マユラとシュリ
「マユラ」
いつもそうやってシュリの師はマユラを甘い声で呼ぶ、鍛錬で剣を振っていると気配もなく背後に立っていた自身の師に振り返りもせずにマユラは何だと返す。
「シュリを見てやってくれませんか?」
「断る」
マユラが幼い頃から師は少女めいた愛くるしい少年で、マユラの方が年が上にしか見えない。
鬼人は愛くるしい外見であればある程強い、どうしてそうなのかはしらない神々の気まぐれか《アタラクシア》の気まぐれなのかどちらでもいいがマユラは剣を振るっている、鬼人の本能がマユラをそうさせていた。
「マユラ」
「私は鍛錬をしている」
話しかけられて気が散る…そんな事はない、誰が邪魔してこようが何をしてこようがマユラは自分がやりたいようにする、したいと思えない事はしない。
「マユラ」
甘い声、優しく穏やかな声、背後で可愛らしい師は微笑みながら静かに名を呼んでいるだろうが、マユラは手を止めない、僅かでも姿勢がぶれる事無く剣を振るう、強さや勝ちに赴きを置いている訳ではなく、強者に挑む為の剣を振るっていた。
「マユラ、お願いします」
「……師よ、ならば弟子である私を制し従えさせればいい」
「私は貴方に無理強いをしたくはないのです、マユラ。貴方はまだ私に剣が届かない、剣を交えても結果は見えているでしょう。シュリと少しでもいいから話をしてみてはくれませんか?」
「だが、私には貴方に勝てなくても挑む価値はある。敗北も私の糧だ、次に活かす」
「マユラ」
師がマユラの前にゆらりと立ちマユラは師の顔の前でぴたりと剣を止める、師はマユラの遥か高みにいる存在、倒すべき存在、自分の心が折れぬ限り挑み続ける。
師は少し困った表情を浮かべ、そして柔らかい笑みを浮かべる。
「では仕方ありません、貴方が望むように貴方を制しましょう」
「望むところ」
師が腰に差した剣をゆっくりと抜く、鍛え上げられ磨き上げられた剣は鈍く輝きマユラもまた剣を抜き、そしてマユラは師に向かっていった…。
「…何を見ている」
「虫」
あっさりと師に敗したマユラ、師の頼みを引き受ける他なくシュリの元へ行けば小さな背中見え、しゃがみ込んでいるので声を掛けると振り返ることなく地面の小さな虫の小隊を見ている。
マユラは内心うんざりしながら、何を考えているかさっぱり分からないシュリを弟子にすると声を背中に掛けるとシュリは小さく頷いた。
「いつまで見ている、いつから見ている」
「朝」
マユラの問いに短くシュリが返す、マユラはうんざりし長く息を吐く、ここで生まれた者は問答無用で物心付く前から剣を握る、なのでシュリも剣を握り才能があると師は言っていた、実際マユラもシュリの件の腕前は知っている、同世代の中ではシュリは抜きんでている、剣の腕は申し分ない、問題はこの掴み処のない性格だ。
「師が飯にすると言っている、行くぞ」
「ん」
マユラの声にシュリが立ち上がる、小さい身体でマユラの腰よりも低い身長のシュリがマユラの隣に並び一緒に師のいる小屋へ向かった。
鬼人は剣、剣は鬼人、自分よりも強い者に挑み腕を磨き続け自身の性を抑え込む種族。
箍が外れてしまうと理性が失せ、自身を壊しながら暴れ続ける、そうならない為に剣の腕を磨き師に強者に挑み自身を抑える。
多くの鬼人は集落を出て強者を求め旅をする、マユラも師に実力が近づけばそうするつもり…だったが…。
「………」
「シュリ、食事は美味しいですか?」
「ん」
師が用意した焼いた魚と森で採取した野草とキノコのスープを食べる、シュリは師の問いに頷き頭からばりばりと食べていく。
マユラは苦みがある頭や尾は食べず、骨と頭と尾を残しスープを飲んで食事を終わらせる。
強靭な肉体を持つ鬼人は必要最低限の食事と睡眠、僅かな休息で動き続ける事が出来る。
《アタラクシア》に未だいないとされている魔王、伝説上の存在とされている魔人にもっとも近い種族の1つとされていた。
「シュリ、食事が終われば私が稽古を付ける」
「ん」
「返事ははいだ」
「…はい」
マユラが言うとシュリは素直にはいと言い頷く、素直な子どもなのは間違いないが覇気がない。
まあ、煩いよりかは良いとマユラはスープを飲み干した…。
「筋は良い、構えも迷いの無さもいい」
「はい」
それからは日々鍛錬の繰り返し、マユラは良い物は良い悪い物は悪いとはっきり物を言う性分でシュリは素直に受け入れる、背も伸びて行き話すようになりマユラや師に対しても礼節を重んじるようになったが…。
「またか」
「いいのですよ、マユラ。剣以外にも関心があるのは良いことです、シュリの好きなようにさせてあげなさい」
「………」
背も伸び大人びてきたシュリだが、それでも虫を見たりずっと空を見上げてぼんやりする事はずっと続いていた。
マユラは呆れているが師はそんなシュリを優しく見守っている、間も無く旅に出ようとマユラ思い弟子であるシュリも連れて行く。
冒険者か傭兵をしながら適度に稼ぎ強者と剣を交え自身を更なる高みへと上げていく旅路、1度旅に出てしまえばしばらく故郷には戻れない。
「シュリ、ここを出て旅に出る。暫く…数十年は戻らない旅だ、準備をしておけ」
「はい」
シュリは短く答える、マユラは手が掛からなければいい、面倒でなければ良いと踵を返した。
「2人とも行ってらっしゃい」
「ああ」
「はい」
そして出発の日、師が見送ってくれシュリとマユラが旅立つ、僅かな荷物と路銀を持ち長い長い旅へと一歩を踏み出す。
シュリは静かで表情が乏しいが何処かわくわくしている、長い付き合いになったマユラにはなんとなくそれが伝わりマユラも少し気分が高揚しそうになるがそれを律し長い旅に心躍らさせた…。




