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2-17 正しき騎士の末路

 もう消えたと思っていた声が、はっきりと耳に届く。

 どくんと跳ねた心臓を合図に、収束に向かっていた展開は再度振り回される。


「、あ」

「ハーネスト?」


 僅かに戻っていた正気が、再び剥ぎ取られるのが分かった。

 理性的な彼からは想像もつかない咆哮が、僕らの鼓膜を破ろうとする。


「う、あああああああああああああああ!」

「ハーネスト!」


 彼の悲鳴を境に、辛うじて残っていたハーネストの理性が塗りつぶされるのが分かった。

 そして剥き出しにされた《騎士》の本能は、ただ一つの場所に向かう。


「どうして私を拒否するんですか、私はあなたの理想なのに。それ以外の全てを削ぎ落としたのに!」

「口を閉ざせ!」


 悲鳴のような声を、今すぐ塞がなければならないと思った。

 彼はそんなことを言ってはいけない、彼はそんな存在じゃない。


「君だけはそれを言っちゃいけない、君はインフェリカの理想の《騎士》なんだから!」


 恨み言を言うのは、偽物の僕だけで十分だ。

 けれどその願いは叶わず、向けられた言葉に彼女は蒼い顔をしている。


「ごめん、なさい」

(《契約者》のあんな表情、《騎士》に向けられるべきじゃない)


 向けられるのは僕のような、邪魔者の他者に対してだ。

 自分の《騎士》に向けてじゃない。


「確かにあなたは私の理想の《騎士》だった。そう、理想()()()の」


 インフェリカの言葉の、過去形に胸が潰れる。

 つまり今はもう、そうじゃないということだから。


「あなたじゃない、私が変わってしまった」


 インフェリカの言葉は、時間が進んでしまったが故の現実だった。

 本来は存在しないはずなのに、僕のせいで生まれた歪み。


「私も、もうあなたの理想の《契約者》じゃない」


 もう、何もかもが手遅れだった。

 全てが狂って、現実に焦点が合っていく。


「身勝手なのは分かってる、自分で願ったくせに拒否するなんて」


 インフェリカの瞳が、ハーネストを映す。

 滲んだ涙に濡れてしまっているが逸らされないそれは、それでも逃げないという意思表示だった。


「せめてあなたが嫌ってくれたら良かった。けれど、あなたにはそれもできないんでしょ」

「当然です」


 《契約者》のはずだった少女の言葉に、当たり前だと正しい《騎士》は頷く。

 本来は反論の余地がない話だ、なのにそれが発生するのは。


「なら」

「何をするつもりですか」


 インフェリカは《台本》に魔力を注ぐのをやめ、片手で持ち上げる。

 そしてもう片方の手に短剣を取り出し、表紙に触れさせた。


「あなたの呪縛を解き放つ、それであなたは自由になる!」

「やめろ!」


 いつもの丁寧な口調すら崩して、ハーネストは叫ぶ。

 彼がそうなるのも無理はない。

 だって彼女の行動は、《騎士》の本能に触れてしまうものだった。


「お願いだ、それだけはやめてくれ!」


 半狂乱で彼は懇願する。

 今からインフェリカがやろうとしている行動は、《騎士》が最も恐れることだ。


(彼女は表紙に記載された、自分の名前を削り取ろうとしている)


 インフェリカの考え方は正しい、確かに記名がなくなれば契約はなくなる。


(けれどその行為は、過去の僕を生み出すものだ)


 《契約者》がいない《騎士》がどうなるかなんて、自分が一番良く知っている

 存在しないものを求めて、倫理も何もない怪物に成り果てるだけだ。


「じゃあ、どうすればいいの……!?」


 やはりインフェリカもこの方法では助けられないと、頭では分かっていた。

 だから力なく腕を下げ、助けを求める。


 けれどその声に、誰も答えられない。助けられない。


「私はあなただけのために生まれた、他には何もない! 私を私のままでいさせてくれ!」

(これが、報いか)


 聞くだけでこちらの魂が引き裂かれそうな声に、僕は改めて思い知らされる。

 ハーネストの悲鳴は、過去の僕の悲鳴だ。


 けれど彼はまだ僕と違って、誰かを手にかけないだけの理性が残っている。



(なら、僕が引導を渡すべきだ)



 彼らをこれ以上、あの子供の玩具にはさせてはいけない。

 そして僕は、自分の罪と向き合わなければならない。


(今の彼は、僕の行いによって生まれてしまったものだ)


 だから僕が終わらせなければならない。

 決して、インフェリカに殺させてはならない。


 これは、僕が被るべき罰だ。


(僕が、手を下さなければ)


 幸い、ハーネストを殺すことは難しくない。

 基礎能力は似たようなものだけれど、召喚されたての彼とは経験値が違う。

 だから。


「すまない、ハーネスト」


 誰にも止められないうちに、押さえつけていたハーネストの体に剣を落とす。

 振り落とされた刃はばつん、と人体から聞こえてはならない音を立てさせた。


「――――――――――――――――!」


 誰のものか分からない悲鳴が響き渡って耳を塞ぎたくなる、けれどそれはできない。


(彼を、見届けなければ)


 目をそらしてはいけない。

 僕は僕のために、他者を踏みにじってでも進むと決めたから。


(それがせめてもの、償いだ)


 止めを刺すために、もう一太刀浴びせようと剣を振りかぶる。

 けれど不意に、手を掴まれた。


「私は、どうすれば良かったと思いますか」


 ハーネストは致命傷を負ったまま、僕の胸倉を掴んだ。

 その手はゆっくりと動き、僕の首に指をかける。


「インフェリカを想って動くたびに傷つける、傷つけたいわけではないのに」


 震える指が、緩やかに首を絞めてくる。

 けれど僕は、それをうまく振り解けない。


(ハーネストに、死んでほしくない)


 短いながらも共にいた、初めての《騎士》。

 彼には悪いことをした、なのに嫉妬もした、そして同じ席で食事をした。


(あの行動は、何の糧にもなりはしなかったはずなのに)


 思い出が、抵抗する力を奪い取る。

 薄くなる意識の端で、インフェリカの声が聞こえては消えていく。


「これは、理想の《騎士》ではない」


 そう言っている彼が、一番分かっている。

 だって過去の僕がそうだったから。



「それとも、こんなだから理想の《騎士》に成れなかったんでしょうか」



「――それは違う!」


 不思議なくらい涼やかに響いたハーネストの言葉に、ほとんど反射で言い返した。

 叫んだ勢いで、首にかけられた指が外れる。

 急に供給された空気に咳き込みながら、僕は反論した。


「すまない、君が正しい。君こそがインフェリカの《騎士》だ。けれど彼女は連れて行かせない!」


 どんなにハーネストが正しくても、インフェリカは殺させない。

 彼女が望んだとしても、もう手を離さない。


(本物の《騎士》なら、道連れにするのだろうけれど)


 偽物の僕には、それが選べない。

 彼女の幸せより、僕の望みを優先してしまう。


(だから僕は偽物なんだ)


 どんな綺麗事を並べたとしても、ハーネストを奪った時点で彼女を幸せにはできない。

 彼を殺したところで、僕は本物になれはしない。


 けれど真なる《騎士》は僕の叫びを聞いた後、動きを止めた。


「そう、ですね。確かに、これは、私の望むところじゃない」


 口調が戻り、再びハーネストが正気に戻ったのを察する。

 そして彼自身も安心したように、深く息を吐いた。


「インフェリカの《騎士》はもう、私一人じゃないんですね」

「そう、だ。僕がいる!」


 自分で言っていて思う、なんて図々しいのだろう。

 僕は彼の全てを壊し、滅ぼそうとしているのに。


(そんな相手に《契約者》を託すのは、《騎士》として死ぬよりもつらい選択だ)


 なのに彼は信じて消えようとしている。

 安堵の微笑みを残して。


「インフェリカ、こちらに来れますか」


 ハーネストはどうすることもできず立ち尽くしていた、自らの《契約者》を呼び寄せる。

 つまり、これが最後だ。


「ハーネスト、ごめんなさい。私、最後まで何も」

「謝らないで」


 駆け寄ってきたインフェリカを引き寄せて、ハーネストは弱々しく抱きしめる。

 そこに負の感情はなく、ただ彼女への心配が溢れていた。


「私はあなたの側を離れますが、これはあなたのためです。だから、私にとっての名誉なのです」


 せめて最後は彼女の《騎士》らしく、という気概なのだろうか。

 苦しみを悟らせない様子で、ハーネストは彼女に笑いかける。


「どうかイデアスと仲良く。私が離れたことを、後悔しない程に」


 主人の幸福を願い、信じ、滅びる。

 きっとそれは、完成された《騎士》の姿だった。


「友よ、後は任せました」


 その言葉を僕に伝えて、彼はこの世界から消えてしまう。

 跡形もなく、個を区別できない魔力になって。



 残ったのは自らの《騎士》を呼ぶ、インフェリカの慟哭だけだった。






【Side 妖精】


 インフェリカは、僕を覚えているだろうか。


(妖精は舞台装置だ、個としては認識されない)


 自らの片割れの前に現れた時も、偽物の騎士に再契約を持ち掛けた際も。

 彼らに名を名乗っているのに、彼らは『僕』を覚えていなかった。

 妖精に出会ったことは認識しているのに、それが誰かを分かっていなかった。


(だが、例外もあるようだ)


 名乗ることを諦め、不定期にこの世界を訪れていた時期がある。

 その時に、インフェリカは僕の事を覚えていた。

 ひとりきりの夜の窓辺で、名前も知らない僕をずっと待っていた。


 それが妙に、記憶に残っている。


(でも僕は、どうしてそんなことを思うのだろうか)


 まだ僕を覚えているだろうか、だなんて。

 妖精は感情を含んだ魔力を喰らえれば、それでいいはずなのに。


 刺されたように痛む胸の理由が。

 インフェリカに執着する理由が、僕には分からない。

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