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3-03 初めから欠けていた、そして未だ満たされないもの






「う……っ」


 全身を打ちつけたような痛みで、目が覚める。

 いつの間にか落ちていた瞼を開いて、私はようやく現状を思い出した。


(大怪我はしてなさそう)


 どこかに引っかけたらしいかすり傷はあるが、特別痛むような所はない。

 対してイデアスは私を抱えたまま、傷だらけで気絶している。


(私を庇ってくれたんだ)


 彼も見たところ致命傷じゃなさそうだけれど、すぐに目覚める気配はない。

 それこそ私を守るために、自分の身や魔力を犠牲にしたのかもしれない。


(イデアスを治療しないと。けど、ここはどこなんだろう)


 立ち上がって周りを見渡すと、作りかけの何かが視界いっぱいに転がっていた。

 枝のない大きな木、壁のない家、表紙だけの本、手足のない人形。


 けれどそれらを見つめても、自分がどこにいるかは分からない。

 幸いなのは、あの巨大な獣が近くには見えないこと。


(それに、魔力が濃すぎて頭が朦朧とする)


 何度か《召喚門》や《台本》の中へ飛び込んだ時に、感覚が似ている。

 安心して眠くなるような、一歩間違えば溶けてしまいそうな空気感。


 けれどここで、これ以上ぼんやりしているわけにもいかない。

 顔を強めに叩いて、私は意識をはっきりさせる。


(あれはなんだろう)


 がらくたの山の向こうに、ゆらゆらと揺れる人々がいた。

 彼らは不鮮明に淡く輝いて、その場から動く様子はない。


(生気もないけど、敵意もなさそう)


 正体は分からないけれど、すぐに敵対することもなさそうだった。


(話は聞けるかな)


 言葉が通じるかは分からなかったけれど、とりあえず人型の何かに近づこうとする。

 けれどその前に、今は聞きたくない声に遮られてしまった。


「あの、」

「無駄ですよ」


 声の方向に振り向くと、短剣を持ったグリーフさんが立っていた。

 真っ直ぐに短剣の切っ先は、またこちらを見つめている。


「ここは《舞台裏》。《騎士》や《契約者》が《登場》する前の、世界の内部。私達はここから発生し、ここに還る」


 そうしゃべるグリーフさんの姿が、ぐにゃりと歪んだ。

 ここは周りの魔力が濃すぎて、視覚にも影響を及ぼしている。


「あの人型はただの魔力の塊です、あなた達《契約者》の原型ではありますが」

「原型?」


 グリーフさんの言葉を聞きながら、私は距離を取るために後ずさる。

 けれど後ろで倒れているイデアスが居る場所までしか、私は逃げられない。


(逃げ道はなし、か)


 逃げたところで、追いつかれて殺される。

 なら彼の方を向いて、少しでも対応できるようにした方がいい。

 短剣を出そうかとも考えたけれど、今は対話が優先だ。


 幸い彼はしゃべり続けているから、時間を稼ぐだけなら望みはある。


「えぇ。《契約者》はあのように、元々自我がありません。ですが《舞台》に《登場》する際に、《騎士》と分かたれる。そして欠けた部分を求め、感情を得ていく」

「だから《契約者》は、欠けてしまった《騎士》を召喚するんですね」

「えぇ、その通り。《騎士》を求める飢餓感に覚えはあるでしょう?」


 ずるずると会話を続けて、時間を稼ぐ。

 ろくに戦闘の用意もない私は、イデアスの目覚めにかけるしかない。


(それに彼を、このまま傷つけさせはしない)


 イデアスは私を守ってくれた、だから今度は私の番だ。

 最終的に彼が目覚めず殺されるのだとしても、無抵抗で殺されたくはない。

 だから私は、グリーフさんの気を引き続ける。


「その中でもあなたは特別なんですよ。自分の一部ではないものを受け入れている」

「自分の《騎士》以外を連れていることが、魔力を与えることが、そんなに特別なんですか」


 会話を長引かせる意図もあったけれど、純粋な疑問もあって問い返す。

 だって私には、グリーフさんがそこまで言い募るのが理解できなかった。


(私が知らないだけで、誰かそういう人がいるんじゃないの?)


 けれどグリーフさんは、私の疑問を否定する。

 《契約者》が、自身の《騎士》以外を連れて魔力を与えることはないのだと。

 能力的にはできても、それを行うのは私だけだったのだと。


「この世界であなただけですよ、だからあなたが欲しかった」


 一歩間違えば、求愛にすら聞こえる言葉だ。

 でも似たようなものなのかもしれない。

 感情の方向性は違えど、熱量は近いものがあるから。


 そして、彼は告白する。


「私は《契約者》がいない、一番最初の《騎士》でした。そして目覚めた時、妖精に告げられたのです。『自分の《契約者》』を探せと」

(前に言っていたの、嘘じゃなかったんだ)


 少し前、夜遊びした日に言われたことは本当だという確証がなかった。

 状況はこの場でも同じだ、けれど今は彼の表情がそうだと強く物語っている。


「その妖精がどんな姿かは覚えてないの?」

「えぇ、意識がはっきりする前にいなくなってしまいましたから」


 グリーフさんは、憔悴しているように見えた。

 けれど途方もない時間、片割れを捜せばそうもなる。

 短い時間だけど、私だってそうだったから。


「私は《契約者》を捜しました。あなた方《契約者》を一人ひとり見てまわって、けれどどんなに捜しても私の《契約者》はいなくて。膨大な魔力だけ持たされて、消えることもできず」


 彼の視線が、私から周りで揺らめいている人へと移る。

 けれど彼にとって、あれらはいないも同然なんだろう。

 人の形はしているけれど、反応の全くない影のような存在。


「どれくらい、探したの?」

「全部です。私達が生きていた世界は、とても狭い。あの世界には、あの街一つしか存在しません」

(そんなに小さいの……!?)


 想像もしていなかった世界の規模を知らされて、私は目を見開く。

 大きいことはあれど、あれが世界の全てだったなんて。

 そんな袋小路の世界だったなんて。


「長い時間を、生きました。人が出会い、還るところを何度も見てきました」


 彼の言葉はもう、独白に近かった。

 私に向けたものというより、押さえ切れない感情が外に出てしまっている。

 けれど彼は、私の存在を忘れてくれたわけじゃなかった。


「それで、この後にどうしたか分かりますか? この世界で私がどうしたか」


 グリーフさんの視線が、影から再び私に戻る。

 いまだ彼は、私を攻撃しようとはしない。


(私ならどうするか、か)


 そんなの簡単だ。

 それはイデアスと敵対していた時の行動と、同じなのだから。


「意思の疎通ができる他者を欲した、自分の本当の《契約者》じゃなくてもいいから」

「正解です」


 私が最初に願ったように、グリーフさんもまた他者を欲した。

 当たり前の、根源的な欲求。

 けれどその当たり前が叶えられないから、自分で行動するしかなかった。


「それがあなただったのですよ。あなたに、私の《契約者》となって欲しかった」

「私が他の《騎士》を従えているから、できると思ったんですね」


 親切の理由がようやく明かされる。

 やはり彼は、優しいだけの人じゃなかった。


「それも彼のせいで失敗しましたがね。けれど、諦めたわけでもありません」


 ちらりと見やられる、未だ目覚めないイデアス。

 グリーフさんの足止めも、そろそろ限界だ。


「私はあなたが欲しい。その情動が止められないことは、よくご存じでしょう」


 短剣が、意思を持って首筋を撫でる。

 ぎりぎりのところで滑るそれは、向きを変えれば簡単に私を傷つけるだろう。

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