの遣いがそっとギルドマスターに耳打ちをする。
「貴族か…」
ギルドマスターがギリギリとしている、救助に向かえば此方も危険になる夜が明け次第向かう事にするが、やるせない…。
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや…」
ギルドマスターが妙な気配を感じ冒険者ギルドの建物の奥の壁に視線を向けるが、もう何も感じない気のせいではないが追えないものは追えないと作戦を立てる為に建物の中に入った。
「あの魔物にいくら支払ったと思っている!?」
「申し訳ありません!!」
「このぉ!」
「ひいい!」
とある貴族屋敷の広間、腹の出た小さいが悪趣味な装いの男が怒りに駆られ召使い鞭を振るう。
「森に逃げたようで…民に怪我を…」
「どぉでもいいわ!有象無象の命など!あの魔物は貴重な物だぞ!」
「お許し下さい!檻を噛み砕いたんです!無理です、我々に魔物を飼うなど…」
「ええい!なんとしてでも捕らえろ!冒険者ギルドより先に!」
控えていた騎士、召使い達が走るように逃げ出していく小太りの貴族が憤り、イライラと室内を動き回った。
「貴族のペットが逃げ出したのか…」
夜の森に入りつつ、ステータスに増えたスキル深眼をポイントで交換し眼に魔力を集中させれば夜の森でも視界がクリアに視えた。
異世界ファンタジーではありがちな展開に溜息を吐く、冒険者ギルドの側で気配を遮断して話しを聞いて……とにかく目立ちたくはないのだ…だから自分が何かをしたいう痕跡が残らなければ、らしくもない人助けをしてみてもいいと思ってみた、それだけだ…兄が仕事が出来なくなれば彼らは路頭に迷うのだそれは可哀想だと思う感情位はある。
「いた…怪我…酷い……」
深眼で細部や夜も霧も視界の悪さも関係なく魔力の調整で視方を調整出来るのがありがたい、森の中央の木の下で固まっている街人達、その周辺に魔物の姿も視える。
「時間が無い…」
転移で街人達がいる大木の上に立つ、肩と足を爪で裂かれたような傷跡、泥だらけで憔悴仕切った顔をしているその少し離れた場所で魔物が気配を伺っていた。
「……はぁ」
紙を出しペンに文字を書く、日本語で書いてみた文字はこの世界の文字として認識されるのは分っていたので瓶に書いたメモを紐で括り落とす、信じて飲むかは彼ら次第だ、助けに来たとまるでピンチに駆け付けるヒーローみたいな真似事はごめんだ。
傷薬の瓶を4個落としてすぐに転移する、街人達がその音に気付いた音の方を集中している内にコインを街の入り口まで撒いておく、自分で撒くのは面倒なのでコインの入った袋を風魔法で操作し落とす作業を木の上から行った。
「なんだ!『傷薬飲め』だって書いてある」
「ほんとう!?字読めないから分からないけど…」
「いてて…一体なんだ…俺は飲むぞ、この際毒でもどうせこの傷じゃ…」
「お、俺も!」
怪我が一番酷い街人から蓋を開けて飲めば清涼な風味が口に広がりみるみる内に怪我が塞がっていく、心なしか失った血と活力も戻ったきがする、それを見た残りの街人達も薬を飲んで傷が塞がり活力が湧いて互いに喜んだ。
「お、おいなんだあれ!100ログコインが落ちているぞ!」
「ほ、本当だ…」
「夢でも見ているのか」
「ずっと先まで落ちているな…」
全員顔を見合わせ頷き合いコインを拾って進む事にした、もうどうなっても良いと半ばやけになりながらも100ログを拾って進んで行った。
「これで街に着く…後は…はぁ」
木の上から街人達が移動して行くのを見届け、森に潜む魔物の方をどうしようかと悩む、貴族のペットとして捕らえられたようで傷だらけで食事も満足に与えられていない様子だ、見た目は黒に紫を混ぜた黒豹の様な猫科の動物を連想させる、瞳はギラギラとした黄金、怒りと飢えに満ちている、正直放っておいても良いけれど…人を助けて人に虐待された動物を助けないのは何かが違うとまた溜息を零して近くへと転移した。
「………傷が治る…薬と食べ物…どうぞ…」
黒豹のような体躯の魔物の目の前に立つ、距離を取り平たい皿に傷薬と水注いだ物と肉の塊を置いてそれだけ言って転移して姿を消す、助けるつもりで襲われたら嫌だなと思いその魔物が薬と肉を食べたか確認せずに街を出た。
らしくもない事をした……暫くは人がいる所に行くの控えようと…そう考え、他へと地へ移動した。
「兄ちゃん!」
「にー」
「2人とも!」
コインを拾い戻った先には馴染の自分達の居場所、ポカンとしていれば弟達が泣きながら走ってくる、気が付けば陽が上り朝を迎えていた、身体は元気だ疲れもない、弟達の身体を抱き締め大きな声で泣きじゃくる、もう会えないと思ったから良かった良かったと何度も声に出した。
「良かった…」
「奇跡だ…奇跡が起きたんだよ」
「ああ、傷も綺麗に治って金も…」
「苦労した…この金は4人で分けるか…」
他の街人達も呆然としながら懐にしまったコインの重みを感じ、分けようという話しをしながら出迎えてくれた家族を抱き締めた…。
「くそぉ!まだみつからんのか!酒だ!酒!」
夜明け前、貴族は自室で苛立ちながら酒を外の護衛に命じるが返事はない、そうか探しに行かせたままだと気づき更にイライラさせる、面倒だがメイドあ執事を呼ぼうと鈴を鳴らそうと枕元に手を伸ばせば、背筋を這う気配に振り向けば開いた窓から闇に紛れた逃げた魔物がぐるぐるぅと威嚇し此方を睨んでいた。
「ひいいいい!も、戻ったのか!?」
悲鳴を上げながら鈴を鳴らす、恐怖で驚きながらも戻ったなら好都合とばかり枕元の剣の鞘を抜き構えた。
『グルルルル』
「ひ、そんな痩せた体で餌も満足に食わせてないからな……がぁ」
魔物が尾で剣を薙ぎ払い鋭い爪を貴族の肩に食い込ませ、鋭い牙を首元に突き立てそのまま噛み千切る。
「うぅ…」
「ご主人さま!!!」
「ひぃ!だ、だれかぁ」
鈴が鳴らされ駆け付けた使用人達が見たのはベッドで血まみれで息絶える貴族と暗闇で輝く金色の目の魔物、悲鳴が屋敷に広がり魔物はそのまま屋敷の窓から飛び降り森へと姿を消した…そして夜が明けた…。