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2-16 等価値ではない僕ら

 幸い少年に、もうインフェリカを害する力はない。

 けれどどろりとした瞳に怖気が走る。


「この世界でただ一人。お前だけに、《騎士》が存在しない。他の《役者》にはいるのに」


 少年にそう言われて、インフェリカが顔を歪める。

 けれど彼の言葉を、僕は否定できない。


(僕も、それを構成している一人だから)


 否定できるのは、僕の目の前にいるハーネストだけだ。

 けれど彼は、今まさにインフェリカに剣を向けてしまっている。

 そして誰にも否定されないことに気を良くしたのか、少年はしゃべり続けた。


「だからこそ、お前に惹かれたわけだが」

(……あ)


 彼の言葉に、僕はようやく気づく。

 操られた日に彼は言っていた、僕ではなくインフェリカを見ていたと。


「世界でひとりぼっちのお前が良い、苦しんでる《役者》は美しい」


 彼が笑うと同時に、少年の体がぼろぼろと崩れ始める。

 けれど直感で分かる、これは勝利じゃなくて勝ち逃げだ。


「次は自分で僕のところに来るといい、《劇場》で待っている」

「待て!」


 せめて彼を捕まえようとした手が、空を切った。

 そしてその手を、すぐさま発砲音が追い越す。


「まって、……まってよ」


 呆然とした表情のまま、インフェリカは銃を構えていた。

 けれど彼女は人なんて撃ったことがない。

 心も標準も定まらないから、当然弾も大きく逸れて消えていく。


「やはり美しいな、インフェリカ。だが、これで終わりではないだろう」

 

 自発的に体を崩壊させたシアトが、この場からいなくなる。

 代わりに一冊の《台本》が、彼が立っていた場所に残された。


『これは置いていってやろう。自由にすればいい』


 今まで保有していたハーネストの《台本》を自ら手放して、少年は消えてしまった。

 つまりその《台本》は彼にとって用済み、もしくは置いていった方が良いと判断されたのだろう。


 そしてすぐに、それが両方だと分かってしまった。


「イン、フェリカ」


 たどたどしく主人を呼ぶハーネストの声は、原始的な願いを想像させた。

 子が母を呼ぶような、捕食者が得物を呼ぶような。

 そしてその切実な声に、相手は反応を強制させられる。


「ハーネスト、」

「行っちゃダメだ、インフェリカ」


 彼女も今、ハーネストに近づいてはいけないことくらい分かっている。

 けれど抗えない情動によって、足が動いてしまっていた。


 でもそれを責めることは、とてもじゃないけれどできない。


「ダメだ、止まってくれ。お願いだから」


 僕にできるのは、声をかけてこれ以上先に進まないように頼むことだけだった。

 非力な少女を力で止めることは容易い、彼女だって僕に勝てないと分かり切っている。

 そしてそれでも戦わなければならないことも、僕も彼女も理解していた。


「分かってる! でも、私の、私の《騎士》が苦しんでるの!」


 か細い声を上げながら、インフェリカはハーネストに駆け寄ろうとする。

 けれど僕は、それを許してあげられない。


(どうすれば、いいんだろう)


 インフェリカを近づけないように剣を向けても、答えは出ない。

 いや、本当は思い浮かぶものがなかったわけじゃなかった。


(けれど、選びたくない手段だ)


 その方法であれば、確かにハーネストを助けられる。

 ただ代わりに、彼女への負担がどれ程になるか想像がつかなかった。


(それにそんな方法で助けられても、《騎士》の負い目になるだけだ)


 仮に僕がアドールに願われたとしても、承諾できるものじゃなかった。

 けれどインフェリカは、自分で同じ答えに辿り着いてしまう。


「じゃあ、私が二人分の命令権を握る!」

「それはダメだ!」


 彼女の決意を、間髪入れずに否定する。

 だって、それはさせられない。


(確かに理屈ではいける、けれど)


 《台本》を《契約者》の魔力で染め上げれば、確かに《契約者》はインフェリカになる。

 理屈としては正しい、けれどこのやり方には見過ごせない問題がある。


「それをすれば、君の魔力が足りなくなる!」


 僕がインフェリカと契約した後も、アドールの《台本》をそのままにしていた理由の一つだ。

 一番は心理的な理由だったけれど、同時に彼女に尋常じゃない負担がかかるのが分かっていた。

 けれど悲鳴のような彼女の声に、呼びかけ続けていた僕の声が止まる。


「でも、何もしないで諦めたくない! どんな手を使っても助けたいの!」


 叫ぶインフェリカに、僕は言葉が出なくなる。

 そうだ、彼女にとって僕らは同価値じゃない。


(だってハーネストは、インフェリカの《騎士》なんだから)


 彼女が何を犠牲にしても、彼を救おうとするのは当然だ。

 僕だって何もかも踏みつけにして、アドールを取り戻そうとしていた。

 同じなんだ、何もかも。


「今、助けるからね」

(あんな声で、彼女はしゃべるんだ)


 僕には与えられることのない優しい響きが、ハーネストにかけられる。

 けれど彼女が魔力を《台本》に注ぎ始めた瞬間、その声は再び苦痛に染め上げられた。


「っ、う」

「インフェリカ!」


 《台本》に触れる指先を伝って、インフェリカの全身から魔力が噴き出す。

 それでも彼女は《台本》を抱え込んで、少しでも自分の魔力を与えようとしていた。


(でも、ダメだ)


 彼女は自らの命を削る程の魔力を与えているのに、《台本》は少しの変化も見せてくれない。

 僕が手伝えればいいが、《台本》に複数の魔力で上書きすることはできない。


(このままじゃ、インフェリカが魔力不足で死んでしまう)


 けれど、彼女は諦めない。

 このままでは死ぬことを、彼女は分かっている。

 でも今手を離せば、もう二度と自分の《騎士》を救えないから。


(やっぱり、僕がいなくなるしかない)


 ハーネストがおかしくなったのは、シアトの手によるものだ。

 きっと彼はこの惨状を、今も見ている。


(なら僕が消えれば、シアトは満足するだろう)


 それに偽物であっても僕が彼女と契約したことが、そもそもの間違いだった。

 だから二人の為に、僕は正しい形に契約を戻すべきだ。


(これが、正しいやり方だ)


 アドールに延命を施した時のように、時戻しの魔法をハーネストにかける。

 それで操られる前の状態に、限りなく近づければいい。


(そして魔力消耗で、僕は消える。それで全てが解決する)


 時計の形をした魔法陣が浮かんで、針が逆回転し始める。

 いつも通り、今まで通りに、僕の存在を削りながら。


 けれどそれは、小さな声に止められた。

 危機に瀕した少女の悲鳴で、目を覚ました男の声で。



「それはいけません」



 先程のうめくようなものとは違う、落ち着いた声。

 その元を辿ると、僅かに正気を取り戻したらしいハーネストがこちらに語りかけていた。


「あなたが死ぬことを、彼女は望んでいません」

「それは、君に対してだろう」


 むしろ彼女にとって僕が消えて、彼が残るならそれが一番いいはずだ。

 けれど彼女の一番の理解者は、首を横に振る。


「深い関係性を育んだあなたに、今は比重が傾いているんです」

「っ」


 そしてハーネストは、彼にとって最も残酷なことを口にする。

 彼女の正しい《騎士》であるが故に。


「正しい繋がりだからこそ、分かってしまうのですよ」


 僕じゃ決して分かりえない、瞳を通じて伝わる真実。

 正しい契約を結んでいるが故の確信。


(彼はもう、受け入れているのだろうか)


 正しい《騎士》である自分よりも、優先すべき《騎士》がいることを。


(僕なら、到底無理だ)


 だからこそ、インフェリカを殺そうとしたのだから。

 けれど目の前の男は操られながら、自身の尊厳を失いかけながら、情動に従おうとはしない。


(《契約者》の、インフェリカを困らせないように)


 きっとこれが、理想の《騎士》の姿なんだろう。

 しかし姿を消した少年は、やはりどこかで僕らを見ていたらしい。


『それではつまらないな』


 声が響く、子供の声が。

 それは今、絶対者としての力を含んでいた。

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