3-04 不完全な者たちの対話
「私達が初めて会った時を覚えてますか」
「もちろんです」
忘れられるわけがない。
イデアスが信じられなかった時に現れた、図書館の青年。
あの時の思い出は、対立してしまった今でも輝き続けている。
けれどグリーフさんにとっては、そうじゃなかったらしい。
「あの時、私には下心があったんです」
詰められる距離、後ろは向けないから何があるかも分からない。
だけどそのまま、私は後ろに進んでいく。
「あなたはあの時、一人だった。片割れがいるべき世界で、ただ一人」
「……そうですね」
否定はしないし、できない。
グリーフさんと出会った時は、誰ともうまく繋がれていなかった。
目の前の彼が、唯一だと思っていた。
「だからあなたに、私の《契約者》になってほしいと思ったんです。同じ傷を抱えた者同士」
「っ」
とん、と足が何かにぶつかる。
思わず振り向くと、イデアスが私の足元で倒れていた。
もう、これ以上後ろには下がれない。
(ここまでなのかな)
イデアスを置いて逃げることもできず、ついにグリーフさんが目の前に立つ。
長い指を私の頬に触れさせて、彼は逃げ道を閉ざす。
「私があなたの唯一になれると思ったんですよ。一時的とはいえ、殺されてしまったのに。あんな痛みをあなたに与えるくらいなら、最初から関わらなければ良かった」
耳を打つ、ぽつぽつとあふれ出す言葉。
それは徐々に、こちらを押しつぶす水流のような圧を持ち始めた。
けれど、今の言葉は聞き捨てならない。
だから私は、後先考える前に反論してしまった。
「そんなこと言わないでください! そうしたら私、きっと生きていなかった」
頬に当てられた反対の手には、未だナイフが握られている。
もちろん忘れたわけじゃない。
(けれどグリーフさんの言葉を聞いて、口を開いてしまった)
半分くらいは、思わず出た言葉だった。
その言葉は、どうしても彼に伝えたい私の本心だったから。
「あなたが殺された時に怒って、イデアスに一矢報いたんです。そうでなければあの時点で自殺してました!」
口に出さなければ、私だけの真実だった。
けれどもう、私だけが秘めていていいことじゃない。
彼が私の大事な人だという事実を、直接伝えなければならない。
「それだけあなたに生きてて欲しかったんです。あの夜はずっと特別で、私にとって初めての友人だったから」
それはこの先も変わらない、私の気持ち。
他人との関わりがほとんどないこの世界で、手を差し伸べてくれた人。
「ありがとうございます、そういってくれて嬉しいですよ。けれど、だからこそあなたを生かしておきたくない」
短剣が向きを変えて、私の首筋に当てられる。
今まで頬を撫でていた手は、私が逃げられないように拘束する動きに変わった。
「どうあっても私を殺すんですね」
「えぇ、そうです。強がるあなたを、これ以上見ていたくありませんから」
グリーフさんは、力を入れての拘束をしていない。
私が物理的に抵抗していないのもあるけれど、それ以上に彼の目的が痛みを与えることじゃないからだ。
「まだ生きていたいって言っても、私を殺すんですか」
「生きている意味なんてないでしょう、あなたの人生は痛みばかりだ」
グリーフさんの顔が、悲痛に歪む。
私が可哀想だと思っていることは本当なんだろう。
彼の行動は矛盾しているようで、嘘なんかないのだから。
けれどその優しい殺意に、今の私は答えられない。
そして、待ち望んでいた声が響いた。
「それはお前の決めることじゃない!」
「イデアス!」
どうやら間に合ったらしい。
私の背後から現れた姿に、グリーフさんがあわてて私から視線を外す。
けれど既にイデアスは、グリーフさんに剣を向けていた。
(彼に渡していた薬が、功を奏した)
本来はおじいちゃんに渡すつもりだった、魔力薬。
あれは直接飲むものじゃなくて、持つことによって少しづつ作用するものだ。
(おじいちゃんに多量の回復薬は毒だったから)
手元に置けば、染み込むように効いていく。
おかげで彼もすぐには回復できなかったが、奇襲できたことを考えればむしろ良かったかもしれない。
なんであれ、立場は逆転した。
「偽者が《騎士》の真似事ですか」
剣の柄で殴られたグリーフさんは頭を押さえているが、昏倒は免れたらしい。
頭部をふらふらと揺らしているが、まだ意識を保っている。
「そうだ、確かに僕は偽者だ」
そう言いながら、イデアスが私の前に立つ。
けれどもう攻撃する必要はないと感じたのか、剣を持つだけで構えてはいなかった。
「けれどインフェリカを守る意思まで、もう偽物にはしたくないんだ」
そう叫ぶように伝える彼は、眉根を強くしかめている。
自分の傷と向き合うように、痛みを受け止めるように。
「僕が剣を向けるのは、彼女を守るためだ」
決着は、あっという間についた。
もともと戦いに慣れていないグリーフさんが、彼に敵うはずもない。
「私を殺さないんですか」
最後の抵抗を図ったが、グリーフさんは簡単に地面に引き倒された。
武器も奪われ、力でも叶わなければ彼はどうすることもできない。
けれどイデアスは、止めを刺さなかった。
「殺さないよ、僕に殺されて楽になりたいんだろうけど」
イデアスにそう言われると、グリーフさんは図星を突かれた顔になる。
けれど次の瞬間には、見たことがないくらい攻撃的な表情をしていた。
「あなたの《契約者》たる彼女を殺そうとしたのに?」
「その点は反論できないよ、けれど僕らは似てるからね」
噛みつくグリーフさんに対して、イデアスは静かに答える。
けれど距離は詰められ、剣の切っ先がグリーフさんの首筋に当てられた。
「やりたいことへの手順を間違えた臆病者。努力はしてるけど、完全にはなれない」
イデアスにしては珍しい、他者を糾弾する強い声。
けれどそれは、彼自身に言い聞かせているようにも聞こえる。
「だから僕の心情としても、殺せないよ」
そこまで言うと掲げていた剣を下げ、イデアスがこちらに振り向く。
ここからは私の番だと、言外に告げている。
「言いたいことは言ったから、後は君に引き継ぐ」
「うん、ありがとう」
イデアスに促されて、今度は私が前に出る。
代わりに彼は少し後ろに立ち、いつでも守れるようにしてくれている。
「まだ、私を殺したいですか」
「……いえ、もう。そこまで強く生きたいと願うなら」
グリーフさんの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。
すると今度はあちらが視線を逸らした。
「じゃあ、私を手伝ってくれませんか」




