2-14 もう還れない場所
(未だに諦めきれなかったんだ、アドールの復活を)
インフェリカと再契約してからも、胸の奥底でくすぶり続けていた願い。
表にこそ出さなかった、だから指摘されることもなくなって後生大事に抱え続けた呪い。
(そして、この世界が残ってしまった)
インフェリカと再契約した時点で、この世界はなくなってしまうべきだった。
けれど本契約を交わした《契約者》への感情は、理性よりも本能に近い。
(二度目に召喚された時は、彼女を生贄にしようとしていたくらいだ)
インフェリカが元の《契約者》でないことくらい、承知していて召喚されたはずだった。
けれど衰弱したアドールの姿を見て、良く似た彼女の姿を見て、悪い考えに囚われた。
(けれどそんなことをしているうちに、インフェリカは先に進んでいた)
偽物の再契約を結んだあの日、同じ罪を抱えているのだと思っていたのに。
彼女は僕を許して、裏切ったのに助けに来てくれた。
(止まっていたのは僕だけだ)
デフェンドがなぜ《契約者》を失ってからも生きていたか、ようやく分かった。
(最初は彼が薄情だと思った、元の《契約者》から離れて平然としてるなんて)
僕なら耐えられない、《騎士》としておかしいとすら思っていた。
実際、《騎士》としてはおかしいのだろう。
《契約者》と《騎士》は二人で一つ、片方が死んでしまえば生きる意味はない。
(けれど失ってからも、続いてしまったから)
《騎士》とはそういう生き物だから、とずっと向き合うことを拒否していた。
けれどそれは、インフェリカと現実への逃避でしかなかった。
そして今度こそ、僕も道を選ばなければならない。
(インフェリカがこの世界を尊重してくれたことが、嬉しかった)
インフェリカにとって、この世界は憎むべき物の象徴でしかない。
けれど彼女はこの世界を壊そうとは、一度も言わなかった。
(インフェリカの本心がどうかは知らない、けれど)
どうしたって僕と彼女は一対じゃないから、お互いが分からない。
でも、そのまま進んで行かなければならない。
だからこそ僕は、インフェリカに背を向けた。
「何をするの」
僕の様子に気づいたインフェリカが、今度は檻の中から僕に手を伸ばす。
けれど僕の手が届かなかったように、彼女の手も同じように届かない。
「やめて、そんなことしないで!」
インフェリカには、これから僕がしようとしていることがきっと分かっている。
けれど必死に手を伸ばしてくるその手は、取れなかった。
(おかしなものだね、壊すのは僕の方なのに)
君の方が嫌がるなんて。
けれどもう、僕は決めたんだ。
「これは君のためじゃない」
宣言する、この世界に向けて。
もうここには、二度と戻らないのだと。
「これは君と歩きたい、僕のためだから」
懐かしい中庭が、拒絶されてひび割れていく。
小さな亀裂から範囲を広げ、僅かに残っていた景色すら塗り替えていく。
そしてその中から小さな墓標と、そこに供えられた《台本》の本体が姿を現した。
「ほう」
静観していた少年が、声を漏らす。
けれど構ってはいられない。
「っ」
僕は《台本》に向かって、進み始める。
すると身体が急に重くなった。
(体から、魔力が吹き出てる)
これは自身の末路を察知した、《台本》の断末魔だ。
そして僕が、彼らを邪魔した罰でもある。
(なら、なおさら逃げていられない)
そうでないと、過去に囚われたままだから。
「本当に先に進むのか」
《台本》の前に到達すると、僕の前にシアトが立ちはだかった。
敵意はない、ただ彼は興味のままにこちらを見つめている。
「ここはお前にとって、楽園のはずなのに」
彼は大げさに手を広げて、世界を示す。
少年の手で示せる程度の、小さな世界。
(もうここの元の姿は、僕にしか分からないな)
二度と戻れない、過去の光景。
今ならまだ、再現はできるかもしれない場所。
けれど。
「二度と、ここには還らない」
インフェリカと契約してからも、いくどとなく訪れてしまった過去。
この世界はもう、存在してはいけない。
「アドールといたから強くなれた、それは確かな真実だ。けれど今は違う」
彼をもう、言いわけにしてはいけない。
それはインフェリカにもアドールにも、失礼だ。
「彼の夢はもう見ない、それにここはもう楽園じゃない」
どんなに愛おしい過去の残骸でも、インフェリカに牙を剥くならそれは倒すべきものだ。
「アドールのことは忘れない、けれどここでお別れだ」
シアトごと、僕は《台本》に剣を振るう。
少年は何の抵抗もなく、それを受け入れた。
「そうか、お前はそう動くのか」
剣で切り裂かれながらも、彼はしゃべる。
その余裕から、少しも傷は与えられていないのだろう。
けれど彼は満足したのか、それ以上こちらを攻撃しようとはしなかった。
「では、次の章に進もう」
そういうと、少年の存在がここから消えた。
《台本》も再起不能なまでに破れ、檻も砕け散る。
この世界は完全に壊れ、もう戻る事はない。
「大丈夫かい」
そして檻を破壊し、魔力の沼に沈みかけていたインフェリカを引き上げた。
半身が見えなくなるくらい沈み込んでいた彼女は震え、泣きそうになっている。
けれどその理由は、たぶん恐怖のせいだけじゃない。
(この結末を、自分のせいだと思っている)
心が繋がってるわけじゃないから、あくまでこれは想像でしかない。
けど。
「違うからね」
震えるインフェリカに、声をかける。
彼女の心に届くかは分からない。
(けど、今度こそ口に出そう)
誠意なんてものが、まだ僕にあるかは分からない。
あったとしても、今までの行動から信じてもらえるかは別の話。
(でも口にしたら、欠片程度は通じるかもしれないから)
いくどとなく僕に声をかけてくれた、彼女と同じように。
怖いけれど、でも彼女のせいじゃないと伝えるために。
「この世界を壊すことを望んだのは僕。こうなったのは、僕が願ったからだからね」
消えていく世界で彼女と目線を合わせて、そう伝える。
胸の痛みはあっても、後悔は少しもなかった。




