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1-09 誰が為の決闘場

「決闘? 戦うんですか?」

「私達は戦いませんよ、見るだけです」


 少し街から離れた、豪奢に飾られた建物に私達は辿り着く。

 そこは古びていながらも、中から大勢の人の気配を感じさせた。


(ここ、てっきり廃墟だと思ってたのに)


 建物の中に入ると、至るところに魔法が仕掛けられているのが分かった。

 それは衝撃吸収や、防音などの日常的な魔法。

 けれどずいぶん厳重に重ねがけしてあり、できる限り存在を目立たなくしようとしているのが分かった。


「《騎士》同士を戦わせるのはご法度では?」


 建物の中に入りながら、グリーフさんに問う。

 これは学園でも習う、当たり前の礼儀。


(《騎士》は、《契約者》を守ってくれる大切な存在だ)


 それを見世物にするなんて、どうかしている。

 けれどグリーフさんはそれが悪く思っている様子はなく、逆に子供を諭すような口調で優しく語りかけてきた。


「表向きは、ですよ。これは《騎士》の欲求の形でもあるのです」


 適当な場所に腰かけ、二人で開演を待つ。

 周りは興奮気味な囁き声で満ちていて、昼間じゃ味わえない熱量が渦巻いていた。


 そしてすぐに、戦闘開始を告げる鐘が鳴る。


「《騎士》は根本的な欲求として、《契約者》のために戦いたいと思っているのです。《契約者》がどう思っていようと」


 二人の《騎士》が出てきて、一礼後にぶつかり合う。

 彼らの《契約者》はそれを、少し離れたところで心配そうに見つめていた。


「その欲望の発露方法として、この形が取られているのです。もちろん表では《騎士》を傷つけるような真似をしているとは言えないから、隠されているわけですが。……おっと」

「ひゃっ」


 話し声が途中で聞こえなくなるくらいの轟音が響き、一人の《騎士》が剣を吹き飛ばされた。

 剣に魔法を乗せたのか、一瞬前まで見ていたところとは全く違う場所でもう一人の《騎士》は倒れている。


「すごい」


 けれど武器を失った《騎士》は、まだ諦めていなかった。

 死に物狂いで立ち上がり、床に落ちた剣を即座に拾って構えている。

 その顔は充実感に満ちていて、むしろ《契約者》の方が青くなって死にそうになっていた。


(確かに《契約者》じゃなくて、《騎士》が望んでやっているのが分かる)


 けれど《契約者》にしてみれば、嬉しいだろうなとも思ってしまう。

 自分のために、戦ってくれる人がいるのは。






(……あれ、あの人)


 次の戦闘に向けて待機している人を眺めていると、その中に誰とも組んでいない赤い紳士を見つけた。

 そしてグリーフさんも、紳士の姿を認めて身を乗り出す。


「一人のようですね、珍しい。まあ色んな《騎士》がいますから」

(おじいちゃんとイデアスみたいなものかな)


 グリーフさんの声を聞きながら、彼らの関係性に思いを馳せる。

 おじいちゃんは死亡こそまだしていないけれど、契約が切れてしまったのなら同じようなものだ。


(契約、おじいちゃんに返そうかな)


 一人で佇む紳士を眺めながら、そう思う。

 その考え自体は結構前からあったけれど、今まで踏み切れずにいた。


(だってそうしたら、私には本当に《騎士》がいないことになる)


 私にとって、それは一番怖いことだった。

 一度は他の人に譲渡したけれど、頭が冷えた今はそれがどうしてもその恐怖が頭から離れない。

 もちろん死ぬのも怖いけれど、誰とも分かり合えないまま生きるのも同じくらい恐ろしい。


(そういえばグリーフさんは、どっちなんだろう)


 隣に居る彼は《騎士》か、《契約者》か。

 今まで怒涛の展開だったので忘れていたが、どちらかではあるはず。


(けど、どっちでも嫌だな)


 グリーフさんがだれかと仲睦まじくしている様子を想像して、一瞬でかき消した。

 できれば彼にはこのまま、私と一緒にいて欲しいから。


(もちろん、そんなこと言わないけれど)


 誰かの《騎士》ならば《契約者》を優先させるべきだし、逆ならグリーフさんにも《騎士》がいるはずだ。

 なのに私を優先されたとしても、彼を信じられなくなってしまう。


「じゃあそろそろ、次に行きましょうか」

「はい」


 いつの間にか試合は終わっていた。

 なので思考を断ち切り、二人で建物から立ち去る。

 けれど門から出る直後に、再び視線を感じた。


(またあの紳士かな)



 そう思って振り向いた先には、夜空のような髪の青年がいた。



「……え」


 けれど瞬きをしてもう一度見た時には、そこに誰もいなかった。

 あるのは飾りとして備えつけられていた、深紅の幕を被った《召喚門》の模型だけ。


(気のせい、か)


 最近色々ありすぎて、過敏になり過ぎている。

 この世界で誰かに見られているなんて、自意識過剰もいいところなのに。


(私なんて、誰も相手にしてくれない。してくれるのは、グリーフさんだけ)


 だから今は、もう余計なことを考えないようにする。

 私と居てくれる彼との時間を、これ以上無駄にしたくなかった。






 あれから私達はまた、露店を片っ端からまわっていた。

 そこで売られているのは生活必需品じゃなくて、魔法の道具とかの余剰品ばかり。


「本当に色んなものがあるんですね」


 今までは毎日の生活のためのものしか必要がなかったから、昼間のお店しか見なかった。

 だから漠然と、夜に何かをやっているだなんて思いもしなかった。


「あなたは知らないものが多いんですよ。これは無勉強なのではなく、経験不足から来ている」

「経験、ですか」


 グリーフさんの言葉を、自らの口で言い直してみる。

 確かに私は彼の言う通り、変わった行動をほとんどしてこなかった。

 同じ毎日を、同じように。ただ、それだけ。


(この世界じゃ一般的で、それが正しいと思ってきたから)


 けれど、その考え方も今日でそれも終わりそうだ。


「これからはそちらに目を向けるといいでしょう、この世界には楽しいことがたくさんありますよ」

「そう、ですね」


 きっと、今までは過去を見すぎていた。

 自分だけの《騎士》に憧れ、それだけに執着していた。


(これからはもっと、色んなことをしよう)


 今までとは違う、私になろう。

 具体的にどうすればいいかは、まだ分からない。

 けれど彼がいてくれれば、きっと変われるから。






 あれからしばらくして、私は帰宅した。

 まだ深夜には遠く、けれどいつもなら夢の中にいる時間。


「今日は楽しかったです」


 家まで送ってくれたグリーフさんに振り返って、お辞儀をする。

 そして彼も同じように、こちらこそと頭を下げた。


「ではまた会いましょう、色々連れて行きたいところがあるんです」

「どんなところですか?」


 こんなに素敵な世界に連れ出してくれたグリーフさんだ、きっと他にも素晴らしい場所を知っているに違いない。

 そう思う私は、彼が言うのであればどんなところにもついていきたいと思っている。

 けれど想定もしていない場所を提示されて、とっさに反応ができなくなった。


「例えばですが、《世界の淵》です」

「え?」


 それが地名なのか、何かの比喩なのかさえ判別がつかない。

 でもグリーフさんはまだ、それが何かを教えてくれない。


「どういうところかは、行ってからの秘密です。私の秘密の場所なんですよ」

「それを教えてしまっていいんですか?」


 今まで誰にも教えていなかったのなら、今日出会ったばかりの私に教えてしまっていいのか。

 私はグリーフさんに心を許しているが、彼が私に心を許す理由がない。

 けれど彼はまた穏やかに笑んで、言い聞かせるように優しく囁いた。


「えぇ、あなたになら。二人だけの秘密にしましょう」

「……はい!」


 グリーフさんがそう言うならば、私に拒否権はない。

 知らないところは少し怖いけれど、今日の出来事から考えても彼なら大丈夫だ。

 それにすぐそこに行く、とは言っていなかったし。


(なにより、初めて持てる二人だけの秘密だ)


 これは、私が欲しかったものの一つだ。

 たいしたものなんかじゃなくて、ありふれたものでいい。

 つまらない日常の中で、小さいながらも輝かしい記憶。

 私が今まで手に入れられなかったもの。


「では、また」

「えぇ、待っています」


 そう言うとグリーフさんは私に背を向けて、夜へと消えていった。

 けれど、寂しくはない。

 明日があるのがこんなにも嬉しいって、ようやく知ったから。


(秘密って、二人だけの秘密って言われた!)


 グリーフさんがいなくなってからも燃え上がる興奮のあまり、寝台に飛び乗ってしまう。

 けれどそれは少しも発散されず、どくどくと私の中で波打っている。


「……んにあ」


 暴れ回った音を聞きつけたエンヴィが、迷惑そうに顔を部屋に出す。

 けれどそれ以上は何もせず、私の姿を確認すると部屋の隅で丸くなった。


(普段の時間なら既に寝てる時間なのに、遅くなったから心配したのかな)


 そう考えると、ちょっと悪いことをした気分になる。

 けれど未だ体の中に燻る熱は、まだまだ冷めそうもない。


(満たされるって、こういう感じなのね)


 いつもは静かに乗る寝台で、また跳ねまわってみる。

 すると心と同じように、体も宙に浮き上がった。

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