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3-01 片割れを失った痛み






【Side インフェリカ】


 ハーネストが消えてから、ずっと立ち上がれなかった。




 さっきまでは立ち上がってハーネストを再召喚しようとしていた。

 けれど一向に成功せず、もう魔力どころか体力までからっぽだ。


(あれから、何回呼び戻そうとしてもダメだった)


 魔力になってしまうと、一度召喚された程度の《騎士》は戻って来れないとイデアスは語る。

 ならどうして彼は再召喚できたのか聞いてみたけれど、手掛かりは得られなかった。


『僕の再召喚に手を貸したのは妖精だ、だからどういう方法を使ったかは分からない』


 ハーネストの再召喚のために、イデアスも魔力になりそうなものをかき集めたりしてくれた。

 けれどその全ては何の形にもならず、ただ虚空に消えていった。


「元々ね、何の覚悟なかったの。ただ、他の人みたいに理想の《騎士》が欲しい。それだけだったの」


 疲れ果てて、半ば呆然としながらイデアスに語る。

 みんなと同じように召喚して、過ごしたかった。

 私のささやかで、今も握りしめている願い。


(時が来れば、その日々が来ると信じ続けていた)


 この世界でそう思うのは罪じゃない、ごく一般的な考え方。

 でも今となっては、後悔しかない。


(もっとちゃんと考えていれば、きっと何かが違った)


 具体的に何が好転するかは分からない。

 けれど、全く同じじゃなかったはずだ。


(もうどんなことをしたって、意味はないのに)


 時間だけを浪費する現実逃避を、意味がないと分かっているのに繰り返してしまう。

 でもその悪あがきを、イデアスは無駄だと切り捨てなかった。


「それが当たり前だよ。おかしくなっているのは君じゃなくて、世界の方なんだから」


 彼は辺りを警戒しながら、目線を地平線へ向ける。

 あの異変が起きてから、世界はずいぶんと変わってしまった。

 街だった場所は《破滅の獣》が全てを飲み込み、そして獣もどこかへ消えてしまった。


「ごめん、ずっと足手まといだ」

「足手まといどころか、敵だった僕にそれを言う?」


 敵として対立し、本当に命を奪おうとした。

 それでも今は一緒に戦っている、そうイデアスは語る。


「君は今、片割れを失った。動けなくて当然だよ」


 《契約者》を失った《騎士》だからこそ、共感できる痛み。

 彼は長い時間、この痛みと共に生きてきた。


「無理しないで、無理できる状況じゃないんだ」

「でも、……っ」


 反論しようとしたが、言葉が出てこなくなる。

 不意に喉が潰れたような感覚がして、呼吸がうまくできなくなった。


「大丈夫!?」

「か、は……っ」


 あわてて介抱しようとするイデアスに大丈夫だと首を振り、私は落ち着いて呼吸を整えようとする。

 我慢していたけれど、ハーネストが消えてからずっと私の体は不調を訴えていた。


(多分、体が問題なんじゃない)


 原因は心の方だ。

 おじいちゃんもイデアスが消えてから、体調不良が治らなくなったと言っていた。

 だから、多分似たような症状だ。


(イデアスも経験した痛みなんだ、これくらいどうってことない)


 片割れを失ったのだから当然、彼だってこの現象に襲われているはずだ。

 話されたことこそないけれど、きっと今も終わっていない痛み。

 離れた時期が長すぎて、慣れてしまった欠落。


(辛いからって、座ってなんかいられない)


 私だけが辛いから、と甘えるんじゃ今までと同じになってしまう。

 そんなのはダメだ、なら私だってこの苦しみを受け止めなければならない。


(考えなきゃいけないことだって、たくさんある)


 例えば少年が言っていた、《劇場》。

 どこにあるか見当もつかないけれど、彼の口ぶりからそこにいるのは分かった。


(ハーネストはもう戻ってこられない。けれど、敵討ちくらいはしたい)


 それにイデアスが受けた痛みにだって、責任を取らせなければならない。

 だから行かなきゃ、どんなに苦しくったって。

 私は彼らの《契約者》なのだから。


 けれどそうやって立とうとしたら、イデアスに頭を押されて再び地面に座らされた。


「それが治るには時間がかかる、僕がそうだった。だから君に今、無理をしてほしくない」

「でも私は、あなたに無理強いした!」


 私に召喚されたのだからと、彼の傷を思いやることもなかった。

 そんな私が、気遣いを受ける資格なんかない。

 けれどそう訴えても、彼は引いてくれなかった。


「でも最後は、僕を尊重してくれただろう?」


 笑みの形を作ろうとして、けれど寂しさを消し切れない表情で彼は言う。

 あの壊れ行く屋敷で己の存在を投げ打とうとしてまで、と。


「それは私のためにしたことだよ」

「そうであっても、僕には救いだった」


 どういう意図であれ、僕は君が来てくれたからもう一度立つことができた。

 そう言われてしまえば、私は何も返せない。


(だって、私も同じように思ったことがある)


 初めての戦いの果てに倒れて、イデアスが看病してくれた時。

 彼が動く理由がどうであれ、私は嬉しかった。

 だから彼が今感じているのが同じものなら、違うと断じることはできない。


「休んでいて、僕がそうだったように。君には時間が必要だ」

「……ありがとう」


 とどめにハーネストだってそう言うと言われて、私は完全に座り込む。

 泣きそうな私の顔を見ないように慮ってくれているのか、イデアスも背中合わせに腰かけた。


(痛みが、マシになった気がする)


 背中越しに伝わる暖かさにそう思う、けれどこれは多分錯覚だ。

 だって私達の間には、どうやったって契約は繋がっていない。


(でも《騎士》と《契約者》でなければ、本当に何も繋がっていないのかな)


 どう形容すればいいのか分からないけど、私とイデアスはもう完全な他人じゃない。

 イデアスは私の、


(……あ)


 そこまで思い至ったところで、私は思い出す。


「そうだ、言い忘れてた」

「なにを?」


 過去の理想郷から戻ってきてくれた彼に、伝え忘れていた。

 本当は再び会ったら、すぐに伝えようと決めていたのに。


「あなたが戻ってきてくれて、良かった」


 私は自分の《騎士》を自ら手放した、けれど後悔はしていない。

 胸には二度と戻らない空白ができてしまったけれど。


(これは私が決めたことだから)


 この先あの選択を後悔する日が来ても、彼の手を取ったのは私の意思だ。

 それだけは伝えなければいけないと思っていた。


「……そう思ってくれて嬉しいよ」


 未だすれ違い続けている彼に、どこまで伝わっているかは分からない。

 それでも互いに向き合ってもがいていることを、無駄だとは思いたくなかった。






【Side 《破滅の獣》】


 世界が何度目かの《破滅》を迎えて、僕が元の姿に戻れる環境になった。

 なのに、その姿は不完全だ。


「どうして」


 言葉が出てくる口には、確かに牙が生えているのに。

 見つめている前脚には、獣の爪が伸びているのに。

 身体の大きさだけは、思い描いていたものよりはるかに小さい。


 ――まさか。


「人としての感情を持ちすぎたから? あれはただの手段だったのに」


 前回の《破滅》で役目を終えてから、僕は無力になった。これ自体は別に問題じゃない。

 僕は時間が来たら複数体の獣になり、人々が溜め込んだ魔力を喰らう。そういう生き物だ。

 仕事が終われば集めた魔力を解放して休眠状態に入り、再び《破滅》の時を待つ。


(今回は、例外だったけれど)


 休眠状態に入る時、集めた魔力を放出した身体は小さくなる。

 別にそれだって問題ない、いつものことだ。

 けれど、今回はインフェリカが僕を拾った。


『……大丈夫?』


 倒れて動かない僕を見て、勘違いを起こしたのだろう。

 彼女は自分の家に僕を連れて帰って、世話をずっと焼いた。


(そんなことしなくたって、僕は生きていけるのに)


 おかげで僕は《破滅》が始まるまでの時間を、起きて過ごすことになった。

 普段は魔力不足を補うために時が来るまでずっと眠っている。

 けれど、彼女が僕に魔力を与えたせいで眠くなくなってしまったから。


(ずいぶん、色々なものを見た)


 小さな獣の姿になってから、僕は人々を見ていた。

 それ以上に、飼い主として振舞っていた彼女の人生を見ていた。


(そうか、そういうことか)


 そこまで考えて、気がついた。

 僕が元の姿に戻れないのは彼女のせいだ。

 今まではこんな姿になんて、ならなかったのだから。


(それに人の姿にも、なりすぎたのかもしれない)


 本来必要のない機能を、彼女と話すために何度も使ってしまった。

 慣れていないやり方で、多大な魔力を使って。


(そのせいで、必要な時に人になってしゃべれなくなったりして)


 そしてそれを思い出して、僕は羞恥で死にそうになる。

 獣が人間の姿になるなんて、どうかしている。


「殺さなきゃ」


 彼女がこの有様の元凶なら、元に戻るにはそれしか手段はないはずだ。

 それに彼女を殺せば、生きる限り続く苦しみから解放できる。


(それにこれくらいは、別にしてあげたっていい)


 あの雨の日に試みて、失敗してしまった彼女の殺害。

 忌々しい偽者の《騎士》が阻止して、今も彼女を苦しめている。


(別に世話なんかされなくても生きていけたけど)


 それぐらいは、お礼にしたっていい。

 《破滅の獣》としての僕が生きることには、少しの役にも立たなかった。

 けれど『僕』と生きてくれたのは、彼女だけだったから。


 普段なら魔力を放出して眠りにつくけれど、今回は特別だ。


(ほら、大丈夫)


 彼女を殺す決意をすれば、人としての姿をだんだんと失っていく。

 《破滅の獣》として、完全な姿へ変わっていく。

 それは心も同じで、名前の付けられなかった抵抗感が飢えに塗り替えられていく。


(もう、人になんてならない)


 獣であることがダメなら、人になれば解決すると思っていた。

 けれど、そうでないと分かってしまったから。


(獣は獣であるべきだ、最初からそうすべきだった)


 原初の役目を果たそう。

 人の区別などつかなかった頃の、仕組みに戻ろう。


 それが僕の、本質なのだから。

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