表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/50

3-04 不完全な者たちの対話

「私達が初めて会った時を覚えてますか」

「もちろんです」


 忘れられるわけがない。

 イデアスが信じられなかった時に現れた、図書館の青年。

 あの時の思い出は、対立してしまった今でも輝き続けている。


 けれどグリーフさんにとっては、そうじゃなかったらしい。


「あの時、私には下心があったんです」


 詰められる距離、後ろは向けないから何があるかも分からない。

 だけどそのまま、私は後ろに進んでいく。


「あなたはあの時、一人だった。片割れがいるべき世界で、ただ一人」

「……そうですね」


 否定はしないし、できない。

 グリーフさんと出会った時は、誰ともうまく繋がれていなかった。

 目の前の彼が、唯一だと思っていた。


「だからあなたに、私の《契約者》になってほしいと思ったんです。同じ傷を抱えた者同士」

「っ」


 とん、と足が何かにぶつかる。

 思わず振り向くと、イデアスが私の足元で倒れていた。

 もう、これ以上後ろには下がれない。


(ここまでなのかな)


 イデアスを置いて逃げることもできず、ついにグリーフさんが目の前に立つ。

 長い指を私の頬に触れさせて、彼は逃げ道を閉ざす。


「私があなたの唯一になれると思ったんですよ。一時的とはいえ、殺されてしまったのに。あんな痛みをあなたに与えるくらいなら、最初から関わらなければ良かった」


 耳を打つ、ぽつぽつとあふれ出す言葉。

 それは徐々に、こちらを押しつぶす水流のような圧を持ち始めた。


 けれど、今の言葉は聞き捨てならない。

 だから私は、後先考える前に反論してしまった。


「そんなこと言わないでください! そうしたら私、きっと生きていなかった」


 頬に当てられた反対の手には、未だナイフが握られている。

 もちろん忘れたわけじゃない。


(けれどグリーフさんの言葉を聞いて、口を開いてしまった)


 半分くらいは、思わず出た言葉だった。

 その言葉は、どうしても彼に伝えたい私の本心だったから。


「あなたが殺された時に怒って、イデアスに一矢報いたんです。そうでなければあの時点で自殺してました!」


 口に出さなければ、私だけの真実だった。

 けれどもう、私だけが秘めていていいことじゃない。


 彼が私の大事な人だという事実を、直接伝えなければならない。


「それだけあなたに生きてて欲しかったんです。あの夜はずっと特別で、私にとって初めての友人だったから」


 それはこの先も変わらない、私の気持ち。

 他人との関わりがほとんどないこの世界で、手を差し伸べてくれた人。


「ありがとうございます、そういってくれて嬉しいですよ。けれど、だからこそあなたを生かしておきたくない」


 短剣が向きを変えて、私の首筋に当てられる。

 今まで頬を撫でていた手は、私が逃げられないように拘束する動きに変わった。


「どうあっても私を殺すんですね」

「えぇ、そうです。強がるあなたを、これ以上見ていたくありませんから」


 グリーフさんは、力を入れての拘束をしていない。

 私が物理的に抵抗していないのもあるけれど、それ以上に彼の目的が痛みを与えることじゃないからだ。


「まだ生きていたいって言っても、私を殺すんですか」

「生きている意味なんてないでしょう、あなたの人生は痛みばかりだ」


 グリーフさんの顔が、悲痛に歪む。

 私が可哀想だと思っていることは本当なんだろう。

 彼の行動は矛盾しているようで、嘘なんかないのだから。


 けれどその優しい殺意に、今の私は答えられない。

 そして、待ち望んでいた声が響いた。


「それはお前の決めることじゃない!」

「イデアス!」


 どうやら間に合ったらしい。

 私の背後から現れた姿に、グリーフさんがあわてて私から視線を外す。

 けれど既にイデアスは、グリーフさんに剣を向けていた。


(彼に渡していた薬が、功を奏した)


 本来はおじいちゃんに渡すつもりだった、魔力薬。

 あれは直接飲むものじゃなくて、持つことによって少しづつ作用するものだ。


(おじいちゃんに多量の回復薬は毒だったから)


 手元に置けば、染み込むように効いていく。

 おかげで彼もすぐには回復できなかったが、奇襲できたことを考えればむしろ良かったかもしれない。

 なんであれ、立場は逆転した。


「偽者が《騎士》の真似事ですか」


 剣の柄で殴られたグリーフさんは頭を押さえているが、昏倒は免れたらしい。

 頭部をふらふらと揺らしているが、まだ意識を保っている。


「そうだ、確かに僕は偽者だ」


 そう言いながら、イデアスが私の前に立つ。

 けれどもう攻撃する必要はないと感じたのか、剣を持つだけで構えてはいなかった。


「けれどインフェリカを守る意思まで、もう偽物にはしたくないんだ」


 そう叫ぶように伝える彼は、眉根を強くしかめている。

 自分の傷と向き合うように、痛みを受け止めるように。


「僕が剣を向けるのは、彼女を守るためだ」


 決着は、あっという間についた。

 もともと戦いに慣れていないグリーフさんが、彼に敵うはずもない。


「私を殺さないんですか」


 最後の抵抗を図ったが、グリーフさんは簡単に地面に引き倒された。

 武器も奪われ、力でも叶わなければ彼はどうすることもできない。

 けれどイデアスは、止めを刺さなかった。


「殺さないよ、僕に殺されて楽になりたいんだろうけど」


 イデアスにそう言われると、グリーフさんは図星を突かれた顔になる。

 けれど次の瞬間には、見たことがないくらい攻撃的な表情をしていた。


「あなたの《契約者》たる彼女を殺そうとしたのに?」

「その点は反論できないよ、けれど僕らは似てるからね」


 噛みつくグリーフさんに対して、イデアスは静かに答える。

 けれど距離は詰められ、剣の切っ先がグリーフさんの首筋に当てられた。


「やりたいことへの手順を間違えた臆病者。努力はしてるけど、完全にはなれない」


 イデアスにしては珍しい、他者を糾弾する強い声。

 けれどそれは、彼自身に言い聞かせているようにも聞こえる。


「だから僕の心情としても、殺せないよ」


 そこまで言うと掲げていた剣を下げ、イデアスがこちらに振り向く。

 ここからは私の番だと、言外に告げている。


「言いたいことは言ったから、後は君に引き継ぐ」

「うん、ありがとう」


 イデアスに促されて、今度は私が前に出る。

 代わりに彼は少し後ろに立ち、いつでも守れるようにしてくれている。


「まだ、私を殺したいですか」

「……いえ、もう。そこまで強く生きたいと願うなら」


 グリーフさんの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。

 すると今度はあちらが視線を逸らした。


「じゃあ、私を手伝ってくれませんか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ