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2-06 一番傷ついているのは誰?






 月明かりが照らす街は、いつもと変わらない光景だ。

 けれど私は知っている、この街にも知らない場所がたくさんあることを。


「それで、何を捜そうとしてたんだい?」

「あの日いた男の子、もしかしたらハーネストの《召喚者》かもしれないと思って」


 あくまで予想だけれど、と前置きした上でイデアスに考えていた仮説を話す。

 歩きながら聞いていたイデアスは、少し周りを警戒しながら私の話を聞いていた。


「なるほど、タイミング的にも合うね」


 うんうんと頷くイデアスと話しながら、私はおじいちゃんを模す者を探す。

 夜の街を歩きながら、思いつく場所に足を運ぶ。


(そうだ、ここも探さなきゃ)


 薄暗い路地を通ったり、まだ人のいる大通りに足を運んだり。

 不可思議な少年の影を追って、最後に賑やかな夜の市場に足を踏み入れる。

 するといなくなってしまった友人との思い出が、不意に胸へと溢れ出した。


「っ」


 そんなことはないと分かっているのに、彼があの喧騒の中にいる気がした。

 人々の間に紛れて、私を待っている錯覚を呼び起こす。


(思ってたより悲しくないって、思っていたはずのに)


 視界が、にじむ。

 私はあの日から、感情が麻痺していただけだった。


「僕は少し離れていよう、気分が悪くなるだろう」

「え? ……あ」


 情緒がぐちゃぐちゃになって立ちすくんだ私に、イデアスがそう声をかける。

 一瞬なんでイデアスがそんなことを言ったのか、私には分からなかった。

 けれど思い出す、彼はこの場所に対する私の感情を知っている。


(だからこそ、グリーフさんは襲われたのだから)


 監視までしていたかどうかは分からない。

 でも私と接触していたから、イデアスは彼を襲った。


 とはいえ今の私に、イデアスを責める気はない。


(もちろん許したわけじゃない。でもあの時、彼は多分正気じゃなかった)


 狂気の根源、自身の《契約者》に対する渇望。

 それ自体は未だ、彼の中にある。

 けれどそれが、再召喚時は必要以上に増幅されていた気がする。


(今だって問題は解決していない。でも彼は今、自分の感情を抑えられている)


 彼と戦い終わった瞬間から、加害的な様子は見られない。

 むしろここ最近の彼を見ていると、過度と言えるくらい内罰的だった。


(だから他に、暴走した原因がある気がする)


 確証があるわけじゃない、けれど彼自身を観察した結果だ。

 誰かの《騎士》じゃなくて、心に傷を負った青年として。


「じゃあ、僕はあっちに」

「イデアス、大丈夫だよ。だから一緒に行こう」


 私から距離を取ろうとする、イデアスを引き留める。

 とは言っても掴んでいるのは裾だから、体温は伝わらない。


「でも」

「いいからついてきて、もしかしたらあの男の子がいるかもしれないし」


 イデアスの言葉を待たず、無理やり引っ張って前に進む。

 最もらしく嘘をついてしまったけれど、悪いとは思わない。


(自分に証明しなくてはいけない、もう彼がいない事実を)


 思い出を上書きしなければいけない、いつまでも過去を偲んではいられない。

 偽物でも、イデアスの《契約者》になったのだから。


(おじいちゃんがいなくなったのだって、乗り越えられたんだから)


 病と歳だったこともあって、おじいちゃんに関しては元々覚悟はしていた。

 グリーフさんに関してはそうじゃないけれど、でも今度だってうまくやれるはずだ。






(やっぱりどこにもいない)


 街を縦横無尽に探索するも、私を知っている人には誰も会わない。

 胸の中でじんわりと、安心と失望がない交ぜになる。


(でも、ちゃんと前を向いて歩いていける)


 苦しくたって泣くこともなく、彼と前に進んでいる。

 だから大丈夫、胸を張ってそう言える。


 けれど後ろを歩く肝心の彼が、私の手を引いて足を止めてしまった。


「インフェリカ」


 力も体格も彼には敵わないから、私も強制的に足を止められる。

 振り向くと、活気のある露店には似つかわしくない顔をしたイデアスが私を見下ろしていた。


「どうしたの」

「いや、なんでもない」


 背けられる顔は、つらそうな表情をしていた。

 だからきっと、また自分を責めている。

 何も思わないより、ずっと誠実なんだろうけれど。


「イデアス、私は大丈夫だよ」

「……うん」


 人生経験のない私にだって、彼が口だけの同意をしたのは分かってる。

 けれどすぐに解決することはできないから、今は何もできない。


(彼に示さなきゃ、私が彼を守るんだって)


 彼を《契約者》と引き離してしまった者として。

 これ以上、彼を傷つけることは許されない。


(彼を、守らなきゃ)


 イデアスと、形だけでも契約したのだから。

 実質的には何も変わらないのだとしても、それが私に向き合ってくれた彼への礼儀だ。


(それに私は、彼にあげられるものが他に何もない)


 魔力を与えられるが、《契約者》が直接与えるものとは比べることもできない。

 私が彼に与えているのは、ただの魔力の塊だ。

 その中に含まれる思いは、再現できない。


(でも私にできる行動は、全部してあげたい)


 それを覚悟して、彼の《契約者》になったのだから。

 そう思って、改めてイデアスの顔を見上げる。


 けれど肝心の彼は、今度はそっぽを向いていた。


「イデアス?」

「え、あ、ごめん」


 謝る彼の目線の先には、花で作られたお守りを売る露店があった。

 普通ならこの世界で、危険な目になんて遭わない。

 それでも健やかでいてほしいと、贈られる相手への願いが込められた物。


「欲しいの?」

「いや、うん、まあそうかな。僕が欲しいんじゃないけれど」


 歯切れ悪く言葉を返すイデアスの視線は、私と露店を行ったり来たりしている。

 その後ろめたそうなしぐさを見て、私はピンときた。


(おじいちゃんの墓前に供えるのかな)


 外の庭に作った、おじいちゃんの小さな墓標。

 本人は魔力に還ってしまったから、そこには何もない。

 けれど彼の慰めになるならば無駄じゃないと作った場所、そこに彼は何か供えたいのだろう。


「ちょっとのぞいてみる?」


 目線こそ釘づけだけれど、一向に店に近づこうとしないイデアスに声をかける。

 けれど彼は、私をしばらく見つめた後に首を振った。


「いや、今日はそれが目的じゃないから」

「別に急いでるわけでもないから大丈夫だよ」


 確かに今日、外に出てきた理由は少年の捜索だ。

 けれど見つからなかったからといって、どうなるというわけでもない。

 そう理由づけるとイデアスは少しだけ悩んで、結局店へと足を向けた。


「じゃあ、少しだけ」

「うん、私も適当に見てるよ」


 問答の末、ようやく店に向かったイデアスの背中を眺めながら息を吐く。

 きっと、こういうできごとが、彼を癒していってくれる。


(私には、できないから)


 本当の《契約者》じゃない私は、死んだ人にすら敵わない。

 けれどそこで留まるべきじゃないことも、もう分かっている。


(代わりにならなくても、いい)


 それが私の近くにいてくれると言ってくれた彼への、唯一の恩返しになると信じてるから。

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