2-11 進み始める騎士の物語
【Side インフェリカ】
ハーネストと別れて、破壊された街を駆け巡る。
目指すはあの図書館、そして囚われてしまった彼の元。
(早くイデアスを取り戻そう)
悠長にはしていられない。
もちろんハーネストが心配なのもある。
けれどそれ以上に、イデアスに今より被害が出ないとも言い切れなかった。
(ハーネストは私の敵じゃないけれど、イデアスの味方ではないし)
私がいない今、彼がイデアスの体を再起不能な状態にしてしまう可能性も存在した。
《騎士》は基本的に主の意思には沿うが、本能として縄張り意識が強い。
(だから、早く解決しないと)
もし彼がイデアスを殺す気でも、それまでに解決すればこちらのものだ。
けれど打算的な自分の考え方に、どうしようもない嫌悪感も感じてしまう。
(ごめんね、ハーネスト。信じてあげられなくて)
私の《騎士》だというのに、ハーネストを初めから疑ってかかっている。
けれどもう今までの経験から、私は純粋に《騎士》という存在を信じられなくなっていた。
図書館に飛び込んで、本棚の隙間を抜ける。
《破滅の獣》の襲来で無事かどうか分からなかったが、建物に大きな損傷は見られなかった。
(《台本》はあっちだ)
何日か前に通った道を一人で走りながら、私は一直線に目的地に向かう。
私の予想が当たっているのならば、そこに道があるはずだ。
(やっぱり、そうだ)
床に一冊、本が開いた状態で落ちていた。
そしてそれを包む魔力には、見覚えがある。
「よし」
意を決して、私も《台本》の中へ飛び込む。
じゃぶん、という水音のような音と共に、私はイデアスの世界へと落ちていった。
物理的に落ちているのか、精神的に落ちているのか分からなくなる。
揺蕩うような眠気に纏わりつかれ、意識が保てなくなるくらいの安心感に包まれたから。
(これが、《騎士》が与えられる魔力なのかな)
《台本》は《騎士》と同じように、《契約者》の魔力で作られている。
だからきっと、その考えは正しい。
(もしそうなら、ここから戻って来れなくなるのも分かる)
不安定な外の世界と違って、ここはあくまで過去を再現しているだけだ。
つまり絵のようなもので、本物でないからこそ得られる安寧がある。
(イデアス、戻ってきてくれるかな)
魔力を与えられていない私ですら、このまま意識を委ねたいと思う心地よさだ。
そこに自身の最も大切な思い出があるのなら、抵抗心なんか紙よりも薄くなる。
それが理解できるから、ここまで私を走らせた思いも揺らいでしまう。
(でも、行かなくちゃ)
イデアスだって私に謝るために、恐怖と戦いながら私の元に来てくれたのだから。
そう思うと同時に地面に足がついて、なくなりかけていた意識が霧を晴らすように戻ってくる。
落ちかけていた瞼をこすって無理やりこじ開けると、穏やかで眩い館が目の前に見えた。
(時間が巻き戻ったみたい)
毎日見ている光景だけれど壁の亀裂がないし、屋根の色が濃い。
イデアスが最も執着する、おじいちゃんが生きていた世界が再現されている。
(ここがイデアスの世界なら、若いおじいちゃんもいるのかな)
彼の魂がここにあるかは分からないけど、そう期待してしまう。
私だって本当はおじいちゃんが恋しいのだから。
(とにかくイデアスを捜そう)
彼がいる場所は、すでに予想がついていた。
私と和解する前にずっといた、おじいちゃんの部屋だ。
(きっと二人で仲良くしている、こちらが妬くぐらいに)
だからきっと、イデアスは帰りたがらない。
偽物の主人である私じゃなくて、本物の《契約者》がいる世界なのだから。
(けれど、それならそれでいいって伝えなきゃ)
イデアスが操られているのは、私のせいでもある。
あの雨の日に、それをはっきりと自覚したから。
(まだ彼は悼んでいるのに、無理やりこっちを向かせようとした)
今思うと、本当に残酷なことをした。
もちろん謝ったところで過去が消えるわけじゃない。
私がイデアスに傷つけられたように、彼もまた私に傷つけられたのだから。
(けれど、そのままにしたくない)
少なくとも、このままじゃいけない。
それだと、彼は罪悪感を抱えたままになってしまう。
(イデアスに、私の気持ちを伝えないと)
その気持ちは罪じゃないって、私が肯定しないと。
抱えたまま生きていくことを否定しないと、私から言わなければ。
【Side イデアス】
「良かった、無事だね」
「……うん」
まっすぐに見てくるインフェリカを、僕は見れない。
嬉しさよりも先に、罪悪感が勝ってしまうから。
「おじいちゃんの部屋にいると思ったのに、いないから探しちゃったよ」
「アドールの部屋はあんまり好きじゃないんだ、彼はそこでずっと寝てたから」
僕が今いる部屋は、インフェリカの室内庭園がある場所にあたる。
昔を再現する《台本》の中では空き部屋だけれど、なんとなくここに来てしまっていた。
「あ、そっか。ごめんね」
「いや……」
こちらを気にかけて、いつもより明るく、優しく振舞おうとするインフェリカ。
それを見ていると、僕は耐えきれなくなる。
「ごめんね、また君を裏切った」
「違う、あなたのせいじゃない」
だから顔を伏せていたのに、彼女の言葉に驚いて顔を上げてしまった。
意図的ではないとはいえ、二度目の裏切りは許してもらえないと思っていたから。
(それとも、見限られたのかな)
改善する余地がないから、直さなくていいと判断したのか。
そうであっても、冷酷だと責めることなんか到底できない。
「なんで、僕は約束したのに抗えなかった」
「ううん、私がちゃんとあなたを見てこなかったせいだよ」
インフェリカは僕を責め立てず、なおも自分の責任だと言い募る。
でも彼女は、やけになっているようには見えなかった。
「ハーネストに聞いたよ。契約は自分の意思でどうにかできるようなものじゃないって」
(ハーネスト、か)
不意に出てきた彼の名前を聞くと、胸が苦しくなる。
僕の被害者、そして嫉妬の対象。
「もっと私がちゃんと分かっていたら、あなたはこんなに悩まなかった。だからあなたのせいじゃない」
インフェリカはもう、他人のせいにしない。
完璧じゃないけれど、前に向かっている。
僕とは大違いだ。
「君はどんどん進んでいくんだね」
「そうかな」
僕の言葉に首を傾げたインフェリカに、自覚はないらしい。
けれどその成長は著し過ぎて、無理をしているようにも見える。
変われない僕の、ただの嫉妬かもしれないけど。
「そうだよ。僕もちゃんと前に進みたいんだけどね。君みたいにうまくいかないんだ」
「私だって、うまくいってるわけじゃないけど」
それでも僕よりは、と言いかけてやめた。
今はそんなことを言い合っているいる場合じゃない。
「君が来てくれたんじゃ、もうここには籠っていられないね」
「出てきてくれるの?」
ここに来てくれたインフェリカは、少し驚いている。
やはり彼女の中ではまだ、僕は彼女の《騎士》じゃない。
であれば、僕はこれから行動で示すべきだ。
「うん、僕はこの世界から出るよ」
僕にとって世界のどこより美しい場所は、とうに牢獄でしかなかった。
だから僕は彼女と共に、外へ踏み出していかなければならない。
そしてこれが、最後の機会だ。




