3-09 召喚機構と序幕語り
【Sideインフェリカ】
全てが溶けた世界を越えて、最後の場所に辿り着く。
そこは図書館にあった《記録観劇場》を、大きくしたような場所だった。
(中は観客席になってるんだ)
長い階段を抜けて辿り着いたのは、世界を眺めるための場所だった。
大きく開かれた幕からのぞく舞台には、私が今までいた街が映されている。
そして数えられない程並んだ座席の一つに、彼が座っていた。
「やっと来たか」
熱を持たない透明な瞳が、私を映す。
今までと違うのは、彼の姿が成長していたこと。
癖のある髪を足の付近まで伸ばし、無造作に広げた青年。
それは私が幼い頃に見た、祖父の姿でもあった。
「あなたの正体は何?」
私は彼の前に立って、正体を問う。
彼は出会ってから未だはぐらかし続けて、その問いに答えていなかった。
そして彼はついに、自らの正体を白日に晒す。
「僕はシアトリウム。お前達にとっての召喚機構であり、《破滅》の元凶だ」
「仕組みが人になったっていうの?」
この世界のあらゆる場所で行われる、《騎士》と出会うための契約魔法。
その仕組みが彼自身だと、私は解釈した。
けれど聞き返した私の言葉に、青年は首を振って否定する。
「全く別だな、妖精が仕組みになったということだ。この姿は借り物にすぎない」
「……あなたが妖精?」
選択から除外していた存在を提示されて、私は思わず問い返す。
だって誰も正体が分からなかった存在が、何度も顔を合わせた人だなんて思わなかった。
(けれど確かに、今の彼には薄虹色の羽が生えている)
いつの間にか、シアトリウムの背中には淡く輝く羽が生えていた。
それはおとぎ話で聞いた、妖精の特徴と一致する。
それに良く考えれば、妖精は召喚を司るものだ。
そう思えば彼が《騎士》たちを振り回した魔法が使えることは、何もおかしくない。
(けれどなんだろう、それだけじゃない気がする)
彼が嘘をついているというより、まだ何かある気がする。
彼の声が、ここではないどこかから聞こえている気がする。
「僕ら妖精は、お前達《役者》が感情を宿した魔力を喰らう。そのために《舞台》に生み出した」
シアトリウムは手のひらに魔力を集め、人の形にしてみせた。
《舞台裏》に落とされた時に見た、あの影のような人型だ。
けれど人の形をした魔力はそれ以上動かず、すぐ彼に握りつぶされてしまう。
「最初に生みだした《役者》は意思がなく、反逆の心配もなかったが、魔力もほぼなかった。だから《役者》に意思を持たせる仕組みに、自らが成った」
「あなた、そんなことまでできるのね」
ハーネストやイデアスを操っていた時から予想はしていたが、想像以上の力だ。
こんなの、世界そのものが敵になっているようなものじゃないか。
でもそれが本当なら、私の中にあった一つの仮説が成り立つ。
「僕は意思を持つ、世界の仕組みだ。だから《役者》の意思、《登場》、《舞台》の構成に関われる」
「じゃあもしかしてあなたが、イデアスの再召喚に手を貸した?」
不可思議な日に起きた、イデアスの召喚。
彼が世界の理を動かせるのか、ずっと疑問だった。
(けれどシアトリウムが関わっていれば、話は変わってくる)
世界そのものである彼ならば、それは造作もないのだろう。
それにもう一つ、気になっていたことがあった。
(私と戦った後、明らかにイデアスは正気に戻っていた)
今でこそ分かるけれど、召喚されてから私に負けるまでの彼は様子がおかしかった。
最初はおじいちゃんへ召喚権限を戻す為に、敵意を持っているのだと思っていた。
けれどそれであれば、どこかで直接言えば解決したことだ。
少なくともグリーフを傷つける必要なんか、どこにもなかった。
(でも、シアトリウムに操られていたのだとしたら)
争いを好む妖精が、私にイデアスをけしかけたのであれば。
そして推測は、青年の頷きと共に肯定された。
「だが最初は偶然だ。ただアドールの世話させるために、お前の《配役》を決めたのだからな」
「じゃあイデアスを倒した後に、私に興味が移った?」
「いや、お前に興味がわいたのはもっと前からだ」
推察を、今度は否定される。
でも今度は、それじゃおかしい。
(だって彼は、いつ私のことを知った?)
彼と私が最初に会ったのは室内庭園で、イデアスと再契約した後になるはずだ。
でも彼の口ぶりでは、彼が私を知ったのはそれより前になる。
けれど彼は、私が考え終わるのを待ってはくれない。
「インフェリカ。僕はお前を待っていたんだ」
シアトリウムが私の前に現れたのは、最後の仕上げと言うところだろう。
私を苦しめ、より味わい深くするための。
けれど同時に不可解でもある。
「私みたいなのに、殺される可能性は思い当たらなかったの?」
私を苦しめるだけなら、今までのように安全圏から遊べばいい。
そうすれば危険もなく、私を虐げることが可能だ。
でも彼は、それを鼻で笑った。
「まだ分からないか? 僕はそういう《脚本》を望んでいたんだ」
シアトリウムが席から立ち上がり、私の方へ向かってくる。
私も距離を取るために後ずさり、舞台の上へと追い立てられていく。
映された街を踏みながら、場所を移動する。
「僕は魔力を、つまり感情を主食とする存在だ。故に危機を好む」
危機のない話など空っぽなだけだと、シアトリウムは口角を上げる。
だから私達を苦しめたのだと、当たり前のように言う。
「それでお前は、この世界に何を望む?」
「え?」
唐突な質問の意図が分からず、思わず聞き返した。
そして質問の主は私の驚いた様子を見て、満足そうに笑う。
「僕を倒したら、《舞台》を自由に作り直せるようにしよう。主人公には、求めるべき褒美が必要だ」
そこまで言うとシアトリウムは、突如私の目の前に現れた。
「っ」
「逃げるな」
反射的に私は退け反ろうとする。
けれどシアトリウムは無遠慮に私の顔を掴んで強制的に目を合わせてきた。
「《騎士》を召喚した日まで時間を戻すか? 復讐なら、全ての契約を断ち切るのも悪くないが」
「私は」
「それとも、消えた者を蘇らせるか」
彼がそう言った瞬間、私の脳に光景が映った。
いなくなってしまった、犠牲にしてしまった人達が再び現れる日常。
私の《騎士》が、存在する世界。
その幻覚に、私の胸が一瞬甘く疼く。
「正しく願いを叶える力を、お前に譲渡しよう」
(目を、逸らせない……!)
良いことを提案しているようで、明確に分かる悪意。
彼の瞳には、明らかに加虐の色が浮かんでいる。
「さあ、どうす「余計なこと、言うんじゃありませんよ」




