表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/50

2-10 奪還戦、それぞれの思惑

 遠くで、人が弾けたのが分かった。

 それも一人じゃなくて、何人もの人々が。


「今度は何!?」


 窓に駆け寄って外を見ると、街が燃えているように見えた。

 けれどそれは正確じゃなくて、揺らめいているのは炎じゃなくて人々だった。

 無数の獣が人々を襲い、魔力に還元した残骸だった。


「《破滅の獣》が出てきていますね、話を聞いたことは?」

「あるけど、おとぎ話だと思ってた」


 遠い昔に、名前も知らない青年に教えてもらった物語に出てくる獣。

 正直、作り話だと思っていた。

 けれどそれらは実際に現れ、人々を脅かしている。


「でも、イデアスを助けるのが先だよ」

「分かっています」


 私の中の天秤は、街の人全員を乗せてもイデアスに傾く。

 もちろんこの異常事態に対応するなら、戦力を増やさなければならないと言うのもある。


(けどこの街の人がみんな滅びても、私はイデアスを助けたい)


 真に私の《騎士》でなくても、彼は私に向き合うと決めてくれた。

 だから私も、それに応えたい。

 その為には、他の人々の優先順位が落ちてしまうけれど。


(そういう世界だもの)


 今まで大切にされなかったのだから、私には恩を返す義理もない。

 だからあまり申しわけないとも思わなかった。


(それと、さっきのことは忘れよう。きっと勘違いだ)


 シアトの声が、誰かに似ていただなんて。

 色々起こり過ぎて、頭が混乱しているだけだ。






 人だけではなく建物も喰らわれ、魔力に戻っていく。

 獣は徐々に肥大化し、数を増やし、街を埋め尽くしていく。


(早く、探さないと)


 本来足場となるべき場所ですら、形を保っていない所がちらほらある。

 だからハーネストの手を借りて、私はあらゆる場所を探す。

 建物の崩壊を目の当たりにしながら、人々の悲鳴を聞きながら。


(本当に、滅んでいくんだ)


 《騎士》が《契約者》を守ろうと奮起しているけれど、数の暴力の前ではあまりにも無力だ。

 獣に食いちぎられ、《契約者》が次々に魔力へと還っていく。

 残された《騎士》も、主人を守れなかった後悔を抱えて自害していく。


 私はそれを横目で見ながら、振り返らずに進んでいく。






「……イデアス」


 こちらが動いた気配を感じたのか、捜していた《騎士》がついに立ち塞がる。

 顔に表情はなく、正気でないのは見るからに分かった。

 でも。


(再び敵になってしまったイデアスを見るのは、辛い)


 やっと歩み寄れたと思っていたのは嘘だったのかと、衝動的に問い詰めたくなる。

 けれど今の私は一人じゃないから、なんとか踏み留まれた。


「私が彼の対応をしましょう、と言っても様子がおかしいみたいですが」

「シアトは魂を探せって言っていた」


 シアトの言葉を信じるなら、イデアスの体の中にその魂はない。

 だから残された肉体が、魂を求めて暴走しているのだろう。


「ではイデアスの魂は、昔の《台本》に呼ばれた可能性が高いですね」

「じゃあ図書館に行けばいいかな」


 図書館の一角にある書架、《契約者》を失った《騎士》の《台本》はそこに収蔵される。

 ならばあの日消えたそれが、イデアスの魂を呼び寄せた可能性はある。


「えぇ、あなたはそちらに向かってください。私はここで足止めしましょう」

「お願い」


 ハーネストに対応を任せて、私は図書館に向けて踵を返す。


 彼を取り戻さなければ、なんとしてでも。

 私は彼を、守らなければならないのだから。






【Side ハーネスト】


 相対する《騎士》は格上だ、きっと勝てはしない。

 けれど今は、時間を稼げればそれで良かった


「あなたには同情しましょう、仕えるべき主と分かたれたこと。《契約者》と《騎士》は一対、二人が仕えるなどないに等しい」


 剣を構えながら、彼の感情を思う。

 《騎士》が生じた瞬間から刻み込まれている掟の一つであり、本来なら絶対であるべきもの。

 それが狂って降りかかってしまった彼は、悲劇としか言いようがない。


「けれど、それならインフェリカの元に行くべきではなかった」


 イデアスの境遇を知って哀れに思い、私がその立場であればと考えもした。

 死亡したと思っていた主人が生きていて、再び繋がれる瞬間があるのであれば私はどうするのか。

 考える時間はわずかも必要とせず、答えは出てしまう。


 だがどういう理由であれインフェリカを害した事実、それだけは看過できなかった。


(彼女でなければ仕方ないと肩を叩けた、けれど私はインフェリカの《騎士》だ)


 同じ立場に立たされた時、間違いなく私は彼と同じ選択をする。

 《契約者》が《騎士》にとって絶対の存在であると同時に、その逆も同じだと言えるから。


(それが誇りでもあるし、存在意義そのものでもある)


 だからこそ自分を棚にあげてでも、許すわけにはいかなかった。

 インフェリカを傷つけたことを許容するのは、自分の存在を否定することと同じだ。


「あなたは混ざり物が多すぎる。けれど、そんなあなたに遅れを取った自分も恥ずかしい」


 理屈で言うなら、私はイデアスに勝つことができない。

 彼はこの世界に長くいて、踏んだ場数がまるで違う。

 でも彼女の《騎士》として、そこで負け続けてはいられなかった。


「力の差で負けていようともっと足掻くべきだった、おかげで彼女にいらぬ苦痛を強いてしまった」


 そうすれば戦いには負けようと、きっとインフェリカを苦しみから救い出せた。

 彼女は私がいない世界で生きるより、私と共に死ぬ方を望むだろうから。


 けれど幸運にも、私には機会が与えられた。


「だからここで、あなたを殺してしまいましょう」


 インフェリカとイデアスは仮であっても契約してしまった、であればその契約を解除させるべきだ。

 《騎士》と《契約者》と一対で、席は常に一つしかないのだから。


「あなたを殺してしまえば、彼女の《騎士》は私だけ。陳腐だけど、とてもいい」


 仮にイデアスに勝てたとしても、生かしたままにする気はなかった。

 《騎士》を《契約者》なしのまま放逐するのは、殺すよりも残酷なことだ。


「さあ、大人しく死んでください!」


 勝ち目のない戦いだとしても、《騎士》として戦わなければならない。

 けれどそれを、嫌だとは思わなかった。


(これは、自分のための戦いだ)


 彼に負けて散ったとしても、誉を抱いて死ねると確信できたから。

 だからここが死地であったとしても、後悔だけはしないと確信していた。






【Side イデアス】


(また、この世界に来てしまったのか)


 在りし日の夢を見ていることには気がついていた。

 何度も見た、今より新しい屋敷。

 穏やかな昼下がり、気が狂う程に眺めた停滞の世界。


(けれど、泣きたくなるくらい安堵する)


 ここは僕の心の中、アドールが生きていた風景を映し出す《台本》の中だ。

 外界の情報は全て遮断され、在りし日の光景だけが何度も繰り返される。


(ここが現実じゃないだなんて分かってる、けれどいつまで経っても忘れられない)


 この光景を忘れようとする度に、呼吸が乱れ、胸が痛む。

 それは《騎士》である限り、逃れようのない自身の存在に関わる痛み。


(忘れなければ)


 主人を変えたのだから。

 そうでなければ、手が届かない過去に首を絞められる。

 そんなことは分かっている。


 けれどそのまま死んでしまいたくなるのも、また事実だった。


(いっそ彼が殺してくれたら、なんて)


 ハーネストの方が、《騎士》として正しい。

 どう取り繕おうと、僕は《騎士》として正しくない。

 だからあの剣で首をはね飛ばされたら、そうしたら全てがうまくいく。


(けれどインフェリカの手も、離せない)


 僕の新たな、小さな《契約者》。

 喧嘩どころか殺し合いをして、けれどもう一度と手を取ってくれた少女。


(もう僕には、どうしようもないくらい失望しているだろうけど)


 前回と違って、裏切らないと誓ってからの体たらく。

 《騎士》の立場から言えば抗えるものではない。

 けれど、《契約者》の立場から言えばただ裏切りに他ならない。


(でも彼女を思うと、意識が少しはっきりする)


 普通ではありえない、二人目の《契約者》への執着。

 少し前の僕なら、アドール以外を思う自分の気持ちを許せなかった。

 けれど今はインフェリカへの執着が、僕の意識を保たせていることに安心する。


『……デアス!』

(ほら、幻聴まで聞こえる)


 まだ聞き慣れない、少女の高い声。

 彼女がこの世界にいるわけないから、僕の心が勝手に再生したものだ。


 でもそれにしては、はっきりと聞こえる。


「イデアス! どこにいるの!?」

「うそ、だ」


 恐る恐る見渡しても、やはりインフェリカはいない。

 けれどぱたぱたと駆け回る足音が、こちらに近づいてきている。


「イデアス!」

「……………………ここだよ!」


 何度も呼ばれる自分の名前に、震える声で応える。

 応えるべきか、応えざるべきか。

 迷ったけれど僕は、彼女に向かって叫ぶことを選んだ。


 すると心に描いていた少女が、息を切らせて部屋に飛び込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ