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2-13 欲望にて、世界は閉鎖する






【Side インフェリカ】


 彼の世界を壊すのは、正しいことなのだろうか。



 彼を救いに、この世界に来たつもりだった。

 けれど過去の屋敷を歩くたびに、偽善という言葉が私に降り積もる。


(彼をこの世界から解放したいのは、私の都合でしかない)


 《台本》の中の世界は彼の精神と同義、つまり嘘偽りのない本音でもある。

 そしてイデアスを見つける為に探し回った屋敷の中に、私の痕跡は一つもなかった。


(本当なら彼をこの世界に、埋葬すべきなんだ)


 イデアスと生きたいのは、私が理想とする綺麗事だ。

 彼の理想は、きっと違う。

 この世界の光景が、それを証明している。


(生きていれば幸せ、じゃないことはとっくに知っている)


 だからこのまま、彼の手を離すのが最良に思える。


 形だけでも私に寄り添ってくれている、それで満足だったはずなのに。

 これ以上求めれば、また罪を重ねると分かっているのに。


(おじいちゃんを好きなままでいていいって、自分で思ってたのに)


 私はまた、自己を押し通す怪物に成りかけている。


(それなら、本当に葬られるべきは)






【Side イデアス】


 外に出ると、屋敷が様変わりしていた。

 おかげで見慣れているようで、現在地が分からない。

 けれど、今は進める場所を進むしかない。


(とりあえず高い場所に行かないと)


 まずはインフェリカがどこにいるか把握できればいい。

 だから僕は上へ向かい、崩れた床を飛び越える。

 穴が開いた天井に指をかけて登り、落ちてきた瓦礫を振り払う。


「いた!」


 屋根まで登ったところで、渡り廊下を走っている彼女を見つけた。

 遠目だが、怪我を負っているようには見えない。


「イデアス!」


 こちらに気づいたインフェリカも、手を振って存在を主張している。

 僕も手を振り返しながら周りを見下ろして、彼女と合流する道筋を見つけた。

 道は比較的平坦で、彼女の方からもなんとか行けそうだ。


「中庭で合流しよう!」

「分かった!」


 動き出したインフェリカから目を離し、僕は屋根を駆け下りる。

 本当は中庭に直接飛び降りたかったが、そうするには距離がありすぎた。

 そして高い場所から見下ろした景色に、どこか違和感を感じる。


(屋敷が小さくなっている?)


 屋敷は今も蠢くように変貌しているが、その大きさが今までより縮んで見える。

 壁は低くなって床を天井に近づけ、階段は踏板を少なくしていた。


(ならこの世界の変化は、いつまでも続くわけじゃない)


 《台本》が抱えている魔力が尽きてしまえば、僕らを引き離す場所も保てなくなる。

 崩壊している場所にさえ巻き込まれなければ、自然とインフェリカと合流できるだろう。


(これは、《台本》にとっても諸刃の剣だ)


 自傷に当たる行為を、無意味にやるとは思えない。

 だとすれば、そうしなければならない理由があるはずだ。


(……あ)


 そうこうしている間に、今度は窓から瓦礫の隙間を通るインフェリカが目に入る。

 それを見て僕もまた、走り出した。


(今、優先すべきは合流だ)


 いつあの少年が、インフェリカの元に行くかは分からない。

 そう簡単に決着はつかせないと思うが、油断はできなかった。


(どうか、無事でいてくれ)


 祈りながら窓から窓へ飛び移り、だんだんとインフェリカへ近づいていく。

 そうやって中庭に到着すると、息を切らした彼女の姿も見えた。


(良かった)


 安堵にため息を吐きながら近づき、彼女に手を伸ばす。



 だがインフェリカは、目の前で閉じ込められてしまった。



「っ」

「インフェリカ!」


 彼女を中心に、地面から鉄の棒が現れる。

 それは上の方で交差し、鳥籠のような形を作っていた。

 もう世界は変わっておらず、周りの空間も残っていない。


(この世界の、最後の抵抗か)


 浮島のように残ったこの場所は、さらに小さくなり続けている。

 崩壊した場所が端から魔力に戻り、何もかもを飲み込もうとしている。


(このままじゃ、僕もインフェリカも飲み込まれる)


 けれどインフェリカは、檻の中に捕まってしまった。

 自身の面積や魔力を消費してでも変化したのは、このためだったのだろう。


 そして彼女を檻から救い出す間もなく、また少年が現れる。


「なるほど、これがお前の欲望か」

「僕、の?」


 少年は壊れた噴水の上に舞い降りて、高みの見物をしている。

 けれど口は出したいのか、情報をすらすらと開示していた。


「《契約者》を失った《台本》は、残された《騎士》の心を反映する。だからインフェリカは新しく選ばれ、囚われた」

「……そういうことか」


 言われて気づく、《台本》がおかしくなったのはインフェリカとの和解後だ。

 それまでは何度この世界を訪れようと、変化なんてしなかった。


「インフェリカがこの世界に閉じ込められている限り、お前はここから出られない。だがそれでも出るなら、壊さなければいけないだろう。お前の何より大切なこの世界を」


 少年が、僕の後ろに目を向ける。

 その先には世界から切り離され、自由を失った少女がいた。


(インフェリカを助けられるのは僕だけ、か)


 その事実に、満たされている自分が嫌になる。

 危機に瀕した主人を守るのが《騎士》の習性だとはいえ、彼女を利用しているに等しい。


(何が《騎士》だ、こんなの害悪なだけじゃないか)


 《騎士》は、そういう生き物だから仕方ないと思っていた。

 けれどこの生き方は、他者を利用して作られているにすぎない。


(それがずっと、インフェリカを苦しめている)


 普通であれば、インフェリカを幸せにしたであろう仕組み。

 でも今は何もかもがずれて、その間で彼女は被害を受け続けている。


(どうすれば、いいのだろう)


 どうすれば、彼女を助けられるのだろう。

 場当たり的なものじゃなくて、より根本的に。


(けれど今はまず、彼女を助けないと)


 今重要なのは、インフェリカの身の安全だ。

 このままじゃ何もできずに、終わってしまう。


「今助けるから、待ってて!」


 纏わりついている考えを振り払うように、僕は彼女に声をかける。

 けれど檻の中の少女は、頷いてくれなかった。


「いいよ、大丈夫」

「どうして」


 檻の中で、インフェリカは僕から遠ざかっていく。

 触れられない距離に、手の届かない距離に。


「私に、この世界を犠牲にする価値はないの」


 インフェリカの目が、まっすぐと僕を射抜く。

 僕らは正しい関係性じゃないから、お互いの心なんて分からない。

 けれど彼女が良くないことをしようとしてるのは、僕にも分かった。


「ずっと見てたから分かるよ。ここ、君には凄く大事な世界なんだよね」


 檻の中から、インフェリカは世界を仰ぐ。

 現実よりは新しいだけの、彼女には何の価値もない世界。

 それでも彼女は僕の世界だからと、大切にしようとしてくれている。


「確かに少し前だったら喜んでたよ、私だけの《騎士》になってほしかったから。けれど、君を見てて分かった。そんなことできないんだって」


 インフェリカの心はずいぶんと成長した。

 完璧じゃないけれど少しずつ、他者に心を砕くようになった。


(けれどそれが今、裏目に出ている)


 どうして、インフェリカは報われないのだろう。

 ただ彼女は、誰かと仲良く暮らしたいだけなのに。


「今までごめんね、助けなくていい。……時間はかかったけど、やっと言えた」


 インフェリカの言葉が、一瞬途切れる。

 泣きそうになっているのを隠して歪んだ笑みを浮かべた彼女に、こっちが泣きそうになった。


「ここまで犠牲にさせる気はなかったの。そもそも私が来なければこの世界だって、っあ」

「インフェリカ!」


 言葉の途中でインフェリカの足に崩壊の侵食が到達する、けれど彼女は抵抗しなかった。

 飲み込まれてしまえば《台本》に取り込まれるのは、分かってるはずなのに。


(こんな世界が僕の望みなのか。いや、そうだ)


 これこそが、今の僕の望みだ。

 インフェリカを取り込んで、僕の世界は存続しようとしている。


(この世界は、隠そうとしている僕の心そのものだ)

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