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3-13 それぞれの終演

 瞳が、鼻先が触れそうな距離でかち合う。

 眠れない夜に見る、恒久に生き続ける星を思わせる輝き。


 けれど彼は昔言っていた、星ですら永遠ではないのだと。

 どんなに永くとも、いつかは滅びるものなのだと。


「この言葉の意味は、やはり分からないな」


「愛している」と反芻しながらも、「しょせん他の世界の、借り物の言葉だ」と諦めたように呟く。

 けれど言葉とは反対に、彼の口角は柔らかく上を向いていた。


「だが、僕を滅ぼすのがお前で良かった」


 そう言いながら、彼は首に手が伸ばしてくる。

 私は、それを振り払おうとは思わなかった。


(殺される? ……ううん、違う)


 腕は首をすり抜けて、私の背中に回って抱き寄せる。

 それは、彼が妖精の本能に打ち勝った証拠でもあった。


「――《脚本》の先へ行くのが、お前で良かった」


 内側の姿ごと崩壊していく彼の体は、もう抱き返せる場所がほとんどない。

 この世界におじいちゃんの姿を借りて現れた時から、きっと彼は大きく力を制限されていた。


(それでも私達と同じ場所に立ったのは、たぶん誰かに認識してほしかったから)


 思っているより妖精は、心の在り方が私達と近いのかもしれない。

 すごく、自分にも他人にも分かりずらいだけで。


「他の誰でもない、僕に会いたかったとお前は言った。これで妖精ではなく、『僕』の願いは叶ったようだ」


 存在を殺す短剣で刺されて、なお残っていた場所も、崩れていく。

 魔力が星空のように輝く世界で、彼は眠るように壊れていく。


「おやすみなさい、シアトリウム」

「……おやすみ。インフェリカ」


 閉じていく瞼が、彼の物語に幕を下ろさせる。

 そして門が開く音がして、彼は舞台からいなくなる。



 代わりにぱちぱちぱち、と小さな手で打ち鳴らされる音が私を祝福していた。



「お疲れさま」

「おじいちゃん」


 音の方へ目を向けると、幼い姿のおじいちゃんがぼろぼろの客席の一つに座っていた。

 けれどその姿は消えかけで、もう存在そのものが長くないことを示していた。


「すごいね、お前は。世界を妖精から救っちゃった」


 僕にはできなかった、と言いながら彼は微笑んでいる。

 幼い姿で現れたおじいちゃんは、私より小さい。

 けれど私を映す眼は複雑な色をしていて、長く生きていることを証明していた。


「必死だっただけだよ」

「それでもすごいし、本来は僕がすべきことだった」


 今まで聞いたことのない、後悔のにじむ声が私に話しかけてくる。

 そしてその内容は、今までおじいちゃんが語らなかった、《契約者》の話だった。


「意識がなくなる前に契約を手離すべきだった、けれどそれができなかった」

(おじいちゃんも一緒だったんだ)


 考えれば当たり前かもしれない。

 《騎士》であるイデアスは、あれだけおじいちゃんに執着していた。

 だから同時に《契約者》であるおじいちゃんも、同じだけの感情を持っていたって不思議じゃない。


「仕方ないよ。それにもう、あの時病気で動けなかったでしょ」

「それもそうなんだけど、やっぱり手放したくなかったんだ」


 私のおじいちゃんとしてじゃなくて、イデアスの《契約者》としての言葉だった。

 手を離せなかったのではなく、手を離さなかったと彼は断じる。


「イデアスが僕の《騎士》であるのと同時に、僕も彼の《契約者》だから。心が、嫌がってしまった」


 震えた弱々しい声が、言葉を続ける。

 心の一番深い場所にある、傷を語り明かす。


「本当はね、病も治るものだったんだよ」

「そうなの?」


 それは長年おじいちゃんの看病をしてきた私も、知らない事実だった。

 でも不思議だ、ならばなぜおじいちゃんは病を直さなかったのか。

 そしてその問いを、おじいちゃんは隠さなかった。


「僕は本気で直そうと思わなかったんだ、イデアスに看取られて死ねれば満足だったから」

「……そっか」


 私は大病を患わなかったけれど、でも残された時間を自らの片割れと過ごせたら幸せだと思う。

 実際におじいちゃんはそうして、自らの生を穏やかに終わらせる気だったのだろう。

 けれど彼は、生き残ってしまった。


「半端に生きてしまったせいで、イデアスが再召喚された時にはもう体が動かなくなっていた」

(死んだ後を、考えなかったのね)


 けれどそれを無責任だと論じることは、できなかった。

 本来はおじいちゃんが死んで、イデアスが消えて、それでおしまいなのだから。

 私が生まれてきたこと自体が、おかしいのだから。


「ごめんね、お前達がこうもこじれたのは僕が原因だ」

「ううん。それがなかったら私達も出会えなかったし、そもそも私は生まれなかった」


 確かに私達がひどい出会いをしたのは、おじいちゃんが原因なのかもしれない。

 けれどその未練がなければ、私達が出会えなかったのも事実だ。


「それに今はもう、イデアスも自由だと思うから」

「そっか」


 「もうおじいちゃんの《騎士》じゃない」と告げる形になってしまったが、おじいちゃんは何も言わなかった。

 ただ少し寂し気な表情をして、私へと向き直った。


「なら、あいつの呪いを解いてあげて欲しい。もう、呪いでは生きられないだろうから」

「もしかして、シアトリウムに何かされたの!?」


 完全に倒したと思い込んでいたが、イデアスに何か悪い魔法を残したのか。

 そう思って慌てたがおじいちゃんは私の勢いに固まった後に、くすくすと微笑んだ。


「あの妖精じゃなくて、お前に対してだよ。妖精の呪いなら、とっくに解けてる」

「そう、なの?」


 「お前が解いたんだよ」と、おじいちゃんは穏やかに笑っている。

 呪いと言う物騒な言葉の割に、その態度に焦りはない。

 けれどそれは矛盾したものじゃなくて、それでも大丈夫だからと言う自信に裏づけられたものだった。


「ここまで来たお前なら大丈夫だよ。こうやって慌てる程、お前がイデアスのことを大切に思ってくれているから」

「おじいちゃん、」

「おいで」


 ちょいちょいと手招きされて近づくと、幼い頃のように抱きしめられた。

 体こそ私よりも小さいけれど、密接した場所から伝わる安堵はずっと変わらない。


「お前なら、大丈夫」

「……うん」


 何度も頭を撫でながら、安心させるように言い聞かせてくれる。

 未だちゃんとした自信があるわけじゃない。

 けれど、おじいちゃんが言ってくれるならそうだって信じられる。


「今までごめんね、ずっとお前の時間を奪ってしまった」

「謝らないで、おじいちゃんが好きだったからやってたの」

「……優しい子に育ったね」


 今まで話せなかった分、私達は話し続ける。

 ずっと近くにいたけれど、誰よりも私達はお互いの心が分からなかったから。


「イデアスをどうかよろしく、もうあいつの方が心配だよ」


 祖父の側面と、《契約者》の側面を混ぜ込んだ声が響く。

 そのどちらも、おじいちゃんはずっと大切に抱え込んでいた。


 そしてしばらくの後、おじいちゃんは私を腕から解放して立ち上がった。


「じゃあお前が作った《召喚門》から戻るといい、外の世界に通じているから」

「おじいちゃんは戻らない、んだね」


 先導するおじいちゃんの後ろを歩きながら、我慢できずに問いかけてしまう。

 私と共に戻らないのは、死ぬことと同義だ。


(さっき、シアトリウムに言ったばかりなのに)


 もう死者を望まないと言ったのに、本人に会うとその気持ちも揺らいでしまう。

 さっきの言葉は嘘というよりも、そうでありたいという願いに近かったから。


 けれどおじいちゃんの方が、私に向き直って首を横に振ってくれた。


「死者はきちんと死んでいるべきだよ。そうじゃないと、ずっと生者を留めてしまう」

「そ、っか」


 死なないで、という言葉は出なかった。

 おじいちゃんに生きていて欲しい気持ちは確かにあるのに、一緒に戻った方がイデアスが喜ぶのが分かっているのに。


「気に病まないで、それじゃ二の舞だ」


 一緒に戻ろう、と声をかけようとしているのを見透かしたおじいちゃんが先手を打った。

 口調は穏やかだったけれど、私の提案を絶対に受け入れないと決めた響きだった。


 そして彼はそれ以上に私にしゃべらせず、別れを告げる。


「じゃあね、お前の幸せを祈っているよ」


 そう言うとおじいちゃんはこちらへは向かわずに、その場で手を振った。

 本当に、これで最後なんだろう。


(これまで私は、ずっとおじいちゃんの影を追ってきた)


 もしかしたらイデアス以上に、私はおじいちゃんを追いかけていたのかもしれない。


(だっておじいちゃんがいなくなってからも、私は自分とおじいちゃんを比べて嘆いてた)


 イデアスと契約をきちんと結んでからも、私の中から追い出せなかった感情。

 これは彼らの問題じゃなくて私の問題だったから、どうやっても逃げられなかった。

 でも、もう大丈夫だ。


「私、きっと幸せになるよ」

「あぁ、これでやっと安心できるよ」


 微笑んで目を細めるように、おじいちゃんは目を閉じる。

 きっと私が去れば、もう瞼は開かない。


(ずっと心配だったんだろうな)


 私のことも、イデアスのことも。

 それはこの舞台の裏側に沈んでからも、消えなかった自我から分かってしまう。


(よほどの未練がなければ、この世界で溶かされてしまうから)


 ずっと、ずっと心配してくれたのだろう。

 だからもう、解放すべきだ。

 私はイデアスと歩いていけると、証明すべきだ。


「おやすみ、おじいちゃん」


 イデアスが来る前の、あの日々のように。

 シアトリウムと初めて会った日よりも、もっと前の。

 また明日も出会えるのだと疑いもしなかった、幼い日の夜のように。


「あぁ、おやすみ」


 開かれた《召喚門》を私は潜り、彼も消える。

 そして舞台からは、誰もいなくなった。

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