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3-15 *の始まり、再演の刻

 少しの沈黙の後、彼は私に問いかけた。


「僕が新しい魔法、なんで使えるようになったか分かるかい」

「え?」


 予想もしてなかった問いに、思わずこちらが聞き返してしまう。

 エンヴィとの戦いで開花した、新たなイデアスの魔法。

 けれどそれが今、どうして関係あるのだろう。


(時戻しの魔法は、おじいちゃんの死を遅らせるための魔法だった)


 問いに答えるため、私はグリーフが言っていた言葉を思い出す。

 《騎士》が習得する魔法には理由があると、彼は言っていた。

 けれどそこまで分かっても、どうしてその魔法が使えるようになったのかが分からない。


(《破滅の獣》を倒すため、なんて答えじゃないだろうし)


 分かりきっている回答なら、そもそも問いかける必要有がない。

 そしていつまでたっても答えにたどり着けない私を見かねて、イデアスが答えを出してくれた。


「君と共に生きたいからだよ」

(……あ)


 その言葉を聞いた私は一つの仮説にたどり着く。

 それならば、彼はずっと矛盾を抱えて生きていたんことになる。


「傷つけてしまった君といる権利はないと、自分に言い聞かせ続けてきた。けれど、心は君の側にいたがってしまったんだ」


 イデアスの手は、自分の服を強く掴んでいる。

 まるで、どこか別の場所を掴まないように。


「おかしいよね、僕は君の《騎士》じゃないのに」


 それは何度も己にかけてきた言葉なんだろう。

 そうでなければ小刻みに震えた声なのに、淀みなく伝えられはしない。


 でも同時に、それは私もいくどとなく考えてきたことだ。


「《騎士》じゃないのに一緒にいたいなら、《騎士》とは別の気持ちなんじゃないのかな」


 だから私は、私の持っている答えを返した。

 歪な形で召喚された人、でもよくよく考えればそれだけだ。


(そもそも、彼を《騎士》として見ているからおかしくなっていた)


 今まで人間関係が乏しかったから、なんとかイデアスを《騎士》の枠に留めようとした。

 けれどそんな必要、実はどこにもない。


(ここに至るまで、少しづつそうしてきたんだから)


 ずっとその考えを抱えていた私はそれで、納得できる。

 けれどそれをまだ飲み込めないイデアスは、面食らった顔をしていた。


「《騎士》として以外の気持ちなんて、考えたこともなかった」

「私だってイデアスと出会わなかったら、きっとそうだったよ」


 イデアスと出会わなかった自分の姿は、嫌になるくらい見てきた。


(街にいた羨ましい人達が、そう)


 痛みとは遠い場所にいる、穏やかな人達。

 意思の齟齬なんて起こり得ない、自分自身の片割れ。


(けれどもう、羨ましくなんかない)


 他者に合わせられた歪な形をしていても、向かい合える。

 真の意味で相手の心が通い合わなくても、共に生きれると分かったから。



「……やっぱり。僕は、君と一緒にいたかったんだ」



 イデアスの口元から、涙のように言葉が出てくる。

 ぽたりぽたりと、一つづつ。


「僕のことで悩んで欲しくないのに。僕のことばかり考えてる君を見ると嬉しくなる」


 《騎士》は《契約者》の理想を模って作られる存在だ。

 でも彼は、とっくにその枠から外れてしまっている。


(じゃあ《騎士》は、《騎士》でなくなったら何になる?)


 私の《騎士》になると誓ってくれた日。

 あの日から徐々に、彼はこの世界では定義できないものに変質してしまった。


「僕はもう、とっくに《騎士》なんて存在じゃなかったんだ」


 彼の言う通り、彼は名前のつかない存在になってしまった。

 もう自分ですら、己の正体を認識できなくなっている。


「気づくのが遅すぎた、いや、違う。気づいてたけど、虚勢を張り続けていた」


 そしてイデアスは、指先から消えゆく魔力を見つめた。

 もうこれで、終わりだと思っているのだろう。


 だから私は彼が完全に消える前に、その手を強く掴んだ。


「でも、まだ手遅れじゃない」


 イデアスが共に生きたいと願ってくれるなら、手立てはまだある。

 最大の障壁は、彼の気持ちだったから。


「聞いて」


 困惑するイデアスの腕を強く引っ張って、私は耳打ちする。

 確実じゃないけれど、存在はしているはずの可能性を伝える。


「あなたが消えるなら、私がもう一度呼び戻す。それで、私の本当の気持ちが分かるよね」


 「嫌なら呼び戻さないでしょ」と、私は笑う。

 すると私の言葉を聞いたイデアスは納得して、少し泣きそうに顔を歪めた。


「……そうだね。それならいける。今度は必ず、今度こそ「君」を見つけ出してみせるよ」


 彼の消滅は、もう止められない。

 シアトリウムがいない今は、誰もこの結末を変えられない。


 だから。

 止められないないなら、もう一度。


「信じるよ」

「信じて」


 紛れもない別れの時だけれど、お互いに抱き合うこともない。

 だってそんなの、嘘でもできるから。


(それよりも、もう一度再会を)


 召喚機構を捻じ曲げる魔法は、もう存在しない。

 だからお互いに、本当に相手を願わなければ叶わない。


(あの時は、お互いに違う人を願って繋がった)


 会いたい人は二人とも違っていたけれど、運命を捻じ曲げられたが故に繋がれた。


(けれど、もうそれは通用しない)


 運命を繋ぐ妖精がいない今、召喚機構はただの仕組みと化している。

 だから、嘘はつけない。


(会いに行こう、私から)


 最後に小指を絡めあって、そして風がイデアスの姿をかき消す。

 けれど、もう不安はない。


(私も「イデアス」を見つけ出すよ)


 私達が初めて会った時とは違う、新たな出会いをもう一度。

 異なる人じゃなくて、お互いを求めて辿り着く瞬間を。


(約束したから)


 後は彼を、信じるしかない。






 あれから私は、私を知る人がいない世界で過ごしている。

 街にはあいかわらず、仲睦まじい人達で溢れていた。


(けれどあの焼けつくような、他者を羨む感情はもうない)


 一揃いの《騎士》と《契約者》を見ても、良かったと思うだけだ。

 彼らがいることは、私が世界を救えた証拠でもあったから。


(変わったのは、私だけじゃない。この世界も、ずいぶんと変質してしまった)


 《破滅》はもう起こらず、代わりに日の落ちる時間や温度が大きく変わるようになった。

 朝起きると肌が震えたり、反対に蒸し暑い夜が訪れる時もある。


(そのせいで一度、庭園の花が全て枯れてしまったことがある)


 あの時は原因が分からず、ずいぶんと焦ったし怖くなった。

 あそこにはたくさんの思い出があるから、花と一緒に全てなくなってしまう気がして。


(けれど代わりに、新しい花を見かけるようになった)


 不安による睡眠不足で倒れそうになっていた頃、外の様子が変わっていることに気づいた。

 本で調べたところによると、それは『季節』というらしい。


(それからは違う花で、庭園を埋めている)


 気象が大きく動くようになって、現れ始めた変化。

 風に乗って、知らない色と形の葉が届く日もある。


(この花は、どこから来ているのだろう)


 同じ場所を行き来するだけじゃ得られないものも、存在する。

 けれどそれを見つけるなら、イデアスと一緒がいい。


(問題を解決したいわけじゃない)


 答えがあるのがこの世界でも、そうじゃなくてもいい。

 けれど誰かと共有したい、それができるなら彼がいいと思った。


 私が本当に求めている存在は、そういうものだった。


(たくさん、話したいことがある)


 胸によぎる、イデアスの笑った顔。

 私よりずっと大きいのに、安心した子供みたいな笑い方ばかりする青年。


(そうじゃない笑顔も、いつか見てみたい)


 あの長いようで短かった日々は、悪いことばかりじゃなかった。

 少なくともここまで来た私は、過去の記憶を反芻できる。

 苦しかったから忘れようとするんじゃなくて、誰かといた日々があったと思い出せる。


(会いたい)


 記憶に残っている彼だけじゃなくて、新しい彼も見てみたい。


 この庭を見たら、彼はなんて言うだろうか。

 見たことのない花を探しに行こうと言ったら、彼は応えてくれるだろうか。


 彼がいた痕跡は私の《台本》だけだから、不安になる日もある。

 けれど様変わりした世界で夢を見ながら、私は彼を待っている。






(やっとこの日が来た)


 祝ってくれる人のいない誕生日に、興味なんてない。

 けれどこの日は私にとって、一番大切な日だ。


(最初の契約は無理やり繋がれたものだった、けれど今回は違う)


 自ら召喚陣に立ち、《召喚門》にかかる深紅の幕をくぐって進む。

 前とは何もかもが違う。思い描く人も、心持ちも。


「《私はあなたを愛している》」


 呪文を唱えて門の中に入り、《舞台裏》に潜り込んで、あの《騎士》を探す。

 一歩間違えればそのまま周りの魔力に取り込まれてしまいそうな心地よさが、私を包む。


(取り込まれるわけにはいかない)


 真っ直ぐ前を向き、一歩ずつ進む。

 今度はこっちから、彼を手繰り寄せようとする。


 文章の書いていない手紙、音の鳴らない楽器、瞳のない人形。

 不完全な物の隙間を見つけながら、私は進む。


 けれど途中で明らかに彼とは違う何かの、視線を感じた。


(……獣だ)


 《破滅》の日に人々を喰らった獣が、魔力に混ざってあちこちに潜んでいるのに気づく。

 最初はエンヴィかと思ったけれど、情のない表情が似ても似つかない。


 そして獲物を探す眼は、全て私の方を向いていた。


(このままじゃ、食べられる!)


 そう本能が告げて、私はあわてて逃げようとする。

 けれど敵がいる想定をしていなかったから、あっという間に追いつかれた。


 そして私は引き倒され、人を魔力に戻す牙が、かちかちと鳴らされる。


「イデアス!!」


 悲鳴のような声で、私は叫ぶ。

 やっとここまで来たのに、あと少しだったのに。


(体が、解かれていく)


 群がる獣達が私の肩に食らいつき、引き裂く。

 痛みがない代わりに、その場所から感覚がなくなっていく。


(私が、消えていく)


 視覚も聴覚も奪われて、闇へと世界が落ちていく。

 自分の意識すら刈り取られる、その瞬間。


 ぱきん。


 なにかが割れる音が、遠くから聞こえた。

 視線を向けるといつの間にか落ちてしまった花のお守りが、離れた場所で粉々になっていた。


(……あ)


 彼からもらったお守りは、もう元の形も分からない。

 けれどその中から漏れ出た魔力が、獣を引きつけている。


 そして、


「――ここだよ、インフェリカ!」


 求めていた声と共に一陣の風が吹き荒れて、獣が全てが追い払われる。

 それは空を切り裂いて、願いを叶える星の輝きを持っていた。


「良かった。……やっと、間に合った」


 剣を携えた《騎士》が、こちらに駆けて来る。

 心に描いていた青年が、私を背に守って戦う。

 迷いなく振るわれる剣に、敵なんてあるはずもなく。


 けれど不安を隠しきれない声に、思わず笑いが漏れてしまった。


「僕を、覚えてる?」

「もちろん」


 彼は変わらない。ここまで来ても臆病なところも、それでも駆けつけてくれるところも。

 そして私が選んだのは、そういう人だ。


「インフェリカ、君に逢いに来たんだ。君の《騎士》ではないけれど」


 前にはなかった、嘘偽りのない口上。

 そして彼はもう、跪かない。


「これからはずっと、君と共に在るよ」

あとがき:

これにて「召喚令嬢インフェリカは、理想の騎士を召喚したかった」完全完結となります。

ここまでお付き合いくださいました皆様に、心より御礼申し上げます。




今回は登場人物が前回の2倍だったため、かなりの時間が掛かってしまいました。

(実は今作、前作よりも早くプロットが上がってました)

けれど思い入れも深かったので、完成できて本当に良かったです。


次の作品はいくつか手をつけているので、完成次第投稿していきます。

もし見かけた際には、また読んでいただけると励みになります。


最後にこの作品を気に入って頂けたら、ブクマ、評価、感想、レビュー、いいねなどをして頂けるとありがたいです。


---


以下、ざっくり登場人物紹介という名のおまけ


・インフェリカ

 劣等感を拗らせた暴走系少女、命名は劣等感から。


・イデアス

 自分の正義に振り回される繊細系騎士、命名は理想から。


・ハーネスト

 挙動がおかしい甘やかし系騎士、命名は誠実から。


・グリーフ

 優しげな雰囲気と見せかけてやさぐれ系お兄さん、命名は悲しみから。


・エンヴィ&ジェラ

 自分の事を見て欲しいツンデレ猫系少年、命名は両方とも嫉妬から。


・デフェンド

 過去の主人が忘れられない自殺願望系おじ様騎士、命名は守護から。


・シアトリウム、シアト

 無機質で不思議なお兄さん系ラスボス、命名は劇場から。


・アドール

 ほぼ昏睡状態なのに多大な影響力を持つおじいちゃん、命名は憧れから。


以上、ありがとうございました。

ブクマ、評価、感想、レビュー、いいねなどをして頂けるとありがたいです。

よろしくお願いいたします!

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