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2-12 断ち切るべき過去と変質する世界






 二人で屋敷の中を歩きながら、これからの計画を話す。

 この世界から解放されるために、僕はやらなければいけないことがある。


「これから《台本》を完全に破壊する、そうすれば僕はここから解放される」

「でも、それじゃあこの世界は」


 僕の言葉に、インフェリカは息をのむ。

 《台本》の破壊はこの世界の破壊と同義、幻影であってもアドールに二度と会えなくなる。

 でも彼女がここに来てくれた時点で、決めていた。


「いいんだ、もう」


 確かにこの世界は僕にとって、かけがえのない物だ。

 天秤にかけることすら、ほとんどない。


(けれど全てのものに勝つわけでもない)


 まだ心は往生際悪く、インフェリカよりこの世界を優先したいと叫んでいる。

 もしかしたら、とありえない奇跡を望んでいる。


(でも僕は、彼女を優先したい)


 魔法のあるこの世界で何かしらの手立てがあったとしても、もうそれを選びたくない。

 《騎士》の本能に抗って、それが僕に致命傷を与えるのだとしても。

 僕はここまで来てくれた彼女に報いたかった。


「……本当に?」

「うん」


 だからインフェリカの問いに、僕は迷いなく頷く。

 それは間違いなく本心で、嘘じゃない。

 けれど代わりに、今度はインフェリカが口を閉ざしてしまった。


(彼女は僕を尊重してくれている、だから《台本》の破壊を迷っている)


 《台本》自体はインフェリカのものと合わせて二冊あるから、古い《台本》が消えれば僕を完全に制御できる。

 彼女にとって、喜ぶべきことのはずだ。


(けれど、もうそんなことは思ってないんだろうな)


 ここ最近、ずっとインフェリカは僕のことを考えてくれている。

 それが嬉しくて、同時に申しわけなくなる。


(本当にひどい存在だ、《騎士》なんて)






 黙ってしまったインフェリカを伴い、《台本》を見つけに屋敷の中を歩いていく。

 この世界の弱点である《台本》は現在、僕らの前から姿を隠していた。


(それに、このまま終わるとも思えない)


 《騎士》の魂を閉じ込めるくらい暴走した存在が、大人しく外に出してくれるとは思えない。

 そのおかげであの少年からは逃れられたが――。


「……イデアス、あれ」

「ん?」


 そんなことを考えていると、インフェリカが僕の服の裾を引っ張って歩みを止める。

 彼女が指さした先を見ると、見覚えのある幼い少年が立っていた。


「インフェリカ、目をつぶっていてくれ」


 幼いアドールを模したものが、ぱかりと口を開く。

 けれど僕はそれがしゃべる前に、彼の細い首を捕まえて容赦なく折った。

 突然の出来事に、インフェリカは悲鳴も上げられない。


(彼の姿をしたものに、口を開かせてはいけない)


 目を見てはいけない、声を聞いてはいけない。

 二度と決心が鈍らないように。

 それに。


「大丈夫だよ、これは本物じゃないから」


 何人ものアドールが現れるが、全て屠って歩いていく。

 これらは僕を閉じ込めようとする、《台本》の意思だ。


(なんにせよ、その全てを殺さなければ)


 本物だって殺さなければならない。

 インフェリカを、二度と裏切らないために。



「わ、ぁ!」



 もう何体屠ったのか分からなくなった頃、背中で小さな悲鳴が聞こえた。

 振り向くとインフェリカの近くに、アドールを模した何かがいた。


「いつの間に!」


 僕はあわてて踵を返し、インフェリカを取り返す。

 戦うのに夢中で気を配らなかった、僕の失態だ。


「大丈夫!?」


 インフェリカに手を伸ばしていた少年に剣を突き刺して、息の根を止める。

 幸い、彼女に被害が及ぶ前に止められた。


(けれど、いらない恐怖を与えてしまった)


 インフェリカを見ると、表情も体も恐怖に強張ってしまっている。

 彼女は凄惨な出来事を前に、結局目を閉じれなかった。


 でも僕はそれを見て、わずかに満たされてしまう。


(だって彼女は今、僕を頼るしかないから)


 庇護欲に見せかけた、加虐的な感情だ。

 けれど《騎士》の特性上、やはり頼られることに対して陶酔感を覚えてしまう。


(だから、もっと頼ってほしいと願ってしまう)


 けれど、それはいけない。

 彼女に今以上を望むのは間違いだ。


(今でさえインフェリカは、僕に心を傾けてくれているのに)


 だから考えを頭から追い出して、彼女を連れて誰もいない部屋に逃げ込む。

 屋敷の片隅にある、倉庫として使われている窓もない小さな部屋。


(ここなら一旦、大丈夫か)


 インフェリカを壁際に預けて、僕は周りを警戒する。

 けれど幸い何の気配もないので、ずっと僕の服の裾を掴んでいたインフェリカに話しかけた。


「大丈夫?」


 そう聞くと、インフェリカは自分の指の在処に気づいたようだ。

 本当に自覚していなかったようで、あわてて僕の裾から指を離す。


「ごめん、掴んだままだった」

「落ち着くまで、そのままで大丈夫だよ」

「ううん、平気だから」


 そう、と口先は同意する。

 けれど心は寂しさを感じてしまうのを止められない。


(もっと頼って欲しい、甘えて欲しいと思ってしまう)


 それは自分勝手だ。

 身から出た錆なのだから、願うなら行動で信頼を得ないといけない。

 けれど、


「っ、イデアス!」

「え?」


 ふいに、インフェリカが声を上げた。

 驚いたような、小さな叫び声。


(気配はどこにもないのに)


 そう、インフェリカは襲われてはいなかった。

 だが考え事をしていた僕と彼女の間に壁がせり上がり、分断しようとしていた。


「インフェリカ!」


 彼女の名を呼ぶが、一瞬で姿が見えなくなる。

 幸い壁の向こうから声は聞こえるので、無事は確認できた。


(この壁を破壊するか? いや、インフェリカを巻き込む可能性がある)


 魔法を使って威力を増した剣なら、壁の破壊自体はできる。

 けれどそんな攻撃を、見えない彼女の方へ叩きつけることなどできない。


「仕方ない、回り込んで合流しよう!」

「分かった!」


 インフェリカはそう叫んで、ぱたぱたと足音と共に遠ざかっていく。

 それを聞いた僕も、部屋から出るために踵を返した。

 僕らを分断した壁以外にも、部屋は変化を見せていたから。


 けれど僕はすんなりと、彼女を追えなかった。


「面白いことになっているな」

「お前は……!」


 部屋を出ようとすると、今度は出口を塞ぐようにシアトが現れた。

 先程の大量に出てきたアドールたちに似てはいるが、隠しきれない悪意をにじませた少年。


(分かっているのは敵だということ)


 僕をインフェリカの敵にして、アドールの《台本》を悪用し、彼はこの世界に侵入してきた。

 彼のことはくわしくは知らないけれど、敵対する理由は山程ある。


「インフェリカをどうした」

「僕がやったんじゃないから、知らないな」

「なら《台本》のせいか」


 少年の言葉に、僕は唸る。

 その言葉が正しいという保障はないけれど、どうも彼はその手の嘘をつかない気がしていた。


(この少年は遊ぶのを好む、だからある程度の決まりを作って動いているように見える)


 それにこの状況を彼が作ったのであれば、そうであると口に出しているはずだ。

 現に彼自身もこの状況の原因が分からず、探るように目を閉じていた。


「……そうだな、この世界はあれを敵と認めたようだ。――いや、少し違うか」

「《台本》のことが分かるのか」


 僕の世界ではあるけれど、僕の意思で動いているわけでない場所。

 そして僕の問いに、少年は小さく頷いた。


「そうだ。そしてやはりインフェリカは狙われているな。合流するなら、早くしたほうが良いだろう」


 彼の言う通り、刻一刻と風景は変化している。

 何もない場所から壁が生え、床が割れ、階段は折れ曲がってあらぬ場所に繋がる。


(確かに、もうこれ以上彼に構ってはいれないな)


 今はまだ変化しているといっても、過去の記憶とそう乖離していない。

 けれど時間が経てば、僕も分からなくなるくらい変貌するだろう。


(急いで合流しないと)


 僕は少年を置いて、部屋から脱出する。

 どうせ置き去りにしたところで死ぬような相手ではないし、運よく死んでくれるならそれでもいいのだから。

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