3-02 予期せぬ再会と、巨獣
【Side インフェリカ】
「そうだ、インフェリカ。手を出してくれるかい?」
「……なに?」
少し落ち着いたころにイデアスから呼ばれ、のそりと振り向く。
そして言われるがままに手を差し出すと、小さな何かを渡された。
「ずっと渡そうと思ってたんだ、受け取ってくれると嬉しい」
(これ、あの時イデアスが買ってた)
私の手には可愛らしい、花のお守りがあった。
不思議な少年を探した夜、イデアスがずいぶん悩みながら選んでいたもの。
「おじいちゃんに買ったんじゃなかったんだ」
「違うよ。君に、だ」
一応問い返してみるけれど、きっぱりと否定される。
本当に最初から、私の為だけに選んでくれたらしい。
「効果があるかは分からないけど、お守りになるらしいから。今更な気もするけど」
「……ありがとう」
恥ずかしくなってしまったのか、最後は語尾が小さくなってしまったイデアスにお礼を伝える。
すると渡した側のイデアスも、穏やかに眼を細めた。
(嬉しいな)
お守りは首飾りの形状をしていたので、そのまま身に着けてみる。
最近落ち込むことが多かったけれど、少し気分が明るくなったように思える。
効果なんてどうでもいい、私の為に選んでくれたことがただ嬉しかった。
(がんばろう、ハーネストだって後悔させるなって言ってたし)
落ち込まないのは無理だけど、そこから立ち上がれる。
無理してないわけじゃない、でも、私は自分の意志で顔を上げる。
(あんまり力はないけど、まだ戦いたい。もう嘆くだけはごめんだ)
黙って受け入れるんじゃなくて、せめて声を上げたい。
それだけが私の大切なものを、守れる行動だと信じているから。
「……あ」
そしてうつむいていた顔を上げて、気づく。
崩壊した街の中、そこで蠢くものを見つけた。
(うそ、でしょ)
私が反応したことで、イデアスもそれを認識する。
距離はそれなりにある、けれど見間違うはずもない。
「人影? いや、あれは」
彼が言うように、それは人影だった。
問題は、見覚えがあることだ。
「待って!」
心に自制が効かず、頭が考える前に足を動かした。
不意を突かれたイデアスを置き去りにして、私は走り出す。
彼はいまだこちらには気がつかない、でもあの姿は確かに。
(生きていた、生きていた、生きていた!)
黒く長い髪の、長身の青年。
もう二度と会えないと思っていた、私の初めての友人。
「生きていたんですね、グリーフさん!」
「え、」
視線の先でグリーフさんは、驚いたような、怯えたような顔で振り返った。
久々に見た彼はやつれていて、白い服も汚れてしまっている。
(私が、突然現れたからそんな顔をしてるんだと思った)
それか自分を殺したイデアスが、私を追ってこっちに向かってきているから。
けれど彼の動揺は、そのどちらから来るものでもなかった。
「どうしてあなたは、生きているんですか」
グリーフさんの言葉に、今度は私の方が目を丸くする。
それは今まで彼の口から聞いたことのない響きを持っていた。
「なんでそんなこと言うんですか、それじゃまるで」
私に死んで欲しかったみたいだ。
言葉にしたわけじゃない、けれど表情から伝わってしまった。
ぐっと結ばれた口元が、一瞬悲痛に歪む。
けれどすぐに、グリーフさんは頭を軽く振って切り替えた。
「そうです、私はあなたに死んで欲しかった。この状況なら、とうに魔力へ還っていると思っていたのに」
彼は、短刀を懐から取り出す。
そして切先を真っ直ぐ私達に向けてきた。
「君はインフェリカの友人だと思っていたのに、随分印象が違うな」
混乱で言葉に詰まる私の代わりに、追いついたイデアスが言葉を引き継ぐ。
そして彼は引き摺るように私を後ろへ押しのけ、代わりに自分が前に立った。
「話し方から察するに、君がこの状況の首謀者かな」
イデアスが、グリーフさんに向けて剣を構える。
彼は再び、目の前の青年を敵だと認識したらしい。
(私には、そう思えないけど)
状況から言えば彼が正しいのだろう、けれど心がそれを認めてくれない。
そんな私を置いて、グリーフさんも動揺が収まったのかイデアスと言葉を交わし続ける。
「ある意味ではそうですね、《破滅》を止めようとは思わなかったですし」
グリーフさんが私達から、景色に目を移した。
そこでは世界が溶けて、何もかもが魔力の海に沈んでいる。
建物も人も平等に、無慈悲に。
私達は世界の危機に、少しも間に合わなかった。
「決まっていた滅び、避けられないもの。あなた達も最初から死んでいたら楽だったのに」
「どうして、そんな」
擦り切れた、冷たい声が降りかかる。
それが私達に、私に向けられている事実が信じられなかった。
「あの時、助けられなかったから? それとも、最初から私が嫌いだった?」
また、私は間違えたのか。
一瞬でも友達だと思っていたのは私だけで、彼には迷惑だと思われていたのだろうか。
けれどグリーフさんは、両方に首を振る。
「違います。けれど、あなたは生かしておけないのです。いいえ、生かしておきたくないが正しいでしょう」
その言葉の真意は、殺す必要がなくても殺すということ。
彼自身が、私を殺したいと思っている証拠だった。
「何故インフェリカにそんなことを言うんだ、許せないのは僕だけだろう!」
ショックで言葉を返せない私を庇って、イデアスが声を張る。
グリーフさんはその声に一瞬たじろいだけれど、今度はイデアスに対して話し始めた。
「あなたに対しても恨みはありませんよ。それにあなたでは、私を完全には殺せなかったでしょうから」
「意味が分からないな」
分かるのは、なんにせよ私を生かしておけないということ。
じりじりと緊張感のある、動かない状況。
けれど拘泥する状況を変えたのは、この中の誰でもなかった。
「っ!?」
起こったのは魔力とは違う、物理的な異変。
突如として体が浮く程の衝撃が、私達を襲う。
「あれは」
魔力の海から現れたのは、爪だった。
人のものじゃない、獣特有の鋭いもの。
けれど体積が、尋常ではなかった。
(巨大な、獣)
這い出てきたそれは、街の人々を襲った獣に近かった。
けれど決定的に違うのは、大きさ。
(怪物なんてものじゃない)
何かをされるから恐ろしい、とかじゃない。
存在自体が恐ろしいのだと、本能が叫んでいる。
そして巨獣は小さな家ほどもある瞳を、こちらに向けた。
(目が、合っ)
あんな巨大な生き物が、あれにとって虫よりも小さい私達に構うはずがない。
頭じゃ分かっているはずなのに、目がこちらの方を向いただけで恐怖によってまともに思考できなくなる。
「逃げろ!」
一番最初に反応したイデアスが叫ぶけれど、本能で分かった。
あんなもの、相手にすべきじゃない。
けれどその考えに、体がついてきてくれなかった。
「きゃあ!」
巨獣の一撃が、さっきまでいた場所を抉り取っている。
イデアスが私を抱き抱えて逃げてくれなかったら、もう私は生きていなかっただろう。
けれど少しも息をつくことはできない。
「地面が持ちません、衝撃に備えて!」
グリーフさんのひきつった声に、私は足下を見る。
すると今度は衝撃が耐えられずに、地面が崩落し始めていた。
(下が空洞!?)
私が地面だと思っていたものは、何かの殻でしかなかった。
卵を割るように足場は裂け、私達は内側へと落下していく。
(あ、無理だ)
自分の力じゃどうしようもなくなってしまった事態に、頭は解決することを諦める。
私が意識を失う瞬間、じゃぶんという水音が耳を打った。




