1-03 使われないもの
「元々他人の《騎士》なんでしょ、ならそんなの他人同然じゃん」
「……言われてみればそうかも」
指摘されて気づく。
《騎士》が《契約者》の理想として現れるのは、《契約者》の魔力から作られるからだ。
なら別の《契約者》の魔力で作られた《騎士》は、他の人と何も変わらない。
「絶対に《騎士》じゃなきゃダメなのかな」
「どういうこと?」
「えっ」
「え、あ」
考え事をし始めた頭に声が入ってきたから、反射的に返事をしてしまった。
普段は私からこんなに会話を繋げないから、お互いに驚いてしまう。
それに彼も今の言葉は言うつもりじゃなかったのか、口を手で押さえて目を見開いている。
「や、やっぱなんでもない。忘れて」
「わ、分かった!」
さすがの私だって、彼が何かを言いたげだったのかは分かった。
けれどジェラが何を求めているかが分からないから、私は引き下がるしかない。
(心も繋がっていないのに、下手な話はできない)
これ以上不和の種は増やさないほうがいい、という考えからの引き下がりだった。
彼は数少ない、私の話を聞いてくれる人だ。
態度にあまり出せないけど、大事にしたいと思っていた。
(それに彼も、いずれ自分の《騎士》を召喚する時が来る)
ジェラからそういう話を聞いたことはないけれど。
でも彼だって《契約者》なら、その日は来るはずだ。
(そうしたらまた私は一人ぼっちになって、より辛い目に合う)
自分の《騎士》以外と関わらないのが、この世界じゃ普通なのだから。
(私と同じ目には、遭ってほしくない)
《騎士》以外の人に心を許してしまったが故に、孤独感に苛まれた私のように。
知らなければ、苦しまないのだから。
「仕方ないな、先輩は」
何度も聞いた言葉が、呆れたような声と共に私にかけられる。
けれど次に私が立ち上がるまで、彼は黙ってずっと隣に居続けてくれた。
数日後、おじいちゃんの部屋に入ると時計が破壊されていた。
「どうしたの?」
そう聞いてきたイデアスは、おじいちゃんの寝台に座っている。
周りには彼が魔法を使った証拠の、時計の形をした魔法陣が浮かび上がっていた。
特に時計を壊した説明はされない。
だからこちらも特に聞かなかった、聞いたところで意味がないだろうし。
「おじいちゃんに薬を渡しに来ました」
「大丈夫だよ、必要ない」
ここに来た理由を説明するも、きっぱりと断られる。
彼の目には敵意という程じゃないけれど、明確な拒絶が映し出されていた。
「どうして」
「僕は時間を止める魔法が使えるからだよ」
壊された時計の針は、同じ場所で何度も痙攣している。
彼の言う通り、魔法が部屋の時間を留めているのだろう。
「だから問題ない」
苛立っているわけじゃない、けれど歓迎されているわけでもないのが声色で分かる。
そしてイデアスは、これ以上私に説明する気もないようだった。
「そうですか」
それ以上は私も何も言わず、薬を持ったまま部屋を出る。
何度目か分からないため息が出るけれど、理由を聞いてくれる人はいない。
こういう時に話を聞いてくれるのが《騎士》なんだろうけど、彼は今も扉を隔てた部屋の中だ。
(彼は、私の《騎士》という気が全くしない)
あれじゃあ今でもおじいちゃんの《騎士》だ、私が召喚したはずなのに。
けれど、面と向かって文句を言う気力は湧かない。
何かをされたわけじゃないから。ただ、何もされていないだけで。
(羨ましい)
窓の外を見れば仲睦まじい《契約者》の少女と、隣に寄り添う《騎士》がいた。
熱烈な感情を抱いているわけじゃない、けれどこの遠い距離からでも大切にされているのが分かる。
(どうして私はああなれなかったんだろう)
この世界では、ありふれた願い。
なのにその願いはどこにも届かず、ただぼんやりと彷徨っている。
「……はあ」
室内庭園に戻って、端の方で膝を抱える。
役目を失った薬は、花壇の端に置いたきりだ。
(今日も、ダメだった)
成果がない私は今日も、ここでくすぶるしかない。
日当たりのよい一室に植物を置いて薬を作っている、第二の私の部屋。
(ここ何日か、ずっと同じことを繰り返している)
イデアスに追い返されているのは、今日に限らない。
彼が来てからずっと、私はおじいちゃんに薬を渡せていなかった。
(おじいちゃんの容体は確かに安定していた、だから薬がいらないのは嘘じゃないんだろうけど)
《騎士》は、《契約者》を守るための魔法を持っている。
イデアスの言っていた『時を止める能力』がそうなんだろうけど。
(おじいちゃんは昏睡状態が続いているから、心配だ)
前からずっとそうだったとはいえ、自分が見ていないところで何かあったらと思うと不安で仕方がない。
いざという時に何かできるわけじゃないけれど、それでも唯一の家族だから。
「にあ」
「……あ」
煮詰まった考えに気を取られていると、いつの間にか庭に入り込んだエンヴィが私を覗き込んでいた。
私の悩みなんか知らないそれは、普段以上に動きのない私の様子に気づいたらしい。
(かわいい)
別に心配しているわけじゃないだろうけど、こちらを真っ直ぐに見てくれるだけで嬉しくなる。
ちょっと元気になって、欲も出てきた。
「ごめん、ちょっと抱っこさせて」
「んにぃ」
のそのそと近づいて、横にいた獣を抱える。
接触が嫌いなのは知ってるけれど、今は自分以外の何かと触れ合っていたかった。
すると少しの抵抗の後、獣は大人しく腕の中に収まってくれる。
「いい子」
それは私にとって都合のいい子、という意味だけれど。
少しだけ、心が救われた気がした。
(自分を慰めるための妄想だけど)
ないよりはマシだと思う。
偽物であっても、救われる気がするのは確かだから。