3-05 彷徨う騎士は、偽物の契約者が欲しかった
「具体的に、何を手伝えばいいんですか」
未だグリーフの目は、こちらを向かない。
投げやりなわけじゃないけど、心がこちらに向ききれてない。
けれど私は容赦なく彼に要求する、我儘と打算を込めて。
「元の世界を取り戻すための手伝いをしてほしいの。具体的な方法はまだ分からないけれど」
やりたいことははっきりした、けどその為のやり方が分からない。
おかげで未だに、私はこの世界に対しての目的を定められないでいた。
「どうすればいいか、一緒に考えて欲しいんだ。この世界に詳しいみたいだし」
「……そうですか」
敬語をなくした私の言葉を聞いて、グリーフが少し苦しそうに笑う。
一瞬傷が痛むのかと思って心配になったが、違うらしい。
そして彼は答えてくれた。
敬語を取り払う程、心は許してくれなかったけれど。
「あなたがそう望むなら。手伝いましょう。それがあなたへの償いになるのなら」
「償いだなんて考えなくていいよ。困ってる友達に、力を貸すみたいに思って」
私を外に連れ出してくれた時のように。
打算があったとしても、それが分かった今でも、あれは私の救いだった。
「……分かりました」
そう伝えると諦めたように、グリーフが長いため息を吐く。
遠くを見る目は冷たいというよりも、疲れきっているように見えた。
「あの時、簡単に諦めなければ良かったと今でも思うんです」
だらりと寄せられた目に映されながら、私は彼の言葉に耳を傾ける。
思い出すのは、彼と私が別れたあの時。
「あなたの《騎士》が来た時、報いが来たのだと思いました。だから抵抗しなかった」
そう言いながら、グリーフは心臓の辺りに手を寄せる。
庇われているのはあの日、彼が傷を負わされた場所。
(魔力で作られている彼に、傷跡は恐らく残っていない)
魔力さえ供給されれば、《騎士》に肉体的な傷跡は残らない。
だからこそ、精神的な傷跡は私達より深くなる傾向があった。
「安堵に負けて、見ない振りした。それをこんなに後悔するなんて」
彼は彼なりに、自分が思う最善の行動をしていた。
けれどそれが最良の結果を生むとは限らない。
私もイデアスも、みんなそうだった。
「あの時彼に抵抗していたら、私達はまだ友人同士だったのかもしれません。けれどあなたは生きていなかったでしょう」
私を見る瞳は、仄暗い。
きっと、これがグリーフの本質だ。
私が今まで気づかなかっただけで。
「私はあなたが思っているよりもずっと、害のある者なのですよ」
「うん、でもそれでいいと思うんだ」
グリーフの告白を、私は頷いて肯定する。
だってそれは、彼の今までの行動を否定するものじゃない。
「グリーフが善人だから、一緒にいたわけじゃないよ」
あの日どんな意図があったとしても、私に手を差し伸べてくれたのは彼だった。
それは彼がどんな人だったとしても、私にとって変わらない思い出として残っている。
「遊びに誘ってくれたから、だよ」
「《破滅》は世界を停滞で満たすもの、ならば発生個所に時を進める魔法を流してやれば解決するでしょう」
力を貸してくれると言ってくれたグリーフを混ぜて、作戦会議を行う。
当面の目的はあの獣をどうにかすること、できれば《破滅》した世界を戻すことだ。
しかし魔法に秀でた彼は、問題提起を行った次の瞬間に解決方法を提示した。
「方法の目星はあるのかい」
「あなたなら可能だと思いますが」
グリーフがイデアスに目を移す。
確かにイデアスには、時間を操る能力があった。
けれど彼は、苦い顔で否定する。
「残念ながら僕が使える魔法は時間を止めて、戻すだけだよ」
彼は時間を完全に操れるわけじゃない。
でも、それなら可能性が全くないわけでもないと私も思う。
「今は、じゃない? 基本的に魔法は同系統のものを覚えるはずだし」
学園で学んでいた時の勉強に、そんな内容があったはずだ。
法則に従えば、次にイデアスが習得する魔法が時間を進めるものだという可能性は十分に有り得る。
それを裏づけるように、グリーフも横で頷いていた。
「ええ、むしろ問題はいつ覚えるかでしょう。きっかけがあれば別ですが」
ああいうのはやってやれるものでもありません、とグリーフは緩やかに首を振る。
《騎士》である彼も、魔法を得る際に同じような経験をしたのかもしれない。
「現状は打つ手なし、か」
「魔法が使えても、《劇場》に近づけなければ意味がないですしね」
グリーフの視線の先には、大きな建物が建っている。
不完全なもので構成された世界で完全な形を誇るそれは、あまりにも異質だった。
(グリーフによれば、あそこから《破滅》が始まっている。だからそこに時間を進める魔法を叩き込めばいい)
けれど問題はその近くに、あの巨大な獣が移動していることだ。
「あれは小さな《破滅の獣》が一つになったものです。本来役目を終えたら魔力を放出し、次の《破滅》に備えるはずなんですが」
「どうして大きいままなんだろうね」
今は動きもせず、ただそこに存在している巨大な生き物。
《破滅》の名を冠する獣は、なぜか《劇場》の周りから離れようとはしない。
「でも倒すなり避けるなりしなきゃ、進めない」
幸い私達はがらくたの山に隠れていて、《破滅の獣》側からは見えていないはずだ。
けれど、一度でも見つかってしまえば全滅しかねない。
(さっきの一撃は、明らかにこちらを狙ってきていた)
ちょっとした建物より、大きな獣だ。
今までは運よく全員当たらなかったが、攻撃が当たっていたら死んでいた可能性は高い。
「あとは《破滅の獣》の弱点を知るしかありません。ですが、獣の近くに行けば過去が覗けるでしょう」
「もしかして、《記録観劇場》?」
グリーフが指差した獣の足元に、視点を下ろす。
すると彼の言う通り、淡く色づいた光景が現れては消えていた。
「えぇ、それがあそこで壊れた可能性があります。ここは不完全ですが、私達の街と構成は同じですから」
「そっか、あの場所は上じゃ図書館だ」
グリーフの言葉に耳を傾けていたイデアスが、腑に落ちたと声を漏らす。
言われてみると見慣れないと思っていた場所が、何度も自分が歩いた場所と似ていると私も気づいた。
「まあ、ここまで分かっても賭けの要素は拭えませんが」
「ううん、希望は見えたよ」
正直に言えばグリーフの言う通り、倒すどころか、情報収集すら怪しい段階だ。
けれど私の言葉を聞いてくれる彼らがいるから、きっと大丈夫だと思える。
だから私も、彼らに向けて感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう、二人とも」
私の《騎士》じゃないのに、戦ってくれて。
そんな責務はないのに、手を貸してくれて。
そのお礼を込めて、声をかける。
すると、イデアスは「僕は自分で決めたようにやっているだけだよ」と返し、グリーフもそれに頷いた。
「友を助ける。それを今の、私のやりたいことにしたいのです」
各自手当てをして、《破滅の獣》との戦いの前にほんの少し休息の時間を取る。
その間に、グリーフは私に話しかけてきた。
「そうだ、あなたは魔法を使う心構えをしておいてください」
「私、魔法はほとんど使えないよ」
正確には植物に関係する魔法なら、少し使える。
けれどそれが、あの巨大な獣に太刀打ちできるものだとは到底思えなかった。
イデアスは周りを警戒していて、小声で話している私達に口を挟む気はないらしい。
じっとこちらの声に耳を傾けるだけで、グリーフもそんな彼を気にせず言葉を続ける。
「いいえ、あなたが最初から使える魔法があります。呪わしいでしょうが、切り札になる可能性があります」
私が使える呪わしい魔法、そう言われて思い出すのは一つだけ。
《騎士》を呼び出す、一度も私に報いなかった呪文。
けれどグリーフは、それが最終手段になり得るという。
「使えるものはなんでも使うべきです。そうでなければ、きっと叶わない相手ですから」
「それは《破滅の獣》のことを言ってるの?」
話を聞いてるうちに何だか噛み合わなくなっている気がして、グリーフに問い返す。
すると彼は、そっと首を横に振った。
「いいえ。でも最後に戦う相手は、なぜだかそういう存在である気がするんです」
具体的な考えではなく勘ですが、とグリーフにしては珍しく言い淀む。
けれどそれを否定する気もないから、はっきりと頷き返した。
「信じるよ、グリーフが言うなら」
「……ありがとうございます」
グリーフにしては曖昧な言葉だけど、私の力になろうとしてくれているのは分かる。
だから私は、その思いをできる限りうまく受け取りたかった。
だから私は自分の拳を、こつんとグリーフの握りしめられていた手にぶつけた。
たしかこれは頑張ろう、と伝えるしぐさだったはずだ。
「そう、ですね。走り切りましょう、最後まで。そうすればきっと、最良の結果でなくても満足できますから」
「そうだね、頑張ろう」
グリーフの言葉に、私は素直に頷く。
私も同じ思いを、ずっと胸に抱いているから。
そして一言も話さなかったイデアスが、グリーフの言葉に一度だけ小さく頷いた。




