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3-14 消えることを願われた未来






 戻ってきた世界は再構築され、見慣れた光景を作っていた。

 長い夜は掃われ、朝焼けが世界を照らしている。


(やっと世界が、戻ってくる)


 魔力から姿を取り戻した人々は、再会を喜んでいる。

 片割れがまだ見つからない人も、そのうち探し人の元にたどり着くだろう。


(それにしても、イデアスはどこにいったんだろう)


 私も彼らと同じように、街を巡ってイデアスを探す。

 最初は家に戻ってみたけど、見つからない。

 室内庭園にもいないし、おじいちゃんの部屋にも見当たらない。


(殺されてはいないと思うけど)


 確証はないけれど、シアトリウムが騙し討ちをするとは考えづらかった。

 でもイデアスと一緒にいた時期が長くない私には、彼がいそうな場所がそう考えつかない。


(見つからなかったら、どうしよう)


 もし本当に死んでしまっていたら、ここではないどこかへ彼が飛ばされてしまっていたら。

 可能性が頭の中を埋め尽くし始めて、だんだんと焦りが生じてくる。

 そうだと決まったわけでもないのに、悪い想像が首を絞めてきて息が苦しくなる。


 けれど不安が私を覆い尽くす前に、探し求めていた青年が私の前に降り立った。


「――いた、インフェリカ!」

「イデ、」


 名を呼ぼうとして、声が止まる。

 現れた彼は慌てた様子だったけれど、大きな怪我はしていなさそうだった。


「良かった、心配してたんだ」


 そう言って近づいてくる彼は私を見つけたことに安堵して、息を切らせながらも笑っている。

 だから彼はシアトに《退場》させられてからずっと、私を探してくれていたのだろう。

 けれど今は、それに喜べない。



「ねえ、どうして消えかけてるの」



 数多の《騎士》がそうだったように、魔力を失った様相。

 彼も同じように、今にもこの世界から消滅しようとしていた。


(イデアスの姿は、向こう側の光景が見えるくらい薄くなっている)


 思い当たる原因は、ただ一つ。


「私が大規模魔法を使わせたから?」


 天井を埋め尽くすほどの魔法陣を展開しなければ、発動すらできない魔法。

 シアトリウムから受けた傷は強い薬で補填できてたから、それしか考えられない。

 私がそういうと、イデアスは視線を彷徨わせた。


(あぁ、やっぱり)


 彼は本来、嘘を吐くのに向いていない。

 けれどイデアスの返した答えは、私の予想とは少し離れていた。


「それもあるけど、全部じゃない。こうなっているのは、君に元の世界を返すためだ」

「元の世界?」


 世界は既に元に戻っている。妖精は消え、《破滅》は免れた。

 けれど彼が指しているのは、それよりもっと前だった。


「そう、僕と君が出会う前の世界だ」


 魔力が薄くなっていて気づかなかったけれど、イデアスは今も魔法を行使していた。

 もしかしたら魔力を消費し切って消えようとしてるのかもしれない、デフェンドさんと同じように。


「僕は、どうやっても僕が許せなかった」


 ぽつり、とイデアスが言葉を落としていく。

 それは彼が私と向き合った日から抱えていた、私への感情だった。


「あの雨の日、君は僕を許してくれた。それからずっと考えていたんだ。どうすれば君に償えるか」


 お互いの罪を認めて、改めて手を取り合ったあの日。

 あれから私は、彼と心を通わせられるのだと信じていた。


 けれどそれは、私が都合よく解釈していた幻想だった。


「結果としては何もなかったよ、君に許される術なんて」


 諦めたように首を振るイデアは、既に答えを出し終えていた。

 ずっと考えて、決めたのだろう。


「ずっと蔑ろにしてきたものを帳消しにする方法なんか、どこにもなかった。ならせめて、最初に戻すべきだ」


 イデアスが完全に消えてしまえば、後に残るのは続きの世界だけ。

 異分子が消え、全てが元通りの世界。

 そう、彼は考えたのだろう。


 けれど私は、イデアスの考えに同意できない。


(結局、私は一人ぼっちなのかな)


 全てが戻ってくるのに、彼だけが消える。

 その事実が、今の私を深く抉った。


(前はあれだけ憎んでいたのに)


 殺したいと願い、一度は不完全ながらも手にかけた相手。

 けれど今は、一緒にいて欲しいと願っている。


 でもイデアスは、私の願いを叶える気などない。


「これでやっと真っ当に過ごせるね」


 魔法に魔力を奪われていくイデアスは、少しづつ姿が朧気になっていく。

 けれどその中で、彼は今までで一番穏やかに微笑んでいる。


「今まで苦しかっただろう、僕がいたせいで」


 笑みに含まれているのは、感傷と労りだ。

 彼は契約してからずっと私を、償うべき相手として見てきた。


「でも大丈夫、これからは幸せになれるよ」


 世界を照らし出す柔らかな朝日の中、イデアスは安堵の表情を浮かべている。

 ようやく、私に対して償うに足る方法を見つけられたから。


「そんな風に思ってたの」


 彼に対して私が絞り出せた言葉は、それだけだった。

 だって私は、彼の償いを受け取れない。


「当然だよ。僕にだって、ずっと罪悪感はあったんだ」


 抱えていた罪をようやく手放す算段がついたイデアスは、私を真っ直ぐに見つめている。

 今まですれ違ってばかりだった目が、今になってかちりと合う。


「私がいなくなって欲しくない、って言っても?」

「無理しないで、もう僕を気にしなくていいんだ」


 言葉は交差してばかりで、重なり合わない。

 近づいているようでいて、やっぱり同じところには行き着いてなんかいなかった。

 だって私は、彼と同じ気持ちにはなれないのだから。


「私がいて欲しい人の中に、ずっと君もいたのに」

「でも」


 この世界に残ってほしいと願われたイデアスは、困惑している。

 彼は自分の行動で、私が喜ぶと信じ切っていたから。


「君と生きたいと思ったから、ここまで悩みながら来たんだ」


 心穏やかに、お互いを理解し合えるのが一番だと思っていた。

 けれどそれは本来の《騎士》との在り方で、私と彼の在り方じゃない。


「君は、僕でいいのかい? 理想の《騎士》じゃなくて」

「理想じゃなくて、あなたがいいの」


 私の理想はとうに姿を変えて、変質していた。

 だからもう、理想の騎士は私に必要ない。


「やっぱり、正しい契約をしてないからお互いが分からないな」

「そうだね。でももう、それでいいと思ってる」


 正当な契約さえ行えば、相手の考えなんか簡単に分かると思っていた。

 けれど現実はそうじゃなくて、片割れではない私達は完全な理解とは遠い場所にいる。

 だけどそれをもう、変えたいとは思わない。


「あなたが言う通り、きっと私達はずっと分かり合えない。けど、それでいいの」


 完全に分かり合えなくても、共に歩いていける。

 そうイデアスも考えてくれるなら、私にはまだ打てる手があった。


(きっと彼は、迷っているけど)


 今まで一緒にいて分かったけれど、彼は内罰的だ。

 それこそ私がいいと言っているのに、ずっと引きずり続けているくらいには。


(最初の彼の様子からは、想像もできなかった)


 これが彼の本質なのかもしれない。

 一度抱えた物を、一途に大切にする人。

 真面目で、誠実な優しい人。


(言うべきことはもう言った、あとは彼次第だ)


 これでイデアスが拒否するなら、もうその時は諦めるしかない。


(彼がおじいちゃんを優先するなら、それでもいい)


 思い出を抱えて死にたいなら、もう止めはしない。

 召喚された《騎士》が《契約者》が優先するのは、仕方がないともう分かっている。


(《騎士》とは、本来そういう存在だ)


 歪んだ在り方を押しつけている自覚はある。

 だから彼がどんな答えを出しても、受け入れるつもりでいた。


(けれど、嘘だけはついて欲しくない)


 本心なんかどうやったって分からないくせに、取り繕ったことは簡単に端から崩れていく。

 それはもう十分に分かった、だから。


(イデアスの、答えが欲しい)


 それが拒絶であっても構わない。

 私の声を聞いて、彼が本当に出した答えならば。


(本当は怖いけど)


 私は、受け入れる。

 そうでないと、今までと同じになってしまうから。

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